首長さんの役割

2019.10.24 Thursday

0

    阪神淡路大震災と東日本大震災を経験して、(依然として地域による格差はありますが)国民の防災に対する意識は飛躍的に向上しました。と同時に、必然的に災害における各首長さんの役割にも重きが置かれるようになりました。内閣総理大臣が国の安全に一義的に責任を負うのと同じように、各種の災害から地域住民を守るのは、基本的には各首長の仕事になったと言っていいでしょう。

     

    であるにも拘らず、先般の台風19号による災害に関連して、耳を疑うような、にわかには信じ難い話が伝わってきました。そう、「県」と「町」の意思疎通が上手くいかず、結果的に陸上自衛隊の給水車が任務を達成することができなかったという事案です。私が入手できる情報は報道ベースで、正確な経緯を承知しておりませんので軽々にモノを言うのは控えたいと思いますが、自衛隊が搬入した救援物資(飲料水)が被災者の喉を潤すことはなかったのは間違いない。かつて私が防衛・警備を担当した地域で起きた事案だけに、内心忸怩たるものがあります。

    本件に関係する三者、即ち県(知事)・町(町長)・自衛隊(部隊指揮官)の間でどのような調整がなされ、それぞれがどのように判断したのか。状況次第では県民・町民の命に係わる水が、結果的に被災者に届かなかったという事実から遡って、顛末を公表する必要はないと思いますが、三者間でレヴューし何が問題であったのかを考察し、今後どうすればよいのか教訓を導いて欲しい。報道を見る限り県(知事)も町(町長)も、言い分が何か他人事のように聞こえるのは私だけでしょうか?

     

    何事につけ、問題が顕在化する時には多くの要因が重なっており、そのうちの一つでも断ち切れば事故や事案は起きないことが多い。上記給水車の問題は、事故などではなく明らかに人が関与して起きたことですから、関係者の誰かが「そうじゃないよ」と気が付いて声を上げて、皆さんがよく考えれば回避することができたと思われます。そこに気が付くか否かは単(ひとえ)に、関係者がこのオペレーション(活動)の「目的は何なのか」をきちんと把握していることです。先に言った「何か他人事?」は、そこがよく分かってないのではないかと感じたからです。この場合のゴール(目的)は、勿論、被災者の救援です。そこさえ押さえておけば、大きく外すことはない。何のために今我々は活動しているのかと考えれば、自ずと真っ当な判決(選択肢)が導かれるはずです。

     

    「3.11(東日本大震災)」の時、横須賀地方総監は規則に従って、間髪を置かず被災地各県(庁)に佐官クラスの連絡官を派遣しました。私が地下の作戦室に詰めて数日後、或る県に派遣した連絡官が早々に帰還しました。「海上自衛隊の支援は必要ない、とのことですので帰りました」と言う。ホンマかいな???とは思ったのですが、当時は猫の手も借りたい状況であり、一人のスタッフも貴重な戦力でした。また、顛末を深く追求する時間も心の余裕もなかったので、「了解」で元の任務に就かせました。後日(発災から随分後のことです)、この某県に在住している義理の妹夫婦が言うには、水(飲料水)がなくて大変苦労した。(陸上)自衛隊の給水車には長い列ができて長時間待たされ、かつ十分な水を貰うこともできなかった、と言う。一方別の県では、某市内の全域が液状化して水道が使えない。途方に暮れていた県の職員に、派遣していた連絡官が「海上自衛隊に水船があります」と同船の派遣を提案した。そして市民は命を繋いだ。

    両者の違いは推して知るべしです。これを要するに、我々自衛隊側を含め関係者がどれほど真剣に被災者のことを考えているかということ。知恵を出せってことです。ただ知恵を出せと言っても、経験のない人や勉強していない人、問題意識のない人からは、これと言った案は出てきません。例えば上記の「水船」なんて、たとえ海上自衛隊員であっても船乗りでなければ知らないでしょう。県の職員においてをや。だから、他機関や民間を抱き込み多様な事態を想定した訓練が必要なのです。

     

    別の視点から:いろいろな規則の遵守が重要であることに異論はありません。今回の給水事案は、既存の規則や取り決め、或いは計画がアダになった可能性があります。でも規則は人間が作ったものであり、殆どの規則類は万能ではありません。実際に起こり得る、起きる可能性のある全ての事態を想定した規則などありません。従って、目的(被災者の救援)に鑑みて「この規則はおかしい」というところがあれば、即座に改正・改訂すればいいのです。後追いで改正してもいいし、或いは特例を設けるなど、やり方はいろいろある。役人や官僚はそういうことに通暁しています。規則は重視するが、(何時もではないが)事に臨んでは拘泥しないと言うことです。これもゴールが明確であれば、そして責任ある人が腹をくくれば簡単にクリアーできることです。

     

    東日本大震災における救援活動の一例です。我々(自衛隊)が被災者に提供できる物(救援物資)は、規則で項目が列挙されておりました。現地の部隊指揮官から、「住民はガソリン、軽油、灯油を渇望しています」と報告(上申)が入りました。しかし、規則上油脂類は提供できないことになっています。上申の至急電を手にした幕僚は、私の顔を観ます(指示を仰ぎます)。氷点下、灯油なしでは生きてゆけない。規則とは良くできてるもので、列挙している最後の項に「災害救助のため特に必要な生活必需品の無償貸付」と記載されている。「これでいけ!」。被災者が待ち望んでいる、軽油や灯油の提供を決心しました。仮にこの項目がなくても、いざとなれば飲料水と”間違って”でも届けて宜しい(と私は思う)。ゴールが明確であれば、躊躇しないし迷うこともない。なお、後日油脂の提供もできるよう規則の特例が発出されました。

    但し、このようなケースは現場任せにしてはいけない。現場に投げてはいけない。責任ある人、責任を取れる人が指示することです。そうしないと、組織がガタガタになります。目的に合致しているので、「どんどんやっちゃえ」ってなことではありません。念のため。

     

    長々と自慢話をしたいのではありません。給水できなかったことによる大きな実被害はなかったようですが、今回の事案、返す返すも残念に思います。

     

    【眦菁郢襪離フィシャル・サイト】

    http;//www.umihiro.jp

     

    博海堂

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    コメント
    コメントする