『ソロモンに散った聯合艦隊参謀』番外編

2019.12.14 Saturday

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    前回(12月5日付)のブログ『ソロモンに散った聯合艦隊参謀 IV』で、最近発見された正帽にある刺繍のネームについて描きました。私が疑問視した、あの「登飛者”奈」です。この件につきまして、読者の方から貴重なご教示を賜りましたので、取り急ぎ拙稿の訂正旁々ご披露させて頂きます。

     

    事柄の正確を期するため、ご指摘の一部をそのまま引用させて頂きます。

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    実はこれ、漢字ではありません。変体仮名と呼ばれる平仮名の一種です。樋端大佐が生まれる少し前の小学校令で学校教育での使用が禁じられ、その後は今と同じような一音一字に統一されましたが、それ以前は平安の昔からごく普通に使われていました。かの軍人勅諭も原文は変体仮名交じり文で書かれています。「と」には「止」、「ひ」には「比」も当てられましたが、それぞれ「登」「飛」が当てられることも多く、用例はさまざまです。「は」を「者」に濁点で表記するのは、今も老舗の蕎麦屋の看板(生そば)でよく見かけます。・・・

    従って、この4文字自体に特段の意味合いはないと私は思いました。・・・

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    この方にご紹介頂いた変体仮名に関するサイトを開いてみますと、次のような主旨の説明がありました。

    「ひらがなの字体のうち、現在は使われていない昔のひらがなを変体仮名という。明治33年(1900)の小学校令施行規則をもって、ひらがなは一音一字に統一されたため変体仮名は消滅した」。

    知らんかった〜。情けないことではありますが、知らんものは知らんので致し方ないですね。知らない・無知であるということは、これ即ち恐れを知らないということでもあり、危ない危ない。しかし説明を聞いて、ストンと腑に落ちるものがありました。そう言えば知己の学芸員は、確かに「ひらがなで刺繍がある・・・」と説明してくれました。今更言い訳がましいのですが実は、彼の言うこの「ひらがな」に引っかかるものがありました。無学な私は「ひらがなじゃないでしょう。崩した漢字だろうよ」と思ったのです。がそこを突っ込んで尋ねることはしなかった。もし私が質問しておれば、専門家である彼は変体仮名を含め丁寧に説明してくれたに違いありません。詰めが甘い、私の悪い癖がでました。なお、先のサイトによると変体仮名には、例えば「と」の一音には「止、土、登、東、度、等、斗など」複数の漢字を原型とする表記(ひらがな)があったようです。

     

    因みに、上記1900年は我が母校(旧制大川中学校=現三本松高等学校)が創設された年に当たります。分かり易い学校なのです。樋端さんは明治36年(1903)の生まれですので、学校教育が既に一音一字になっていたとはいえ、変体仮名を使用する文化や習慣はまだまだ残っていたと思われます。俊秀の樋端さんのことですから、小・中学生の時から当たり前のように、この「変体仮名」を使いこなしていたと推察します。今更「覆水盆に返らず」、不明を恥じつつも、ひとつ賢くなったことを嬉しく思っております。人間死ぬまで勉強ですから。ご指摘・ご教示下さった先生には感謝感謝です。

     

    現在、拙著『ソロモンに散った聯合艦隊参謀』は第二版ですが、再度の重版が叶いましたらこの辺りも追記したいと思っております。皆様、ご協力のほど宜しくお願いします。転んでもただでは起きんぞ(笑)

     

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