暇な大工さん(DIY)

2020.03.26 Thursday

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    現役の時に英語課程で使ったベストセラー教材「アメリカ口語教本」、この本の中級編 Lesson 1 が "Do it Yourself" でした。テキストの最初の項だったので、とても印象に残っています。でも覚えているフレーズは "hit my finger" と "all my thumbs" だけ(笑)。人事当局が折角のチャンスを与えてくれたのですが、発令されたのが「上級(advanced)英語課程」であり、中学生レベルの私には荷が重かった。給料を貰いながらの勉強=仕事なので、自分なりに努力はしたけど情けない語学生ではありました。

     

    テレビなどで職人としては素人の方(芸人さんなど)が、玄人裸足の DIY をしているのを時々目にします。何事にも斜に構える私は、番組の脚本がどの程度関わっているのかな?などと思ってしまいます。でも私と同じ名前の方などは、日曜大工の域を遥かに超えてますね。私は元来不器用な人間ですが、退役してからはしばしば DIY を試みております。何せ毎日が日曜ですから、日曜大工ならぬ毎日(素人)大工です。何かを発想して絵にし、そして形あるものに仕上げていくのは実に楽しいもの。こんなものがあったらいいな、あんな風にすればもっと快適な生活ができるなと思って、それを絵(図面)にする。だけど、もう少しましな図面が画ければいいのにといつも思う。学生時代にもっと勉強すればよかった、と反省しきりですが少年老い易く・・・。

    何を隠そう小生は、防衛大学校で航空工学を学んだ(ことになっております)。超低空飛行で卒業したので、自己紹介はいつも「コックリ(航空)工学専攻、スイミング(睡眠)クラブ所属」と自嘲気味。ということで、航空機(戦闘機)の作図の時間もあったのですが、後々まで活用できるような技術は全く持ち合わせておりません。

     

    話が逸れました。

    副都心にある拙宅は狭いので本棚や猫の散歩道くらいしか作れないのですが、讃岐の山荘(実家)は比較的広いので、結構大掛かりな造作が可能です。作業開始に先立ち、必須の小道具として電動の鋸(のこ)と鉋(かんな)を調達しました。ホームセンターでは良い製品が安価で手に入ります。その他諸々の工具類は、亡父が沢山残してくれております。DIY に使う材料(木材)は、50年ほど前に新築した時の廃材や残りものが、ガラクタの倉庫になっているあばら家に転がっている。木材は雨に曝さなければ、寿命がとても長いことを知りました。自慢する訳じゃないのですが、実家は総檜造りなので廃材も勿論檜です。全て所有する山から切り出したものです。この檜は経年によって、コンクリート並みの硬さになっている。と言うことで:

     

    1.昔の家には沢山の収納(押し入れ)があっていいのですが、我が家の場合はタンスがすっぽり入るような広い押し入れが多い。ウォークイン・クローゼットにでもすれば最高ですが、こまごまとした物を納めるのには使い勝手が悪い。布団の収納と保管を前提にしているので、奥行きもあり過ぎる。従って、ここに衣装ケースなどを分割して置けるような棚を作ろうとしました。電動のドライバーでネジを撃ち込もうとしますが、檜の柱にはなかなか入っていかない。挙句には釘頭部の「+」が崩れてしまい、あたかもブロックか煉瓦に打ち込んでるようで、ニッチもサッチもいかないことが度々ありました。有効な道具も限られているので悪戦苦闘の連続でした。

     

    2.実家の一階部には何室かありますが、台所と応接間以外は和室です。しかし海外生活が長い(ウソウソ)小生は、もう畳の生活ができない体になってしまいました。畳に座るとコロンとひっくり返るような気がして。座敷で正座するのは仏事を営むときだけです。長時間正座できる方を時々見かけますが、私には宇宙人のように見えます。ご先祖様ゴメンナサイ。と言うよりも、本当は狭い家の中で上履き(スリッパ)を脱いだり履いたりするのが、加えて寝床の上げ下げがたまらなく煩わしくて嫌なんだよね。要するに、単なる面倒くさがり屋です。従って、我が家(自宅 & 実家)のトイレにはスリッパを備えてありません。

    ってなことで、大胆にも和室を洋室に改造することにしました。流石にこれは難儀やな、と思って業者さんに見積もりをして貰ったところ、ビックリするほどたか〜い。わざわざ呼びつけておきながら「ご縁がありましたら・・・」でお帰り頂いたのですが、でも絶対に洋室だ。で、人間やってやれんことはないやろ、と DIY を決意しました。便利な世の中になりましたな、ネットで調べると詳細なやり方が出てきます。床板の下に置く根太(ねだ:と言うらしい)の材には廃材を使うので、必要経費は「床板(合板)+カーペット+釘」の格安リフォームです。廃材が潤沢にあるので、根太はこれでもかと言うほど詰めて敷きました。これで相当重いものを置いても、床がフニャフニャすることはないでしょう。安普請のフローリングは、これをケチってるから床がボコボコになるんですよね、多分。

    根太の上に合板(床板)を打ち付け、その上にカーペットを敷いて出来上がり。勿論、職人の日当は踏み倒しです。お礼に缶ビール(350ml)を一本進呈しました。この職人さん、顔に似合わずお酒に弱いとのこと。

    既に四畳半と六畳間の各一室が完成しました。全ての作業を通じて、何よりも大変だったのは畳の搬出です。畳は重いよ〜。裏面に麻ひもで作った持ち手があるのですが、指がちぎれそうだった。子供の頃に見た畳屋さんは、これを両手にヒョイと持って走るように運んでた。すっごいな。

    一階にもう一部屋(6畳間)リフォームできる部屋があるので、近いうちにこれもやります。ただ立派な仏壇が鎮座する、8畳間の座敷はそのままに。お客さんが多数来られた時には雑魚寝ができるし、何しろ床の間もある日本の文化は捨て難い。二階には三部屋(和室X2、洋室X1)ありますが、差し当たって使う予定もないので現状維持です。家具や畳の搬出、材料の搬入などが大変だし、階段を踏み外してポックリ逝っても笑いものですから。

     

    3.亡父は若い頃、怪我などで入院しても隠れて吸うほどのヘビースモーカーでした。愛煙家の父で良かったのはただ一つ、隠れて煙草を吸っても両親に気づかれなかったこと。因みに、私が実家で過ごしたのは高校卒業まで。本当は知ってたかも(笑)

    ですから、多くの壁や引き戸などが煙草のヤニで黒ずんでいます。古い木造建築なので壁紙は一切なく、左官さんが塗っただけの壁です。今時、壁のヤニを取る洗剤などもあると思うのですが、俺流の壁にしたいという「こだわり」もあり、煉瓦や木目調の壁紙(リメイク・シート)を張り付けることにしました。裏に薄いビニールが張ってあって、これを剥がしながら貼っていく結構面倒くさい製品です。これは表面がザラザラした凹凸のある壁にはくっつかないので、裏のビニールは剥がさずそのままにし、必要な寸法に裁断して柱や梁の部分で留めることにしました。大型のホッチキス(私はパッツンと呼んでます)で要所を仮止めし、その上を薄板で押さえ釘で固定した。ってわけ。

    障子にも同じシートを貼り、窓側にはカーテンを設置して出来上がり。カーテンレールには廃材(塩ビ管)を使い、購入したのは格安店で求めたカーテンとリメイク・シートだけ。

    大昔に求めた鉄製の本棚(写真右)が錆付いて転がっていたのを拾い出し、これを木枠で覆いました。棚板も少し奥行きを取って深めに。天板の上に置いたミニコンポのスピーカーからは、Vivaldi の「四季(Four Seasons)」が流れている。一杯のコーヒーを口に運んで、ああ〜至福のとき。北欧の風景とはちょっと違うけど、まいいやな。

     

    4.先に述べた通り、もう畳の生活はできない体になってしまった。こんな私に誰がした(笑)

    そうなると、和室で使う電気炬燵には用がない。しかも二つもある。ある時、格安の家具屋さんで何か面白い物はないかと物色しておりますと、洋間で使う炬燵が目に留まりました。そう、家具屋には買いに行くのではなく、売っているものや造り方を観にいくのです。あれ、これくらい俺でも作れるんじゃない? 要はテーブルの下に、熱源を取り付ければいいんでしょう。急いで家に帰り古い炬燵をひっくり返してみると、都合良いことにあの赤外線の部分は取り外しできるようになっています。ラッキー!ってことで、これを食卓の天板の裏側に取り付けました。それだけでは熱が逃げるので、テーブルの下方(四周)に床まで届くよう古いシーツを巻きつけた。「うっとうしい」と言われたときに、何時でも取り外しできるよう仮止めにしてますが、まるでホテルのパーティ会場にあるテーブルのようでとてもオシャレ(と本人は思っている)。

    ぬっく〜。基礎体温が低く冷え性で冬は手足が冷たいのですが、お陰で今冬は寒さ知らず。春が来ればスイッチを「切」にしてコードを抜けばいいだけ。施工費はゼロ・イエン、やったね。

     

    他にも細々したものはありますが、ほんまに暇人やな(笑)。まボケ防止の一環ですな。

    あとは外周りで、経年劣化で踏み抜きそうな縁側をウッドデッキに、その横にはピザ窯を設置するつもり。ピザとかパンは自分で焼いたのを食べたいよね。耐火煉瓦って結構するんだけど、年金生活者の細やかな贅沢だし防災にも貢献しそう。防災と言えば、別荘で使用する水の半分は井戸からの汲み上げです。私が子供の頃は釣瓶(つるべ)だったのですが、流石に現在はポンプで。亡父は経済上の理由(水道代の節約)でそうしたのですが、南海トラフ(大地震)が現実味を帯びてきた今となっては有り難い 。因みに、讃岐は昔から雨が少ないので、一部の農家さんは干ばつに備えて井戸を掘ってます。我が家には5個も点在してますよ。従って、上水道が止まっても問題なし。窯で使う燃料(薪)は裏山に行けば売るほどあります。野菜などを栽培する土地(田畑)は、家の周りになんぼでもあるし・・・。海の男大地に還る、どころか海人は仙人になる(笑)

    余談ですが、実家方面では井戸のことを「泉さん」と呼んでいました。遠い昔には、八百万の神の一つだったのではないかと推察します。飲料水として使う泉さん(井戸水)はまさに命綱であり、また住民(農民)の生活の糧である稲作にも寄与することから、「さんづけ」で大切にしていたものと思われます。この地域に町営の上下水道が整備されたのは、高校を卒業して暫く後のことですから、私はこの「泉さん」の水で大きくなったことになります。こういう言葉や文化は大切にしたいものです。

     

    さてさて、70(歳)に到達するまで残すところ2年と一ヶ月。何とか古稀までには工事を完了したいのですが・・・どうなるこっちゃら。私がいなくなれば、子供らは「こんなもん造りやがって」と言うでしょうな。知ったこっちゃないわい(笑)

     

    下らない話にお付き合い下さり、誠に有り難うございました。今なお不穏な日々が続いておりますが、皆様ご自愛専一にてお過ごし下さい。

     

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