体罰と指導

2020.10.22 Thursday

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    今日の我が国では、虐めや体罰の問題が一向に止まりません。先般も某市立中学校の教員(柔道部顧問)が、男子生徒に暴行して重傷を負わせたとの報道がありました。メディアで目にする限りでは、暴行に至った理由が誠に稚拙でお話になりません。被害者の生徒二人が柔道部でストックしているアイスクリームを無断で食べたので、指導(?)のために体罰を与えた由。当該県はどういう物差しで教員を採用し、教育現場では教員の指導をどのようにやっているのかと疑問を抱きます。そこいらの、酔っぱらったあんちゃんの喧嘩と何ら変わらない。人の教育は国家百年の計であり、教員はとても重要で崇高な使命を帯びています。限られたごく一部の者ではありましょうが、教員の劣化を心底憂えるものです。

    かく言う我々も他人様のことを笑ったり憂えている場合ではなく、恥ずかしながら、古巣の自衛隊(特に海上自衛隊)でも似たようなことが偶に起きます。かつて人事に携わった者としては、内心忸怩たるものがあります。

     

    体罰と虐めは、いろんな切り口から考えることができます。

    先ずは体罰・暴力=虐めと指導の切り分けです。問題が顕在化する場合は、教える側が「指導と暴力の違い」を明確に理解していないことが多い。子供や部下を指導する者を指導する立場にある人は、口を酸っぱくしてそこを説いているはずですが、なかなかこれを理解しない・できない輩がいます。ではそのような、理解できない人間がなぜ存在するのか? そこがポイントです。

    行動の主体、即ち指導する側を観ると、自分がやられたことがない、或いは肉体的苦痛をもってする指導を受けた経験がないので、匙加減、即ち手加減とか人間が肉体的に精神的に堪え得る限界が分からない人が多くいる。経験がないというのは、或る意味とても怖いことです。知らないままに行動するから無意識に度を越し、結果として行き過ぎた指導に至ることが多い。

    しかし上記は、指導者側に何らの邪念や悪意がない場合のことです。虐めとなると、これには主体者の胸の内にドロドロしたものが内在します。そして行動の結果は、そのドロドロが顕在化したものです。これはもう指導でも叱るでもありません。己の怒りを感情に任せてぶちまけているだけです。そこには、子供や部下を育てたいという愛情の欠片もありません。簡単に言えば、叱っているのではなく怒っているだけ。この「愛情」はとても重要なキーワードです。冒頭に例として挙げた教員は、生徒に対する愛情など全く持ち合わせていなかったと思う。 

    人間がやることですから、教育などの現場においては、使命感にあふれてまれに行き過ぎた指導があるかもしれない。しかし指導と虐めの分岐点は、そこに愛情(こころ)があるかないかです。教えられる側がそれをどう受け止めるかにも因るのですが、お互い人間ですからそこのところ(愛情の有無)は分かるのです。基本的に片思いはありません。

     

    客体側で見ると、大きい要因は少子化問題です。今日の日本の出生率は1.4前後と言われます。これ即ち、大雑把に言って子供さんの3人に一人は独りっ子であり、兄弟姉妹がいないまま成長し大人になるということです。すれば当然のことながら、多くの家庭(祖父さん祖母さんを含め)において、子供は宝ですから大切に大切に育てられます。今時、子供が悪いことをしても手を出す親は殆どいないでしょう。私自身も、自分の子供に手を出したのは生涯で一回しかありません。それどころか、教員がほんの少しでも自分(親御さん)の気に入らない指導をしようものなら、たちまち学校にクレームがくる時代です。教員の腰も引けようもんです。子供に手を出すのはNGですが、親や先生はここぞという時には毅然とした態度で接しなければいけない。そうしないと子供には、この程度はやっていいんだという甘えが芽生えます。決して子供に責任はありません。明らかに親など大人の責任です。私などは、我が子を叱る場合、口汚く教えるよりも頭にゴツンとやる方がお互いにスカッとしていい、と思ったりします。誤解を恐れずに言えば、脳に訴えるよりも体に覚えさせた方が効果的な場合もあります。

     

    少子化の更なる問題点は、子供にとって最初の社会である家庭で競争相手がいないこと。食欲で言えば、そこに美味しそうな饅頭やケーキがあっても誰かに横取りされることがない。親の愛情も常に独り占めです。そうすると、本人の性格にも因りますが、堪え性がない、外からのプレッシャーに弱い人間ができます。加えて、お腹がすく(ハングリー)という感覚を持ったことがない、常に満たされた状態の、良く言えば伸び伸びとした大人ができます。これが良い方向に伸びればいいのですが、そうならない場合も多い。虐めや暴力は犯罪であり、それを認めることは絶対にできませんが、多少の外圧をはねのけるだけの力がない子供・大人に育てられ人は誠に不幸と言うしかありません。両親には誠に失礼ですが、私は物心ついてからだいたいお腹を空かして育ちました。これがとても良かった、と今では思います。ですから、防衛大学校はとても厳しい学校(組織)でしたが、私にとっては或る意味快適な生活空間だったのです。学問の方は、航空工学を専攻しただけに超低空飛行に終始しましたが。

     

    中国はかつて一人っ子政策を採り、そのツケが今来ています。将来も余波は残るでしょう。翻って我が国では、国策ではないが多くの家庭が一人っ子、謂わば家庭策を採用しています。このツケは、国力としての人口問題に加えて、より深刻な人間(日本人)のメンタルに効いて来る(既に来ている)はずです。かかる観点からも、少なくとも二人の子供は持って欲しいと思う。自分はそうしなかったのですが、4〜5人おれば更に宜しいかと。しかし経済的にも時間的にも、特に働いている母親(女性)の負担は甚大です。政府は百年先を見て、どっか〜ンと思い切った政策をぶち上げて欲しいものです。

     

    軍隊と体罰について:

    鈴木貫太郎さんが海軍兵学校校長の時に、生徒間の鉄拳制裁を止めさせようと腐心されたのは有名な話ですが、帝國陸海軍では、特に戦争中は鉄拳制裁や暴力をもってする指導を良しとする空気があったと思います。現在は違いますが、大なり小なり陸海軍の伝統を引き継いだ自衛隊にも、過去には同じ空気があったと思う。本件に関し、私がいつも例に出すのは米海兵隊です。アメリカの海兵隊は世界最強の軍隊です。その海兵隊において、鉄拳制裁の醜聞など聞いたことがありません。これ即ち、暴力をもってする、恐怖に訴える指導教育には何ら正当性がないということです。明言します。鉄拳制裁で強い軍隊が構築されることは絶対にありません。

     

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    武官とはなにか II

    2020.10.08 Thursday

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      先般、海上自衛隊出身者が某国に駐箚大使として赴任するとの報がありました。防衛省出身の官僚が大使になったケースは過去に何回かありますが、制服組(元自衛官)の大使就任は初めてのことです。海上自衛隊OBとして感慨深いものがあります。

      彼は防衛大学校を極めて優秀な成績で卒業し、日本語も英語も理路整然と立て板に水を流すが如しです。海上(艦艇)部隊指揮官の経験豊富で、更には防衛省・自衛隊の情報を束ねる情報本部長を歴任しております。私が評価するのも僭越ですが、上背があり容姿端麗であるばかりか、外交センス抜群で海上自衛隊屈指の国際派です。日本を代表する顔として、世界に出して恥ずかしくない人物です。海上自衛隊が海賊対処のために派遣している哨戒機の拠点ジブチは勿論のこと、仮にそれ以外の国であっても国益に資する仕事をしてくれるでしょう。ちょっとほめ過ぎか? でも、本当のことですからいいでしょう。

      江田島(幹部候補生学校)や練習艦隊では、遠洋練習航海に出るに際して青年士官に「一人一人が外交官であれ」と教育します。やや大袈裟ではありますが、およそ70年を経てこの教育が結実したとも言えます。

       

      彼の場合とは状況が異なりますが、現役の制服自衛官が在外公館に赴任する場合には、ややこしい一般国民にはとても分かりづらい人事上の手続きがあります。私の例で言いますと:

      先ず、防衛庁(当時)から「外務省に出向させる」との辞令を貰いました。これを受けた外務省は「外務事務官(在ノルウェー日本国大使館)に採用する」「一等書記官を命ずる」「防衛駐在官を併せ命ずる」と発令します。書記官が先に来て防衛駐在官は付け足しのような表現が何とも可笑しくて、日本の複雑な国内事情を象徴的に示しています。これで私は、事務官(背広)と防衛駐在官(普通の国では駐在武官:制服)の、二つの帽子(two cap)を被ったことになります。勿論、辞令はどうであれ、実態は制服(諸外国では海軍大佐の階級を持つ軍人)です。かくも面倒くさい手続きによって、防衛駐在官は親元である防衛大臣の指揮を受けることはなく、常に外務大臣の指揮下・管理下で任務に就くことが担保されるわけです。この複雑な現行制度は、帝國陸海軍と外務省の関係に起因します。我々は帝國陸海軍の負の遺産を背負っている、ということです。上記、海自OBが大使になるということは、この負の遺産を一つ解消したということになります。そう言う意味においても、彼の大使就任は画期的な一歩と言えるのです。

       

      大使館勤務を終えて帰朝する場合には、外務大臣から「防衛庁に出向させる」となります。そして(防衛庁)長官から「1等海佐に任命する」の辞令を得て、晴れて制服自衛官に復帰しました。古巣に帰る場合にも「出向」という言葉が使われますが、これも一般的には?ですが、役所の決まり文句です。

       

      大使館員と聞くと全員が外務省の人間だと思われがちですが、実は外交官には各省庁からの出向組が多数います。彼(彼女)らも、我々と類似の発令手続きがなされていると思います。勿論、出向組がみな派出元のため(だけ)に、即ち省益のために仕事をすると、日本の外交がグチャグチャになるのは自明です。従って、外務大臣の指揮下で外交の一元化を図るのは極めて重要なことです。しかし安全保障の場合、外務大臣と防衛大臣が緊密に連携することが求められます。国益を確保する上に必須の要件です。防衛駐在官はその先兵として、関連情報の収集や任国政府等との交渉に当たりますが、現在の枠組みで国益にかなった本当に良い仕事でができるか、やや疑問を感じます(注:私の経験は20年も前のことですから、多少は改善されているかもしれません)。

      これは世界でも極端な例だと思いますが、当時、仲良くしていたイタリアの武官は、「報告は全て直接国防大臣に行い、必要な予算は紙一枚に至るまで国防省から出ている」と胸を張っておりました。良し悪しは別にして、イタリアらしい制度です。

       

      斯様に国外において自衛官は、国際常識として曲がりなりにも「武官」として扱われますが、国内においてはどうでしょうか? 自衛官を武官、とりわけ軍人と呼ぶには、多くの国民が何となく違和感を抱くと思います。中には危険分子だと騒ぐ人もいるでしょう。戦後教育のなせる業です。外国の軍人は「海軍大佐」と呼んで、自国の自衛官は「一等海佐」と言う。そんなことはどうでも宜しい(そんなわけはない)のですが、私の懸念は呼称の仕方ではありません。自衛官自身の「心の在り様」と「心のよりどころ」なのです。もし自衛官が「尚武の心」を失う、或いは尚武の心を持たないなら、自衛隊と言う名の武力集団はどちらを向いて走るのか? そこを憂えるのです。一隻が1千400億円のイージス艦は、敵の弾を自分の弾で落とすことができる優れものです。しかし、魂が入っていない艦は単なる鉄屑に過ぎません。

      幸い現役の諸官は、日々厳しい訓練を行い、世界の各地で黙々と重要な任務に就いています。彼(彼女)らが、後顧の憂いなく任務に邁進できる環境を整備するのは、彼らが流した汗によって(将来は血を流すことがあるかもしれない)得られる成果物、即ち国益を享受する国民の責務だと思う。それは政治家がやってくれと言うならば、選挙を通じてそれができる政治家を選び、そういう仕事をさせなければいけない。

       

      国民の自衛隊に対する見方や自衛隊の在り様は、遅々としてではありますが、本来あるべき姿に向けて進展しています。しかし、日本を取り巻く安全保障環境は、もっともっと早いスピードで変化しています。具体的に一例を挙げれば、隣国某の海軍力は驚異的な速さで進化しています。しかも今日では、その野心・野望を隠そうともしません。日本国民は今こそ、脅威=能力 X 意図の数式を強く認識する必要があります。 

       

       

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      されどドレス・コード

      2020.09.24 Thursday

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        前防衛大臣は、日本人記者の意味不明な質問にズバッと正論で切り返すなど、歴代大臣の中でも際立って痛快、多くの国民や隊員に支持されたものと拝察します。また、意欲的に部隊を訪問・視察され、部隊の士気は大いに高揚したことでしょう。在任中、とても良い仕事をされた。長年この組織に籍を置いた一員として、大変嬉しく思います。

         

        前大臣が部隊を視察された時の模様が、防衛省の SNS などで度々公開されておりました。公式の公開に加えて、ご本人も積極的に発信しておられます。その映像(写真)を拝見して、old sailor は「あれ???」と思ったことが一点あります。部隊が実施する栄誉礼を、かなりカジュアルな服装で受けておられること。10年も前に現役を退いた老兵が、いちいち目くじらを立てることではないのかもしれないのですが・・・。些末と言えば些末、重要と言えば重要なことであり、一筆啓上致したく。

         

        当然のことですが、出迎える部隊の儀仗隊(員)は正装です。儀仗隊の構成員に選ばれた隊員は大変名誉なことと緊張し、何日も前から事前訓練や予行を行って本番に臨んだことでしょう。堂々と公開されておりますので、「軽装」で儀仗を受けることは規則上、何ら問題ないのだと思います。しかし私は性格が歪んでいるためか、軽装でいいのであれば、極端な話「ミニスカートや半ズボンでもいいのか」と思う。栄誉礼や儀仗は、公式に訪日する外国の国家元首などに対しても行います。これは諸外国においても同じで、国際慣習、国際常識のひとつです。軍隊が行う多々ある礼式のなかでも、栄誉礼は特に格式が高い儀礼として位置づけられております。

        ですから、正式に栄誉礼を受けるのであれば、更には閲兵(巡閲)するのであれば、しかるべき服装でなされるべきではないのか。防衛大臣は指揮系統上、最高指揮官(内閣総理大臣)に次ぐ指揮官であり、隊員は一人の例外なく、大臣の命(めい)あれば「身をもって責務の完遂に務める」と宣誓します。命令は重く、またこの宣誓も重い。であるが故に、隊員は正装(礼装)をもって遇します。一方で大臣に合わせているのでしょうか、儀仗隊員の他は部隊指揮官を含め、略衣(半袖)や戦闘服装であることにも違和感を持ちます。「時代が違うんですよ、アッタマかて〜なぁ」と言われば、そうかもしれません。

         

        防衛省に来られた政治家さんで、強く私の印象に残っている方がお二方おられます。特別交流があったわけではありませんが、僭越な言い方をするとウマが合った方です。

        おひとりの場合、防衛省を離れた後にお会いした時、次のようにおっしゃいました。「離任の際に栄誉礼があるのは承知していなかった。栄誉礼があると分かっていたら、家内を呼んだのだが・・・。妻には今まで、選挙などでとても苦労をさせてきたので、あれは是非とも見せたかった」。そう聞いて私は、本当に申し訳ないと思いました。秘書官や副官は、どんなに忙しくても(離任)行事の細部について事前に説明したでしょう。先生が聞き間違ったか、或いは「離任の場合には、巡閲(儀仗隊を点検する)はありません」とか何かを、勘違いされたのかもしれません。しかし、現実に彼は知らなかったわけで、奥さんに見せてあげることも叶わなかった。(彼にとっては)一世一代の晴れ姿を夫人に見せる機会を逸し、とても残念がっておられました。おそらくは、着任の時の栄誉礼も見せておられないのでしょう。二人三脚で苦労してこられた奥さんも、さぞ見たかったと思う。彼の気持ちがよく分かります。

         

        もう一方(ひとかた)、温和ななかに信念のある先生でした。或る省内会議の場でたまたま隣の席になったのですが、夏でもネクタイをしている理由を尋ねた私に、彼は次のように応じました。「国会は我々にとって職場であり戦場です。ですから、どんなに暑い日でも、国会に入る時には必ずネクタイを(着用)します。みなさん(自衛官)が制服を着るのと同じです。私にとっては背広とネクタイが制服です」。若いのにしっかりした方だと感心しました。制服とはいえ、半袖の略衣である此方が恥ずかしくなりました。

         

        過去のブログでも描いた記憶がありますが、新たに着任された防衛大臣が横須賀を視察(着任後の初度巡視)された時、大臣は行事に相応しいシックな服装でした。初の女性防衛大臣としての意気込みが強く感じられ、また流石にTPOをわきまえておられると感心したものです。一方で随行の取り巻き(官僚)はクール・ビズだった。中にはジャケットを持参していない者さえいました。受け入れ側の我々は、司令官も総監も隊員も残暑厳しい最中、総員が詰襟の制服に白手袋でお迎えしました。どんなに汗をかいても、それが上級指揮官に対する礼式であり、常識だと思っているから何の不満もありません。人間が考える常識など、時代とともに変化していいと思う。しかし、守り維持していく常識もあると思う。それが伝統になり、ひいては組織の力に繋がります。

         

        バーバリーのジャケット / パンツであろうと、ウン十万・ウン百万(円)の服を纏ってもカジュアルはカジュアルです。時と場によっては、吊るしの背広・ネクタイに及ばない。ドレス・コードは、お金(値段)ではないと言うことです。先の部隊訪問(視察)に関し、如何なる位置づけの視察であったのか、中央(市ヶ谷)と地方でどのような事前の調整がなされたのかは知りません。もし私が受け入れ部隊の指揮官であれば、「軽装なら栄誉礼はご遠慮いただきたい」。或いは、「少なくとも栄誉礼の時には、背広にネクタイでお願いしたい。(大臣がカジュアルでは)部下に示しがつきません」と意見具申する。間違いなく・・・多分・・・もしかしたら・・・よう言わんかな。

         

        近年、クール・ビズには随分お世話になっています。最近では、ネクタイをするのは年に数回しかありません。ネクタイをして行く場がありません。ネクタイしてトラクターを操縦してると、「この暑さで頭やられたか?」とカラスに笑われます。ですから偉そうなことは言えないのですが、クール・ビズが普及したことによって、日本人の服装はちょっとだらしなくなったと思う。「クール」を必要としない時季であってもクール・ビズに便乗する、私のような横着な日本人が増えたような気がします。

         

        主題のドレス・コードとは全く関係ありませんが、報道によれば、前大臣は離任に際して「戦闘機1機、戦車1台、護衛艦1隻なくても、人材が生き生きと活躍できる環境の方が大事」と述べられた由。人(隊員)を大切にする、大臣のお人柄がよく顕れている言葉だと思います。装備を例えに出してはおりますが、その真意が自衛隊員の処遇や環境の改善にあることは間違いないでしょう。

        しかし・・・です。一国の国防を担う最高司令官の言葉としては如何なものでしょうか。F35とトイレット・ペーパーの例えもそうですが、ちょっと違うんじゃないの、と私は思う。重箱の隅をつつくように、言葉尻を摑まえるわけではないのですが、主要な装備と処遇改善を並べて「こっちを優先」という言い方には疑問符(?)が付きます。

        国家防衛において、いずれもが重要課題であることは論を待ちません。しかし、隊員の処遇改善を図ると言うときに、その比較において、わざわざ陸海空自衛隊の主要装備(戦車、護衛艦及び戦闘機)を持ち出す必要はない。国民受けする表現であり、主旨を強調することには寄与しますが、逆にその真意や効果を減じることにもなりかねません。或いは、外に向かっては間違ったメッセージの発信になる可能性もあります。勿論、予算には限りがあるので、予算要求・予算編成の議論の中で人と装備の関係(福利厚生などを含む人件費と正面装備費)が出てくるのは必定です。時には両者の間にバーターがあるかもしれない。小生も人事に関わった経験がありますが、それはそれで議論し、淡々と進めていけばいいことです。

        更に敢えて付言すれば、この装備と並べて語る処遇改善は、お金(予算)にフォーカスした施策の問題です。それも重要ですが、そこには自衛官の「誇り」や「名誉」という視点が見当たりません。給料や生活環境の改善を図るとともに、司令官から末端の隊員までが誇りを持って任務に就く、後顧の憂いなく職務に邁進できる環境の整備にも腐心して貰いたいと思う。

        在任期間を通じて素晴らしい仕事をされた方だけに、残念な最後の挨拶であったと私は感じました。以上は Old Sailor の率直な感想ですが、現役諸官がどう受け止めたか訊いてみたいものです。因みに、着任の時には「訓示」、離任の言葉は「挨拶」です。

         

        国防大臣の発言や行動は、その国の防衛・安全に直結します。防衛大臣の言葉は、在京各国武官によってそれぞれの母国語に翻訳され、世界中に発信(報告)されたでしょう。アジア・太平洋の安全保障が揺れている今日、(経済)大国日本の国防大臣の発言、列国はみな興味津々で観ていますよ。

         

        新大臣とは、かつて省でご一緒したことがあります。もの静かで凛とした方です。ご活躍を期待しております。

         

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        自然に抱かれて (カラスの場合)

        2020.09.10 Thursday

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          故郷の目覚めは、いつも小鳥のさえずりです♪ ひとときの微睡(まどろみ)はささやかな贅沢。マル・ロク・マル・マル(0600)に「総員起し」がかかります。同時にカーテンを開ける。用便と洗面を済ませ、先ずはご先祖様にご挨拶。ヴィヴァルディを聴きながら、緑の山々や日々成長する子供たち(パパイヤ畑)を眺めつつ一杯のコーヒーを味わう。讃岐の山荘にゆったりとした時間が流れます。暫くすると、脳と五臓六腑が徐々に動き出すのを実感する。至福の時です。

           

          太陽が顔を出す頃になると、「オハヨー・オハヨー」の声が聞こえます。初めて聞いたときは「誰か訪ねてきた。早く身づくろいしなきゃ」と思った。しかし耳を澄ますと、どうもこの声は上の方から来ているようです。なんだろうと窓を開けて見ると、我が家の守護神(みたいな存在)であるカラスくんだ。未だ名前はつけてません。でも本当に毎朝「おはよ〜」って啼くんだよ。ちょっとハスキーでなまってるけど。

          暖かい季節になると毎日出没するヤモリとデカ蜘蛛(最大級は10センチくらい)は、守護神と言うよりも私がいないときの家主です。当主がいない時には、我がもの顔で家の中を跋扈しているはず。ある時などこのヤモリが、畏れ多くもご当主様の頭の上に飛び降りてきおった。都会育ちの人だったら、キャーって失神するだろね。今日ではややこしいペットを飼ってる人が結構いるけど、そんな人は田舎で生活することをお勧めします。わざわざお金を出して買わなくても、そこら中ペットだらけです。私の場合は、謂わば共存ですな。

           

          カラスが堅いクルミや銀杏などを割るときは、木の上から道路に投げて車が通過するのを待つ。これは実際の映像があり、有名な話ですね。私がトラクターや草刈り機を使うと、後方2〜3メートルには常に1〜2羽の烏が追随します。私の仕事時間は、彼(彼女)らのお食事タイム。そう、草の中からバッタやネズミやカエルが、飛び出してくるのを待ち構えている。人間で言えば、上等のステーキが食卓に並ぶようなものかな。カラスは知的であると同時に、とてもどう猛な肉食の生き物です。そういう意味では、人間と似ている。でもチョットと間が抜けている所もあって、地上に降りてると直ぐそこに居るバッタなどを見つけられないことがままあります。トラクターの上から「そこだそこだ!」と指してやるのですが、高い所でないと鳥瞰は利かないみたい。

          副将軍の黄門様がドンパチ(悪人への懲らしめ)を制するときは、必ず少し高いとこに位置して「助さん格さん、もういいでしょう」とやりますよね。この少し高い所がツボです。物事を俯瞰する時には、目の位置を高い所に置くということ。これは、所謂「上から目線」とは違います(水戸殿の場合は上から目線です)。カラスは賢いけれど、そこんところはチョット分かってないな。

           

          家のすぐ裏に田畑があるので、食材(野菜)の切れ端や剥いた皮などが溜まると、そのまま地球(大地)に還します。田舎のことですから特別な加工など必要ありません。ただポーンと投げるだけ。時には、魚の骨や肉の脂身など残飯もあります。これらがお椀に一杯程度溜まると田圃に撒くのですが、私が家の中に入るころには(所要時間は数十秒)もうカラスが舞い降りてきて餌をつついてます。どこで見てるんだろう。監視されてるのかな〜。そんで、(カラスが)これはと思うものは、咥えて違う場所に持って行きます。その場で食べても誰も邪魔などしないのですが、おそらく獲物を他の動物や仲間に取られないよう、本能がそうさせるのだと思う。調理してない野菜など、草食系には全く興味を示しません。カラスは贅沢で美食家なんですよ。子供の頃に飼っていた鶏は、卵の殻を喜んで食べていた(謂わば共食い)と記憶するのですが、彼らはスルーします。理由は知らないのですが、鳥類としての矜持みたいなものがあるのかな〜本能的に。肉食なら裏庭でちょろちょろして目障りなトカゲも獲って欲しいのですが、相手の動きが速くて手に負えないらしい。トカゲを咥えているのは見たことがありません。頭がいい割には、意外と鈍くさいんです。脳みその皺と身体能力は、必ずしもリンクしない。

           

          小生はお一人社長ですが、地元の大手電力会社さんと大変懇意にして頂いております。社長が、私の講演に興味を持って下さったのがご縁です。或る日、この会社の役員数人と一緒に食事をしていた時、話題がカラスに及びました。それまで全く知らなかったのですが、電力会社にとってカラスは天敵なんだね。年間どれ程の被害を被っているか、という話でした。カラスが電柱にある変圧器(?)の辺りに巣を作って子育てをするらしい。その際、何処で調達するのか分からないが、針金でできたハンガーを使うとのこと。すると毎日のように何処かで停電が起きて、その都度電力会社は出動を余儀なくされる。勿論、被害は四国に限らず全国どこも同じらしい。全国の電力会社が競って対策を検討しているらしいのですが、未だこれと言った妙案は見出されていないとのこと。もし有効な手立てを発明・発見すると、日本中の電力会社が泣いて喜ぶでしょう。街中のごみ集積所も同じですね。これは絶好のビジネス・チャンスだ! 因みに、電線を地下に埋めるのには莫大な費用がかかるとのこと。

          たまたま本席(役員との食事会)に、私の友人(在京の某社長)が同席していたのですが、彼の目が一瞬キラリと光りました。彼はここ数年、某大学の有名な教授(カラス博士)と共同してカラスの忌避剤を開発しているとのこと。実験を何度も繰り返して、実用化は近いらしい。この方は文系の出身ですが、物事をとことん詰める性格です。間もなく彼は、電力会社からノーベル・カラス賞を受賞すると思う。

           

          カラスには全く罪はないのですが、私の郷里では昔、カラスが頻りに啼くと不幸があると忌み嫌われてました。あの黒装束で、かつかすれた声でガーガーやられると、右翼の街宣車みたいで気持ちがいいものではないですな。子供の頃に推理したのは、荼毘に付す時に生じる(煙の)臭いにカラスが反応していると思った。妙なことに気が回る小学生。コナンみたいだ。周りの大人が、そう言ってたのかもしれません。

          つい先日のこと、屋根の上で奴らがギャーギャー・キャッキャ騒いでた。でも、いつもの啼き声とはチョット趣が違うぞ。空気がちゃう。「おまんら、なんしょんな(標準語訳:君たち、何してるの)?」と鳴き声の方を見ると、二羽のカラスが喧嘩してた・・・多分。上になったり下になったり。「あららっ、そういうことは人目につかんところでせんかい」と老人が毒づく。でもチョット待てよ、カラスも種を残すために懸命なのだ。歳よりの余計なお節介だな。そう思うと、むしろ微笑ましい光景ではありました。

           

          その夜、妙な夢を見た。恐竜大のカラス、名前は知らないのですが(恐竜)図鑑などにありますよね。あんな感じです。そのカラスが、人間の言葉みたいなのを流ちょうに喋っている。人間は遂にカラスの軍門に下ったか? カラスの支配下にあるみたいです。そのカラスが、嘴(くちばし)で私の頭をツツキながら偉そうに言うんですよ。「お前のオハヨ〜はなまっとるぞ」って。白髪頭から血がにじんで、涙目でカラスを睨みつけるが・・・ク〜なさけない。そこで目が覚めた。あぁ頻尿で良かった。危うく頭をかち割られるところだった。

          でも国が亡くなるってことは、そう言うことなんです(ちょっと違うけど)。単に、領土・領海・領空が無くなり、地図の色が変わるだけではないんです。日本の文化が無くなり、歴史が無くなり、そして言語(日本語)が無くなると言うことなのです。そこを覚悟しなければならない。日本人よ、それでエエのかってことです。

           

          内外の情勢を垣間見るに、我が国は今、国家存亡の危機、岐路に立たされています。しっかりせんかい!

           

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          コロナ禍(最終の最終)

          2020.08.27 Thursday

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            コロナ禍についてはもう書くまいと決めていたのですが、どうもモヤモヤが晴れません。な〜んかスッキリしない、何かが変なんじゃないかなと。勿論、世界中の人が初めての経験なので、スッスといくはずがないことは十分に承知しております。

             

            素人なのでよく分からない、ということはあると思うのですが、理解に苦しむのは政府や自治体が毎日公開・発表するデータです。出来るだけ多くの人を検査(PCR)するのは理解できます。であればもし仮に、全国民を一斉に検査したら、どのような結果になるのでしょうか。医療崩壊を招いたり、或いは検査キットの数など現実には不可能な話です。ですから、飽くまでも仮定の話です。結果、陽性の人は何パーセント、或いは何割くらい出るのでしょうか? 国民総員の同時検査は物理的に無理筋なので、地域格差を考慮してではありますが、世論調査のように何千人か何万人か無作為に選んで検査したらどうでしょうか? さすれば、大体のところ(値)は出ると思うのです。統計学的に見て、今の検査の在り方はどうなんでしょう? 何方か専門の方がおられたら教えて下さい。加えて、検査キットの信頼性(正確度)の問題もあるようです。

            何が言いたいのかと言うと、政府の発表もメディアの扱いも、何故か国民の或いは視聴者の危機感を煽ってばかりのような、そんなデータの出し方をしているように感じるのです。政府や自治体の関係者、そして医療関係者が精一杯努力してくれていることに心から敬意を表します。その努力に応える或いは報いるためにも、今一度、検査の在り方やデータの出し方を見直しては如何でしょうか? 高名かつ我が国で屈指の専門家が多数参加して議論しているので、そんなことは百も承知でやっておられるとは思いますが、老婆心ながら斯様に思うのです。しかし、素人の勘は時に本質を突くこともあるんですよ。 

             

            私事ですが、月に一度は郷里(讃岐)と自宅(埼玉)を往復します。決して、政府や自治体に反旗を翻しているのではありません。そうする必要があるからです。現在母は、特別養護老人施設(特養)でお世話になっております。もう何年も半ば寝たきりの状態です。この歳まで母親が元気で居てくれることは、本当に幸せなことです。しかし、どんなに母が頑張っても、残念ながらあと何十年もこれが続くことはないと思います。そう考えると、母の顔を見ながら懐かしい昔話などできるのは、限られた回数しかありません。現在の一回一回が、もしかしたらこれが最後かもと思う。

            地元の高校を出てから人生の大半を洋上で過ごし、現役時には帰省が叶ったのは数えるくらいしかありません。しかし現下の情況では、お上の指示により面会・面談が叶いません。一度、職員のご厚意でリモート(テレビ)で面会をしました。本当に有り難かったのですが、テレビ会議を設定することができる職員は限られているようです。

            自前の Face Shield を何回か試みたのですが、やっと市場に出回り始めたのでホーム・センターで求めました。お手製よりは格段に良くできており、安くていいやと思って購入したのですが、持ち帰って生産地を確認すると日本製ではなかった。懲りない国だな。

             

            郷里での講義や講演など抜かすことができない日を優先し、帰郷する期間を決めて往復チケットを手配します。そして、帰省中に仕事や私的に会う人を決めてアポイントを取ります。帰郷して直ぐにお会いしても、何ら問題ないと私自身は思っているのですが、これも実(まこと)しやかに世に定着している「二週間の縛り」を自らに課します。自分はOKと思っても、会ってくれる相手の気持ちを考え、二週間は山荘で隠遁生活をします。お陰さんで、草刈りなど家の用事がはかどります。一方で、限られた時間で会える人は、どうしても限定的になります。相手がテレビ会議をできればいいのですが、田舎ではまだまだ普及しておらず、そもそも年配の方などは無理ですよね。或る恩師などはガラケーも持ってないんですよ。センセ(先生)、どなんするんな(訳:どうするのよ)?

            これを要するに、おひとり社長にもコロナ禍による不利益があるということです。

            コロナ禍と直接は関係のない話ですが、社長が一人で社員も一人なので、営業も実動(講演活動や農園農作業など)も総務も経理も、具体的には書類のコピーも確定申告や年末調整も、車の運転もぜ〜んぶ一人でやります。防衛大学校で簿記など教えるわけもなく、還暦はとっくに過ぎて古稀間近、日々勉強です。白髪も増えようもんです。

             

            グダグダ愚痴を言いました。我々はコロナ禍を乗り越えなければいけない。しかし、特効薬ができるか、或いは我々に免疫ができるまでは、このウィルスと何とか折り合いをつけて生きていくことを求められる。個人や団体が最大限の防衛・防御を施しつつ、できるだけ通常の(今までのような)社会生活や経済活動をしていく、具体的な方策を見出す必要があります。メディアはこの際横に置きますが、少なくとも政府・官邸にはそこのところ、即ち実態が見えているはずです。日本人の民度は高いです。絶対に見えてます。40年間危機管理の衝にあった私の経験から推察して、政府はコロナ禍の実態、そして今後の方向も承知しているはずです。もし見えてなければ、何をかいわんや!

            問題は、なぜあのようなデータの出し方なのか? そもそも、検査結果の陽性者と感染者の関係はどうなっているのか? 公開情報を見る限りでは、陽性=感染として扱っているように見えます。正確に、それで間違いないのでしょうか? 検査キットの信頼性(確度)についても、ネット情報ではいろいろ説がありますが、責任ある人による公式見解は出されていない。テレビも新聞も無縁なので、私が承知していないだけかも知れないのですが。

             

            モヤモヤはざっとこんなところです。従って、公開されるデータは「重症者数」と「死者数」しか見ません。これが最も重要で、最も正確な数字だと思うからです。私はコロナ禍を国家の安全保障問題と位置付けますが、極々一部のものを除き、基本的には本件に「秘」は存在しないと思う。政府・自治体がしかるべきデータを公開・説明し、メディアはそれを色眼鏡で見ることなく正確に報道して貰いたい。そうしないと大衆は判断を誤ります。そしてこの国は、ドツボに入って行くような気がする。歳よりの思い過ごしであれば良いのですが・・・。

             

            済んだ話をネチネチとほじくり返したくはないのですが、政府が全世帯に配布した布製マスク(アベノマスクなどと品のない呼び方は止めましょう。一国のリーダーに対して大変失礼です)の件:これも未だにスッキリしません。最初この話(情報)を聞いた時、正直ウソだろと思いました。でも、タイムリーに配布されれば、いい案だとも思った。何故か? 本件は政府内でよくよく議論され、そして決定されたものだと信じるから。よしんば大した議論はしていなくても、そこには「理念」があるはずです。理念なくして、何百億円もの国家予算を投入する訳がない。しかし残念ながら小生を含め国民には、そこのところが見えなかった。理念とまではいかなくても、「これこれ、こういう理由で・・・」という国民を納得させる丁寧な説明がなかった。だから、絶対多数の国民の目は冷ややかでした。これは明らかに、政府の広報戦略の失敗です。戦略と言うと勘違いされそうですが、国民をだますということではありません。勉強不足かもしれませんが、私は未だに明快なその(マスク配布の)理由を知りません。

             

            絶対多数の国民が政府提供のマスクを受け取った時は、既に時機を失していました。届いたのは、需要と供給がほぼ落ち着きつつある頃でした。受け取る時期も、地域によってかなりばらつきがありました。緊急事態であり、いろいろ難しいとは思う。しかしそれが、「危機管理」と言うものです。情勢は日々刻々と変化しており、どこかで方針を転換するという発想はなかったのかな? 殆どの国民が、大なり小なり「本当にやるの? ホンマか? 今更?」と思っていたはずです。一旦動き出した兵を引くのはとても難しい。膨大なエネルギーを内包しているからです。しかし多少のリスクや傷を負ってでも、朝令暮改が必要だったのではないか。指揮官には鉄の意志が求められるが、朝令暮改の誹りを受け入れる勇気も必要です。

            本件は、我々の専門用語でいう「連続情勢判断」の欠落です。どんなに素晴らしい作戦であっても、情勢次第では陳腐な作戦になり、むしろ負の結果を導くこともあります。誠に残念に思う。頂戴したマスクは、今後への備え+2020コロナ禍に遭遇した記念の品として、大切にしまってあります。

             

            私の郷里は典型的な山間部です。空気がとても綺麗です。にも拘わらず、行き交う車の運転者の多くがマスクを着用してます。気持ちは分からんでもないが、自分一人だけで運転している時に、マスクをして何か意味があるの? 年がら年中マスクをつけてたら、心身がおかしくなるような気がする。寝る時にもマスクをするのかな? 勿論、現下の敵(ウィルス)を侮ってはいけない。今我々に求められているのは、この厄介な敵を正しく恐れることです。衝にある人たちは、 国民をそのように導いて欲しい。

             

            大東亜戦争においては、大本営が「事実・実態とは異なる」戦況発表を繰り返し、メディアはそのお先棒を担いで国民を煽った。我が国政府と軍の大きな汚点です。軍が国民の戦意高揚を企図するのはありがちですが、国民を欺き国家を瀕死の状態にまで導いた。昭和15年12月9日(真珠湾攻撃の翌日)付、某大手新聞第一面のヘッドラインは『長期戰もとより覺悟 戰時經濟に不安なし』 

             

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