日本の教育は何処へ向かうのか?

2019.11.07 Thursday

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    物事や人物を評価する姿勢として、一例をもって全体を語ることは厳に慎まなければならない。しかし・・・ひとつの事象が象徴的に全体像を示していることもママあります。タイトルから類推して何を言いたいのか、皆様ご賢察の通りです。

    以前から(戦後の)子供の教育には危機感を抱いておりましたが、時此処に至っては心寒いものを感じます。そうです、複数教員による同僚教員の虐め事案です。日本の教育は遂にここまで落ちたか、との思いを強くします。この虐め事案が一対一でないところに、今日の日本人に巣くう(心の)病が潜んでいるように感じます。仮にです、被害者にも何らかの落ち度や問題があったとしても、決して許される行為ではない。これは明らかに犯罪の部類に入るでしょう。加害者側に正当な言い分があるのであれば、逃げることなく堂々と顔を出して意見を開陳すべきです。

     

    かつて小さな村や地域では、村長さん、お寺の住職、そして学校の先生は、今風に言えば知識人或いはオピニオン・リーダーとして住民から尊敬される対象でした。明治の時代になって、多くの学校がお寺から始まったことからも類推できます。旧き時代、親御さんは先生を信頼し、安心して子供を先生に託しておりました。一般論ではありますが、学校の先生が親や児童・生徒から尊敬も信頼もされなくなって、どのくらい時が経つのだろう。半世紀にもなるのでしょうか。今日では学習塾が乱立して、受験勉強や知識の習得には塾に負うところが大きい。極端な話、学校は最早学びの場ではなく、友達と交流する場所、即ち遊び場になっているかの如しです。ならばせめて、情操教育や人間教育くらいは真剣にやって欲しいと思う。

    多くの教員が真摯に仕事に向き合い、夜なべまでして教え子の教育に尽力していると聞きます。そんな親の姿を観て、先生の子供さんたちは教員になりたがらない、と聞いたこともあります。しかし今回の事件を特異な例、一過性の事案と捉えてはいけない。我が国の教育界が抱える氷山の一角であり、水面下には想像以上の根深い問題が存在しているのではないかと憂慮するものです。

     

    先ずは何が問題なのか。なぜこうなったのか?

    その原点は、戦後の教育を牽引してきた当該行政とその方向性に問題があると考えます。文科省(旧文部省)に内在する問題と同省の迷走。部外者が言うのも失礼ですが、文部省はとにかく(悪い意味での)コンサーバティヴ(保守的)と評されてきました。或る方が某省を皮肉って伏魔殿と言いましたが、言い得て妙です。記憶に新しい近年の象徴的な出来事(政策)は、所謂「ゆとり教育」でしょう。日本を代表する有名大学に学んだ何百人の官僚や政治家が、寄ってたかって何でこんな愚策をやるのか。議論を横目で見ていて、本当に理解に苦しみました。結果は国民周知の通りです。この失政は旧農林省の減反政策に匹敵する。むしろ対象が人間だけに、罪は余程大きい。将来に禍根を残したことは疑いの余地がない。誰か責任を取ったのか? 聞かんな〜。

    もし自衛隊が「ゆとり教育(的)」な訓練をやってたら、国家や国民の生命財産を護れるわけがない。この国で空疎な議論に明け暮れながら惰眠をむさぼっている間に、周りの諸外国は死にもの狂いでやっとるんです。そう言う意味において「教育(界)」は甘い。僭越ですが、大局も見えてない。子供の教育には、国家百年の大計が必要です。国を牽引するのは人間であり、その力は教育に負うところが大きいから。

     

    視点を変えて、教員の劣化と質の低下は目を覆うばかり(のように見える)。それは必ずしもご本人のせいばかりではない。周りにも責任の一端があります。問題の所在を先生にばかり擦り付ける保護者が多い現状下、それでもと使命感を持って教員の道を選ぶ若者が少なくなるのは自明です。私が言う「質の低下」は、必ずしも偏差値を指すものではありません。そんなのはチンケなものです。重要なのは謂わば人間力です。偏差値なんか低くて何ら問題ない。有名大学を出てなくてもいいんです。件の加害者は、おそらく立派な大学を出ているのでしょう。それでいてあの体たらくですから、大学卒というステータス自体が既に地に落ちているのです。学歴は中学卒、高校卒であっても、大学卒業者に優る人間力を持ってる人は一杯います。名もない大学卒であっても、有名大学卒に匹敵する、或いはこれを凌駕する人は山ほどいます。教員を採用する際には、そこを見抜く選考・選抜が必要です。教員採用の在り方も再検討すべきではないか。

    私事を言いますと、大変有り難いことに国立大学の客員教授をやらせて頂いております。教員免許は持ちませんし、修士や博士どころか学士さえも持っておりません。私が学んだ頃の防衛大学校は、準大学という括りで正規の大学ではありませんでしたので、謂わば我々は専門学校出です。敢えて言えば、軍事学士とか防衛学士なるものを付与されてもいいと思うが、基本的にそんなものには拘泥しません。部隊を指揮して・指揮できてなんぼの、実学の世界ですから。

    話を元に戻して、大学というところは懐が深く、「一芸に秀でた・・・」という採用枠があるそうです。私がこの項目に該当するか否かは別にして、新たな風を吹き込む意味でも、高校や小中学校でもこのような採用枠を設けては如何か。とにかく免許優先の世界は、既に破綻しているわけですから。そんなことしたら学校がかき回される、と思う人は池の中の蛙になってますよ。

     

    敢えて批判・非難されることを覚悟で、もう一点、別の視点から。ジェンダー・フリーは当然です。同じ人間ですので、男女間で能力(頭脳や知能)に差があるはずがない。しかし、それぞれに特性があることは間違いない。例えば、オリンピックでも分かるように、体力には明らかに差(違い)があります。だから男女別々に競ってます。これは決して不平等ではない。ジェンダー・フリー、男女共同参画、みな美しい言葉です。日本はまだまだこの分野に遅れているので、もっともっと推進すべきだと思う。しかし実際にこれをやる場合、現場においてはそれぞれの特性や違いを認識して、更に個人の能力を勘案して進める必要があります。さすれば、男女教員の相乗効果によって多様な発想が生まれ、よりレベルの高い教育が可能になると思う。

    私自身、義務教育の大半を「おなご先生」に学び、啓発されて今日に導かれました。女性教員には多々ご恩があります。

     

    小学生の頃、シベリア帰りの父が海軍特攻隊(零戦)の生き残りである担任の先生に、「倅が(先生の)言うことをきかんかったら、1〜2発喰らわして下さい」と言ってるのを聞いたことがあります。父兄(保護者)が、教員を信頼し尊敬しているからこそ言える言葉です。今は先生が手を挙げただけでも問題になります。そこには二つの意味があると思う。一つは保護者が単なるクレイマー(文句言い)になってること。もう一点は、先生が信頼されていないということ。そう言う時代になって、陰湿な虐めが横行している現実があります。そしてとうとう、これが教員同士という形で顕在化した。教員の資格を持った、即ち教える技術を身に着けている(はずの)先生が、幼児以下の人間力しか持っていないということです。

    学校の教員は技術屋さんではない。それぞれが持っている(教育)技術で、優秀な生徒を製造するのが仕事ではない。教員が自らを単なる労働者だと思ったら、食うため・生活の糧としてやってるのだと思ってたら行くべき方向を誤る。次世代を担う人間を育むと言う、とても難しいがやりがいのある、そして崇高な使命を帯びた任務に就いていると言うことを、先ずは教員自身が認識する必要があります。

    戦闘員が自分は労働者だと思ったらどうなる? 軍隊に労働組合ができたらどうなる? 要は、使命感があるかないかです。問題の根本はその辺りにある。今日顕在化している教育の問題をめぐる議論は、多くの人が謂わば枝葉の戦術について語り、肝心の国家戦略について思考されていないのではないか。如何に優秀な人間が高等な戦術を駆使しても、戦略がなければ負けることは、我々日本人は身に染みて分かっているはずなのですが・・・。

     

    ある人が拙著『指揮官の条件』を評してネット上に、「著者が言うことに大いに賛同するが、ただ一点、教育勅語のところだけは頂けない」旨のコメントがありました。押し付けられるものではない、とのご意見のようでした。しかしこの方は、大人の視点で教育勅語を見ているのだと思います。そうじゃないんですよ。私はいつも「教育勅語のどこが悪い」と言って憚りません。これは理念の問題です。事の良し悪しを幼い時に教えないでどうする。それをやらないから、浮き草のようにフラフラした大人ができる。それをやってこなかったから、信念がなく真っ当な国家観も持たない大人(日本人)になる。そして、そんな大人が教員になり教育の現場にいる。そんなこんな先生に教えられる生徒は、いったいどうなるのか。どのように成長するのか・・・。

    残念ながら、これが日本の教育の現状だと思う。「まさしく反面教師」なんて、洒落にも冗談にもならん!

     

    今回は過激な言いぶりに終始しました。日々、真摯に仕事に取り組んでおられる多くの教育関係者、熱意を持って児童生徒に接している先生(教員)には誠に失礼なことです。かく言う私も後味が悪い。しかし、この国の将来を憂えての意見です。ご容赦いただきたい。今、教育に手を付けないと、この国の将来は危うい。

     

     

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