自然に抱かれて

2020.07.16 Thursday

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    自分で言うのも何なのですが、なかなか詩的なタイトルです。

     

    私が本格的に帰郷するようになってから、早いもので7年になります。父親の他界を機に、母の見舞いと資産(家、田畑、山)管理のため、と言えば聞こえがいいのですが、要は草刈りのために頻繁に帰省しております。何十年も前からそうなることは十分に予期され、それなりに心の準備もできていたつもりですが、人間ってのはその時になってみないと見えてこないことが多々あります。なかなか踏ん切りがつかないってこともある。決心に至るには、その時々の流れみたいなものもあります。時の流れで最も大きい要素は、年齢(特に老い)と取り巻く人間関係だと思う。

     

    実家の遊休地(休耕田)で「青(未熟)パパイヤ」なるものを生産していることもあり、近年は平均すると年間の半分は郷里で仙人みたいな生活をしております。都会には都会でしか見えないものが多くありますが、一方で田舎でしか経験できないことも多々あります。双方の良いとこ取り(私はエエトコどりと言います)の、誠に贅沢な日々を送っています。郷里の人はみな幼い頃からの知り合いであり、これ即ち若い人は殆ど住んでいないってことですが、皆さんが温かく受け入れてくれることも、私が田舎で違和感なく過ごすことができる大きな理由のひとつです。住民票は置いてないのですが、日程さえ合えば自治会の例会や各種の行事にも顔を出します。勿論、住民と同じように自治会費などは納めております。両親が周辺の皆さんと、うまく付き合ってきた貯金もあると思う。

     

    今年はとてもラッキーでした。蛍が乱舞する様子を何回も観ることができました。よ〜く観察してると、川下から川上に上がってくるんだよね。それこそ「こっちの水はあ〜まいぞ」ってな感じで。上流の水が良いのか何なのか、理由ははっきりしません。私が学校にあがる頃(昭和30年代)から、稲作に大量の農薬を散布し始めました。すると瞬く間に蛍が減少し、一時は完全に姿を消して絶滅危惧種になりました。亡父は川のタニシの増減に比例していると言っておりました。近年の農薬の使用減少につれて少しずつ数が増えてきましたが、今年ほど多くの蛍を観たのは小さい頃(4〜5歳)以来のことです。昔は網でとって虫かごに入れて楽しんでましたが、現在は捕獲は禁止(又は自粛)されているようです。子供心に、お尻が点滅するのがとても不思議だった。後年「蛍光灯」なるものが出現して、上手いことネーミングするもんだと感心したのを思い出します。

    実家から徒歩2〜3分のところにある橋の上では好感度のカメラを構える人もあり、今ではホタル観賞のチョットした隠れスポットになっています。そんな様子ですから、川辺まで行かなくても家の周りにもホタルが飛んでいます。

    因みに、私は農園に除草剤など農薬類は一切使いません。そんなに敵視せんで楽したら、と言ってくれる人もいます。でも、他人様が口に入れてくれる野菜を栽培している、という誇りとこだわりがあるのです。家の庭にも使いません。ですから、私の土地はいつも草ぼうぼうなのです。

     

    東京や横浜の夜景はこれまた素晴らしく、高層階から眺めるとそれだけで心が満たされ、今日の繁栄を享受しているとの思いを強くします。人間の手つかずの明かり(蛍)と人工の街の灯(夜景)、どちらが優れていると言うものではありませんし、また競うものでもありません。人口がどんどん減少して過疎地の組長さんはみな頭を抱えてますが、一方でこれが蛍の復活につながると言う皮肉な現象になっています。ついでに、お猿さんチームも猪チームも元気いっぱいで、こちらは住民を悩ませています。人間の知恵と発展は一体何なのだろう、と思います。神の意志に反することなく、自然との共生が求められます。
    全く違う話ですが、東京の夜景を観るといつも脳裏をよぎるものがあります。縁起でもないのですが、第二の関東大震災によって東京の街が崩れていく絵です。東日本大震災に関わったからでしょうか、どうしてもそんな様子が浮かぶのです。高層階から夜の東京(街)を観ると必ずそうなのです。私の心に潜む不安が、決して現実のものになって欲しくない。加えて、今日のコロナ禍が示唆するように、災禍は天災だけではありません。いつまで今日の平和と繁栄が続くのだろうか・・・と思う。

     

    気を取り直して、再び自然です。

    そうそう、先般、台所で一人夕食を摂っておりますとガラス窓にドンと音がしました。ギョッとしてそちらの方を見ると、何やら生き物がガラスの向こうにへばりついてた。すりガラスなので明瞭ではなかったのですが、前足(両手)と頭(顔)がガラスの向こうにありました。映画を観ているのか、と錯覚するくらいでした。瞬時のことだったのですが、「おっさん、なん食べよんな(標準語訳:ご老体、何を食べておいでですか)?」と訊かれたような・・・。あの顔は犬でもないし猫でもないし猿でもない。イタチでもない。ハクビシンでもないでしょう。二つの耳があり、顔の形からいって狸だと思う。狐が仙人を化かしに来たのかとも思いましたが、この辺りでキツネが出没するという話は聞いたことがありません。

    二年ほど前のこと、弱った狸が私に助けを求めてきました。家の裏の田んぼの隅で震えていた。急ぎの用があったので、「ちょっと待っとってな」と1時間ほど家を空けたのですが、帰宅するとこの子が息絶えていました。こんな俺を頼ってきたのに、助けてやることがでけんかった。可愛そうなことをしました。不憫な行き倒れの子に「ぽん太」と名前をつけて、裏山にある無縁仏の隣に懇ろ(ねんごろ)に埋葬しました。手向ける花もないので、パパイヤの葉っぱと実を供えた。河の向こうでは、しっかり酵素を摂って強く生きるんだぞ!

    お盆が近いので、相方か子供か友だちか、誰かが挨拶に来たのかな。でもびっくりした〜ホンマに。翌朝、念のため家の裏を確認しましたが、動物の骸(むくろ)はなくチョット安心しました。

     

     

    最近こんなこともありました。とても危ない話なのですが、或る日、庭で50〜60センチ長の蛇(ハブ)と出くわした。郷里では「ハミ」と呼びます。田舎の出ですから、普通の蛇と蝮(毒蛇)の識別はできます。嗚呼ヤバい!と思ったのですが、何も手にしておらず、咄嗟に周りを見たのですが武器になるものは何もない。敵が攻撃してきたら逃げるしか手段はなく、逃げる態勢を取りました。それがどうしたことか、目と目が合った途端、相手の方が小生を振り返りつつ、シュルシュルシュルと遠ざかって行ったんだよ。あれ〜最近のハミは草食系になったのか? でも彼奴は絶対どっかで生きとるし、家族やハブ友に私のことを話すに違いない。今回はラッキーだったけど、危ない危ない! 以後、草刈りをするときには必ずゴム長を履くようにしました。ベルトには、刀よろしく鎌を差し込む。

     

    このハブ君が後ろを見ながら、きまり悪そうに去っていった、あの構図はとても面白い風景だった。熊が襲ってきても毅然と対応する、相手に付け入るスキを与えない。これが、我が身を護る基本です。生き物の営みだから、国際関係とて同じ。でも、ゴム長と鎌じゃ熊には勝てんぞ。今我々に突き付けられている、喫緊の課題です。

     

    されど・・・毒蛇が逃げだすほど俺の目つきは悪いのか? こんなに優しい目をしとるのに。

     

    【眦菁郢襪離フィシャル・サイト】

     

    http;//www.umihiro.jp

     

    博海堂

     

    追伸:今回のブログから、「(笑)」の使用を止めることにしました。この表現(?)は使いだすと或る種の中毒で、頻繁に使いたくなります。一つの流行りであり「そう堅いこと言わんでもええじゃないか」とも思いますが、(笑)は絵文字と同じで自分の表現力をカバーする、或いは補強する一手法だと思う。謂わば、表現力の貧困を自ら証明しているようなもの。著した文章或いは事柄が面白い、或いは笑えるか否かは読んだ人の勝手であり、描いた側の感性や感情を強要するのはおかしい。ですから、当然のことながらキチンとした文書・文章では使わないよね。国会答弁で大臣が「カッコ 笑い」で〆たら、洒落にもならんわ。

    因みに、何年か前に曽野綾子さんが、「(笑)」を痛烈に批判しておられたと記憶しております。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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