印度洋の波高し

2020.01.30 Thursday

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    護衛艦「たかなみ」は3.11(東日本大震災)の救援活動において、石巻海岸近くにあった幼稚園園舎の屋根の上で孤立していた園児と職員を救出した艦(ふね)です。同救援活動の象徴的な艦であり、2泊3日の護衛艦生活を経験された幼稚園の先生や子供たちのみならず、私にとりましても思い入れの深い艦です。その「たかなみ」が近々の内に中東に派遣されるとのこと、任務を完遂して無事の帰還を祈るばかりです。

    艦にはそれぞれの艦風というものがあります。生まれて(就役)から退役するまでの間には、年年歳歳、艦長を始め多くの乗員が入れ代わり乗り組みますが、不思議なことにこの艦風は引き継がれることが多く、これが徐々にその艦の伝統を形成していきます。此度中東に赴く隊員で3.11の時に乗っていた人はおそらく一人もいないと思いますが、あの時の「たかなみ」と同じように今後直面するであろう多くの困難に果敢に立ち向かい、国民の期待に応えてくれるものと確信しております。

     

    さて表題はややおどろおどろしいのですが、私も中東・印度洋には忘れ難い思い出があります。

    テロ対策特別措置法(テロ特)に基づいて、私が指揮する部隊(第一護衛隊群の一部)が印度洋に向けて母港である横須賀を出立(出国)したのは、平成14年(2002)の11月25日でした。出港当日は雨で、最後の舫を放って艦が動き出した時、岸壁で手を振る人々に発した汽笛「超々一声」は心なしか物悲しく、作詞家山口洋子さんの言葉を借りれば ”空でちぎれる あの汽笛さえ 泣いて別れる・・・” (北の旅人)でした。なぜそれほどに私が感傷的になったかと言えば、いつに当時の中東と印度洋の情勢です。因みに、私が計画し或いは関わる行事の日は決まったように雨が降り、周りの人たちからは「雨男」と有り難くないニックネームを頂いておりました。

     

    我々に付与された任務は、米海軍を始めとするテロ対策に従事する有志連合の艦艇に対する補給支援、正面で実動任務に就いている彼らに油(燃料)を(タダで)提供すること。それが長期的に見て、或いは国家戦略上良かったのか悪かったのかは別にして、金満国家であればこそ取り得る政策でしょう。

    戦闘員(軍人)は、相手(敵や対象国)の心理を読むのが習い性になっています。テロリストにとって有志連合は敵です。明らかに。すれば敵の仲間、即ち有志連合の後方支援に当たっている我々は、彼らにとって敵と判断されるのが正常な見方です。逆に、敵の敵は味方という図式も成り立ちます。もう一点は、米英軍等によるイラク攻撃がカウント・ダウンの情勢下にあったこと。実際に攻撃が始まったら、自分たちはどのように振る舞い行動すればよいのか? 派遣部隊の指揮官である私には、残念ながらそこのところの確信がなかった。出国前に上級指揮官である司令官からは、「できる限りの情報は提供するが、危急の時には統率の妙を発揮してくれ」と言われました。重いですよ・・・この言葉。

    一方で国内においては、米海軍とのインター・オペラビリティ(相互運用性)が極めて高いイージス艦を印度洋に派遣していいのか、という議論が真面目な顔をしてなされており、私が乗る予定であった隷下のイージス艦「きりしま」は出国までに議論が収束しなかったため横須賀で待機となった。”情勢が不穏だから、より能力の高い艦に乗って行け” なら分かりますが、”戦闘に巻き込まれる恐れがあるので、そして戦闘に巻き込まれないためには低性能の艦で宜しい” は、現場の人間には理解不能です。勿論、ことはそんな単純な話ではなくて、議論の根っこには「集団的安全保障」と憲法の問題があるのですが・・・。

    ただ、これだけは言えます。相手が此方の論理で行動することは絶対にありません。ややこしい日本の国内事情を利用することはあっても、我々に忖度して行動するなどあり得ません。このギャップ、このしわ寄せと歪はどこに行くのか? 誰が帳尻を合わせるのか?

     

    今回の中東派遣と20年前の印度洋派遣が、私には重なって映ります。

    国防の最前線で生きてきた私にはこのような言い方しかできないのですが、極々常識的に考えて、国益を護るために実力部隊(自衛隊)を使わなくて何に使うのか? とりわけ東日本大震災以降、日常茶飯事のように自衛隊に災害派遣要請がなされております。勿論、災害派遣も我々の主要任務のひとつであり、狭義では「国益を護る」の範疇に入ると思う。しかし今回の中東派遣で護る対象は、日本にとって我々国民にとって死活的に重要な物資=原油の安全かつ確実な搬送です。まさに、国民の日常生活と国益に直結する。この役割を果たすことができるのは、国内にある組織では海上自衛隊しかありません。アメリカの海洋戦略家マハンは、百年以上も前に言っております。「海軍は海洋を利用する通商保護のために存在する」

    昨年6月、日本のタンカーがホルムズ海峡で被弾しました。世界有数の経済大国、その経済を支える原油の殆どがホルムズ海峡を経由して日本に運ばれている。それよりも何よりも、独立国家として如何なる結論を、何時(いつ)導くのか、憂慮しつつ動向を注視しておりました。この「いつ」、即ち結論が得られる時機、そして行動を開始する時機は、判決(結論)と同じようにとても重要な要素です。今次派遣の根拠と名目(旗)は、「情報収集(調査・研究)」とのこと。情報収集とは、誠に使い勝手のいい言葉であり任務です。しかし、此方がいくら情報収集の旗を立てて行動していても、当然のことながら相手(テロ集団)には相手の論理があります。従って現場に赴く部隊は、さまざまな不測の事態を想定しなければならない。相手の論理、即ち相手の行動に的確に応じ得る準備と能力が求められます。準備には、法的な準備、装備を含む物的な準備、対応能力の準備、そして任務に従事する隊員の心の準備などなど。送り出す側、即ち家族、上級司令部、政府に求められる準備も多々あります。

     

    車は普通に、今まで通りの出費で乗りたい。だけど戦争に巻き込まれるのは嫌だ。寒いので灯油は使います。だけど日本(向け)のタンカーはよその国で護ってちょ。諸々もろもろ。勿論、国益は追求しなければいけませんが、そんな我が儘な話は世間(世界)じゃ通用しない。人間でも組織でも国でも、自分勝手なことばかり言ったりやってたりしたら、いずれ信用を無くして孤立しますよ。そんな国、近くにありますよ。

     

    あれから20年の歳月を経て、何か進展したのかな? 老兵(Old Sailor)は、この国が一日も早く普通の国になることを願わずにはおられません。日本の船舶がホルムズ海峡で銃撃(?)されたとき、ある外国人がSNSで「船体に大きく『憲法9条』と表示してなかったのか?」と笑ってましたな。

    印度洋に展開した際、現地の日本人会会長が言った言葉が今も耳に残っています。「海上自衛隊が何をしてくれなくてもいいんです。我々は旭日旗を掲げた艦がそこに居てくれるだけで安心できるのです」。勿論、この言葉を額面通りに受け取ってはいけない。

     

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