危機管理に関する一視点

2020.02.27 Thursday

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    こう言っちゃお終いですが、危機管理は結果がすべて! どんな理由があろうとも結果が悪ければ、或いは所望の成果が得られなければ、危機を管理(manage and/or control)したことにはなりません。

     

    海上自衛隊に入って駆け出しの頃、帝國海軍の先輩(当時呉の総監をしておられました)からこんな話を聴いたことがあります。

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    第十雄洋丸事件について高松宮殿下に状況を縷々ご説明申し上げたところ、殿下から一言「総監よ、海軍は言い訳しないことを美徳としてきた」。

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    注1 第十雄洋丸事件:昭和49年(1974)11月、東京湾において同船(LPGタンカー)が外国籍の貨物船と衝突して可燃物に引火・爆発し漂流した海難事故。海上自衛隊に同船を処分(沈没させる)の命令が下り(災害派遣要請)、自衛艦隊(艦艇、潜水艦、航空機)がこの任に当たったが任務達成に時間を要した。当時小生は数か月後に卒業を控えた防衛大学校の四年生で、横須賀の丘の上(小原台)から複雑な思いで様子を見ておりました。

    注2 高松宮宜仁親王は海軍兵学校のご卒業(52期)、海軍大佐で終戦を迎えられました。ご存命の頃には、遠洋練習航海に出発する日本国練習艦隊を毎年宮邸(高輪)のガーデン・パーティに招待して下さいました。小生も昭和51年、艦隊の一員(実習幹部)として栄に浴しました。好天の日に広い芝生の庭で殿下の訓示を拝聴したこと、パーティでは喜久子妃殿下が我々若年士官に「召し上がれ」とおっしゃられたことを、昨日のことのように思い出します。

     

    我が国は先の大戦で、米国を中心とする連合軍に敗れました。細かい敗因は多々あり、いろいろな見方や側面がありますが、総じて言えば:々餡叛鑪の欠落 ∨海靴ぞ霾麈塾蓮兵集、分析、及び戦略・戦術への投映):であったと思います。,鉢△鷲垈鎚であり何れを欠いてもいけないが、順番としては先ず△あって,くる。即ち、情報に基づかない戦略や作戦はあり得ない。従って情報(戦)の世界では、平時と有事の区別はありません。流動する内外の情勢下において、平時には平時の有事には有事の戦いがあります。

    正しい情報を持たずに行動して成果を得ることが偶にありますが、それは単に幸運であったと認識すべきであり、成果のみを持ってヨシとしてはいけない。勝ちは勝ちであり価値なのですが、なぜ勝つことができた(成果を得た)のかを詳細に分析する必要があります。さすれば多くの場合、薄氷を踏むような勝ち方をしていることに気がつく(はずです)。そして、次への教訓を導き出すことができる。スポーツなどでも常勝〇〇と言われる組織や個人は、そういう作業を繰り返しやっている。正確な情報がないままに兵を動かすのは「無謀」です。

     

    東日本大震災における経験から:

    日米共同「トモダチ作戦」において、米海軍艦艇は福島第一原発から100マイル(約185キロメートル)離隔して行動しました。これを、彼らが単に大事を取っただけと見てはいけない。然るべき情報と、厳格な regulation(規則など)に基づいて行動したということです。一方で、「真水作戦(原子炉冷却水の運搬・搬入)」を遂行した我が部隊は、原発建屋の50メートル以内に入りました。先の記述から言えば、確たる情報を持つことなく部隊を動かした私は無謀の誹りを免れない。言い訳をするつもりはありませんが、付与された任務を遂行するためには、時間的にも物理的にもそうするしかなかった。但し、原発港に突入する部隊の指揮官には「(放射線量の)累積線量が許容値を超えた場合には引き返せ」と指示しておりました。実際には線量が許容値を超えることはなく、任務を遂行できたことは誠に幸運でありました。

     

    我が国を含め世界各国は、より正確で詳細かつ先を見通すことができる、即ち国益に資する情報の収集・分析にしのぎを削っています。かかる観点から、今回の新型コロナ・ウイルス問題を観る時、腑に落ちないことが一点あります。現在の私は正確な情報を知り得る立場にはありませんので、ピント外れの疑問かもしれません。

    アメリカはこのウイルスに対して、早い段階で極めて厳格な水際作戦を取りました。震源地である中国自身も早々に、一部の市や省全体の封鎖・隔離と言う強行策を打ち出しました。世界第一級の情報大国と当事国、この二国の(他にも何か国かありますが)早いしかも厳しい対応は、その権限を有する為政者の性格や国の制度だけに依るものではない。彼らは問題が顕在化する前から、然るべき理由、即ち為政者に決心させるだけの情報を持っていたと推察できます。加えて、本件は国民の安全、国家の安全保障に関わる問題であり、当然のことながら米軍は当該情報を共有している(と確信します)。

    翻って、日本の指揮系統(Chain of Command)と意思決定は如何になされているのか? 

     

    以下は、有事を念頭に置いた私見です。

    1.危機対応の衝に当たる者は常に、ゴールはどこか、何のために誰のためにこの任務を遂行するのかをカッチリ押さえておくこと。ここがブレると、行くべき方向を見失う恐れがある。誰にだって功名心はあります、人間だもの。そこ(功名+そのご褒美)を目的にして決心行動し、結果として所望の成果を得るケースはままあります。しかしそれは諸刃の剣であり、重要な局面においては判断を誤る恐れがある。また、いよいよの時に踏ん張れないこともある。 

    2.自らを顧みず、敢えてもう一点:人間とは面白いもので、平時(平常)においていい仕事をする人が、有事(危機)においても十分に力量を発揮して機能するかと言えば、必ずしもそうではない。逆の場合もある。失礼を承知の上で、また異論や批判があることを覚悟の上で拙著『ソロモンに散った聯合艦隊参謀』では、「山本(五十六)さんの指揮官としての唯一の欠点は、人事に非情でなかったこと」と描いた。人は育てなければいけないが、それは平時のこと。

    3.しつこいですが更にもう一点:有事における広報(戦時広報)=情報公開は作戦の一環です。かつて我が国は、大本営発表という大失敗を経験しております。作戦遂行上、どうしても公開できない(例えば敵を利するような)情報はあります。しかし、今日の作戦(軍事作戦に限りません)においては、都合がいいように世論を誘導すると言う意味ではなく、一般大衆や諸外国の理解を得る、そして国民の適正な判断に資する情報の開示は、衝に当たる者の納税者に対する責任であり義務だと思う。一瞬にして、世界中に情報が拡散する今日においては尚更のこと。

     

    兵力の小出しは作戦を誤る。降って湧いた今回の国難を、単なる「危機管理」と見るか「国家安全保障」と位置付けるか?

     

    事態が落ち着く頃には、多くの真相が徐々に明らかになってくるでしょう。今は、最も信頼できる情報を持っている(はずの)司令塔と関係機関、そして日本(人)の叡智に期待するしかない。花粉症 / 普通の風邪 / インフルエンザ / そして新型コロナを識別するのさえ難しい我々一般国民は、ありきたりの自己防衛しかできません。これ以上事態が拡大・悪化しないことを祈るばかりです。


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