コロナ禍再考(最終)

2020.05.21 Thursday

0

    新型コロナ・ウイルス災禍に関わる投稿はこれが最後です(多分)。

     

    以前のブログでも言いましたが、危機管理は結果が全てです。本事案の初期段階における日本(政府)の対応、即ち春節時の在り様やDP(ダイヤモンド・プリンセス号)に対する動きは心もとなかった( old sailor にはそのように見えました)ですが、その後の対応は功を奏していると評価していいのではないでしょうか。勿論、現時点での話です。今後どのように情勢が推移するのか、巨大地震のように何回かの大きな余震があるのかないのか、絶対多数の国民は分かりません。しかし欧米諸国に比べて犠牲者(死亡者)が格段に少ないのは明確な事実です。長嶋さん(元野球選手)流に言えば「ミラクル」でしょう。識者がその理由(推論)を縷々挙げていますが、敵(ウイルス)の全体像が明らかになっていない現時点においては、複合的な要因によるものなのか何なのか未だ判然としない。一つだけはっきりしているのは、政府・自治体の関係者や最前線の方々(医療関係者)が踏ん張り、そして多くの誠実な国民(企業や団体を含む)がこれに応じた結果であることだけは間違いない。

     

    時にメディアを通じて「結果オーライでいいのか?」みたいなことを無責任に流布する人がいますが、強い憤りを感じます。その言葉には、衝にある人たちへの労いや感謝の気持ちが微塵も感じられない。お言葉ですが、結果オーライでいいんですよ。日本がやってきた対応には、いろいろ問題があるでしょう。反省点も多々あるはず。しかし、これほど価値観が多様化した今日の日本社会において、万人が納得する、一億三千万人が納得できるやり方なんて限りなくゼロです。それ(多様な見解)が悪いとは言いません。一つの物体や現象を違う角度から見ると、全く異なるものに見えるか、或いは似て非なるものに見えるのは至極当然です。要はどの角度から見るか、如何なる切り口で見ているかです。

    中には不利益を被って泣く人も出てくる。面白くない人もいる。しかし大枠として良い結果を得ることができれば、即ち最優先事項である多くの国民の命が救われれば、それは及第点と評価していいのではないか。

     

    日本人の精神性には、判官びいきや、仮に結果が出せなくても一生懸命努力した人を評価する土壌があります。あんなに頑張ったじゃないか、みたいな。それはそれで尊くかつ美しいのですが、注意すべきことがあります。それは、努力はしたけれども結果が伴わなかった人を、結果を出した人よりも高く評価することが希にあること。人の評価においてありがちなことです。しかし、心情と絶対評価を混同してはいけない。仕事の評価は、あくまでも冷徹であるべきです。試験の点数で言うなら、80点取った人は50点の人よりも高く評価されなければならない。努力の度合いには関係ありません。さしたる努力をしないで80点取る人もいるし、精いっぱい頑張って50点の人もいる。それが人間の現実です。勿論、個々の人間性は別の問題です。80点取った人がみな、50点の人よりも人間的に優れているってことではない。往々にして逆の場合があるのも、人間の面白いところです。しかし、今回のような国家の危機においては、どんだけ頑張っても結果が出せなければアウトです。

    一例:尖閣をよその国に取られたとします。その時当局が " 最大限のことをやりましたが回避も死守もできませんでした "  " 想定外でした。ゴメンナサイ " 。そんな言い訳が通じるはずがありません。因みに、この例えは単なる空想や妄想ではありません。今、我々の眼前に突きつけられている現実です。

     

    再度言いますが、今回のコロナ禍対応の良否を計る最も重要な物差しは、人口(国民数)に対する死亡者数の割合(比率)だと思う。人の命です。生きてさえいれば、未来は必ず拓ける。

    現時点で予断は許されませんが、いつの日か世界を巻き込んだこの細菌戦(第三次世界大戦)が終息し、客観的に判断して、もし日本が勝者グループに位置づけられるならば、なぜこの厄介な敵を抑え込むことができたのか、なぜ被害を局限できたのか、更には最優秀(より顕著な結果を出した)国と比べて何が足りなかったのか、を冷静に分析する必要があります。ここは、決して結果オーライにしてはいけない。有事・戦闘においては、「頑張った」とか「運が良かった」などと情緒的な物差しは排除すべきです。勝者には勝者の、敗者には敗者の要因があります。ここで教訓を導かない者は、同じ過ちを繰り返すことになります。

     

    何はともあれ、一日も早く穏やかな日常が戻ることを願うものです。

     

    【眦菁郢襪離フィシャル・サイト】

    http;//www.umihiro.jp

     

    博海堂

     

    余談:日本人の精神性と言えば、コロナ禍の最中にちょっとざわついた検察庁法改正案:本件を垣間見て小生が先ず想起したのは、かつての統帥権干犯問題でした。

     

     

     

     

     

     

     

    関連する記事
    コメント
    コメントする