故きを温ねて新しきを知る

2019.11.21 Thursday

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    今更?今頃?ではあるのですが、ボケ防止のために日々暦(カレンダー)で月日を確認し、法律が定める祝祭日については、その都度調べることにしました。例えば11月3日「文化の日」は、そもそもは明治天皇の誕生日(天長節)でしたが、明治天皇がお隠れになって明治節になり、それが現行日本国憲法の公布日となって、今日では「文化の日」と称される祝日になっています。でも「文化の日」ってのは、ちょっと意味が分かりづらいよね。カレンダーによっては、数字が赤いだけで何の日か記載されていないものも沢山出回っておりますが、単に仕事や学校が休みであることを知らせる合図のようで、日本国民にとっては誠に残念なことです。こういう些細なことから、歴史がないがしろにされていくんだよね。

     

    一般庶民は特段深堀して勉強する必要はなく、簡単に調べることができる、但し信頼できるインターネット情報で十分だと思います。勉強しだすと興味あることは、際限なくやりそうで・・・ってのは(私の)下手な言い訳です。適当な所で自分を妥協させることも、限りある人生においては大切かと。

    さて、なぜ今 Red-letter Day(祝祭日)なのかですが、話は突然太平洋を飛び越えますよ。アメリカの軍艦を知れば、アメリカが分かると言われます。例えば、「ジョージ・ワシントン」とか「ロナルド・レーガン」とか。そうです、USS(United States Ship)の艦名には、国家(米国)に貢献した著名な人の名前が使用されておりますので、これを理解できればアメリカの歴史が分かるということ。歴史の浅いアメリカは、このようにして自国の小さな歴史を大切にし誇りにしているのでしょうか。

    これと同じように、日本の祝祭日の意味が分かれば、(極一部ではありますが)我が国の歴史が理解できる、ということに気が付きました。かなり遅れてきた小学生です(笑)。そして記憶にとどめる方策として、にわか仕込みのウンチクを前日の夕食時などに家人に言って聴かせる。家族は「ハイハイ分かりました〜」と聞き流してます(笑)

     

    でも小学生の時に、家庭や学校で上記(祝祭日の由来や経緯)のような説明を聞いた記憶がありません。「乃木(希典)大将のお母さんは、乃木さんが小さい頃に『人参が嫌いだ』と言うと、毎日食事にニンジンを出したんです」なんて説明をされたおなご先生がいたので、大正生まれの両親も先生も「明治節」は間違いなく知っていたはずです。本当は(説明を)聞いたんだけど、私が忘れているだけかもしれません。いずれにしても、小学生の時に何処かでこのようなことを教えてくれると、これを聞いて育つ子供さんはおそらく人生が違ってくるよね。「1600年は関ケ原の戦い」なんて、ただ暗記するだけの歴史ではなくて生きた教育ですから。下校前のHRで担任の先生が、「みなさ〜ん、明日のお休みは文化の日です。明治天皇の誕生日(天長節)➡明治節➡新憲法が公布された日➡そして文化の日です。国民みんなで、国旗を掲げてお祝いしましょう」などと説明する。ただ、今時の子供さんは情報が豊富で中には先走った子もいるので、児童生徒から「先生、なんで文化の日なんですか?」と突っ込まれたら、知識ある先生でも回答に窮するでしょうな。「ええ〜日本は戦争に負けたので・・・GHQが・・・あの〜その〜」なんて言い出したら話がこんがらがるので、「憲法ってことは、文化だろうよ」ってな的外れで好い加減な応えになるのかな? 

    このような習慣、それこそ文化が根底にあれば、卒業式などで国歌が流れても斉唱しないどころか起立もしない、国旗にお辞儀もしない教員なんて生まれようがない・・・と思うのですが、どうだろう。あっとそうだ、それどころじゃなかった。国立大学の入学式や卒業式で国歌を斉唱しない大学があると仄聞するのですが、それホンマでっか? 「くにたちにある大学」じゃないよ、「こくりつ大学」です。小生、経験がないので分からんのですが・・・。後学のため、来春は香川大学の卒業式に参加さて貰いましょう。

     

    話は変わります。先般の令和天皇即位礼正殿の儀において、安倍総理が「天皇陛下、万歳」を三唱されました。いなや、早速ネット上ではこれを揶揄して、「戦前そのもの」などの書き込みがありました。その一方では、総理夫人のスカートの丈がどうしたこうした。式典におけるドレス・コードは勿論大切ですが、私はこの言葉「戦前そのもの」に強い違和感を持ちます。この言いぶりには、戦前のものは全て悪かったという意味が言外に含まれている、或いはアカラサマにそう聞こえます。

    世界に類を見ない・世界に誇る、歴史が残してくれたもの、現在を生きる我々に先人が子々孫々に贈ってくれた素晴らしいプレゼントを、しかも自国の総理大臣をも笑いものにする。現在の我々が「昭和」と言う時には、或る種のノスタルジーがあり必ずしも否定的な意味ばかりではないですが、「戦前」を使う場合には全否定が多い。戦争に引っ掛けて、あらゆるもの・あらゆることが間違っていたというニュアンス(響き)があります。何もかもを混同して自己(自国)否定をする、今日の風潮には民度の低下を感じます。困ったもんです。それでいて、明治の開国については殆どの日本人が肯定的に捉えています。

    教育とはげに恐ろしきもの・・・です。

     

    今日の文化なり、科学なり、人間なり、有形無形全てのものは、長い「歴史」を経て現在の姿があります。昨日今日できたものではありません。歴史とは、その時代時代においてご先祖が精いっぱい生きてきた証でもあります。一人一人の顔や元々の(現在のではありません)体型、個人個人が持っている多彩な能力も、それぞれのご先祖から引き継がれてきたものです。一定期間とはいえ歴史を完全否定すると言うことは、自分自身を否定することに繋がるのではないでしょうか。戦前・戦中だろうが戦後だろうが、悪いことは悪い、良いことはいいんです。イチゼロなんてことはあり得ません。そこのところを峻別・仕分けして物事を考え判断しないと、生き方がおかしくなります。そして、妙な世の中になりますよ(既になってるけど)。

     

     

    追伸 日本の家庭で、簡易な卓上型なども含め、一本でも国旗を持っている家庭は何割くらいあるのでしょうか? 今般の天皇陛下御即位の関連行事のお陰で、結構増えたような気もしますが。法人はどうでしょうかね? 因みに、我が家(自宅)が属する自治会(班)には十数戸ありますが、祝祭日に国旗を見ることができるのは拙宅だけです。これを目にする少年少女の心に、多少なりとも響くものがあればと思いつつ・・・。「君が代」は本当に厳かですし、「日の丸」はとても美しい。絶対多数の諸外国の人々(国民)は、私と同じように、それぞれの国の国旗や国歌に誇りを持っています。

     

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