武官とはなにか II

2020.10.08 Thursday

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    先般、海上自衛隊出身者が某国に駐箚大使として赴任するとの報がありました。防衛省出身の官僚が大使になったケースは過去に何回かありますが、制服組(元自衛官)の大使就任は初めてのことです。海上自衛隊OBとして感慨深いものがあります。

    彼は防衛大学校を極めて優秀な成績で卒業し、日本語も英語も理路整然と立て板に水を流すが如しです。海上(艦艇)部隊指揮官の経験豊富で、更には防衛省・自衛隊の情報を束ねる情報本部長を歴任しております。私が評価するのも僭越ですが、上背があり容姿端麗であるばかりか、外交センス抜群で海上自衛隊屈指の国際派です。日本を代表する顔として、世界に出して恥ずかしくない人物です。海上自衛隊が海賊対処のために派遣している哨戒機の拠点ジブチは勿論のこと、仮にそれ以外の国であっても国益に資する仕事をしてくれるでしょう。ちょっとほめ過ぎか? でも、本当のことですからいいでしょう。

    江田島(幹部候補生学校)や練習艦隊では、遠洋練習航海に出るに際して青年士官に「一人一人が外交官であれ」と教育します。やや大袈裟ではありますが、およそ70年を経てこの教育が結実したとも言えます。

     

    彼の場合とは状況が異なりますが、現役の制服自衛官が在外公館に赴任する場合には、ややこしい一般国民にはとても分かりづらい人事上の手続きがあります。私の例で言いますと:

    先ず、防衛庁(当時)から「外務省に出向させる」との辞令を貰いました。これを受けた外務省は「外務事務官(在ノルウェー日本国大使館)に採用する」「一等書記官を命ずる」「防衛駐在官を併せ命ずる」と発令します。書記官が先に来て防衛駐在官は付け足しのような表現が何とも可笑しくて、日本の複雑な国内事情を象徴的に示しています。これで私は、事務官(背広)と防衛駐在官(普通の国では駐在武官:制服)の、二つの帽子(two cap)を被ったことになります。勿論、辞令はどうであれ、実態は制服(諸外国では海軍大佐の階級を持つ軍人)です。かくも面倒くさい手続きによって、防衛駐在官は親元である防衛大臣の指揮を受けることはなく、常に外務大臣の指揮下・管理下で任務に就くことが担保されるわけです。この複雑な現行制度は、帝國陸海軍と外務省の関係に起因します。我々は帝國陸海軍の負の遺産を背負っている、ということです。上記、海自OBが大使になるということは、この負の遺産を一つ解消したということになります。そう言う意味においても、彼の大使就任は画期的な一歩と言えるのです。

     

    大使館勤務を終えて帰朝する場合には、外務大臣から「防衛庁に出向させる」となります。そして(防衛庁)長官から「1等海佐に任命する」の辞令を得て、晴れて制服自衛官に復帰しました。古巣に帰る場合にも「出向」という言葉が使われますが、これも一般的には?ですが、役所の決まり文句です。

     

    大使館員と聞くと全員が外務省の人間だと思われがちですが、実は外交官には各省庁からの出向組が多数います。彼(彼女)らも、我々と類似の発令手続きがなされていると思います。勿論、出向組がみな派出元のため(だけ)に、即ち省益のために仕事をすると、日本の外交がグチャグチャになるのは自明です。従って、外務大臣の指揮下で外交の一元化を図るのは極めて重要なことです。しかし安全保障の場合、外務大臣と防衛大臣が緊密に連携することが求められます。国益を確保する上に必須の要件です。防衛駐在官はその先兵として、関連情報の収集や任国政府等との交渉に当たりますが、現在の枠組みで国益にかなった本当に良い仕事でができるか、やや疑問を感じます(注:私の経験は20年も前のことですから、多少は改善されているかもしれません)。

    これは世界でも極端な例だと思いますが、当時、仲良くしていたイタリアの武官は、「報告は全て直接国防大臣に行い、必要な予算は紙一枚に至るまで国防省から出ている」と胸を張っておりました。良し悪しは別にして、イタリアらしい制度です。

     

    斯様に国外において自衛官は、国際常識として曲がりなりにも「武官」として扱われますが、国内においてはどうでしょうか? 自衛官を武官、とりわけ軍人と呼ぶには、多くの国民が何となく違和感を抱くと思います。中には危険分子だと騒ぐ人もいるでしょう。戦後教育のなせる業です。外国の軍人は「海軍大佐」と呼んで、自国の自衛官は「一等海佐」と言う。そんなことはどうでも宜しい(そんなわけはない)のですが、私の懸念は呼称の仕方ではありません。自衛官自身の「心の在り様」と「心のよりどころ」なのです。もし自衛官が「尚武の心」を失う、或いは尚武の心を持たないなら、自衛隊と言う名の武力集団はどちらを向いて走るのか? そこを憂えるのです。一隻が1千400億円のイージス艦は、敵の弾を自分の弾で落とすことができる優れものです。しかし、魂が入っていない艦は単なる鉄屑に過ぎません。

    幸い現役の諸官は、日々厳しい訓練を行い、世界の各地で黙々と重要な任務に就いています。彼(彼女)らが、後顧の憂いなく任務に邁進できる環境を整備するのは、彼らが流した汗によって(将来は血を流すことがあるかもしれない)得られる成果物、即ち国益を享受する国民の責務だと思う。それは政治家がやってくれと言うならば、選挙を通じてそれができる政治家を選び、そういう仕事をさせなければいけない。

     

    国民の自衛隊に対する見方や自衛隊の在り様は、遅々としてではありますが、本来あるべき姿に向けて進展しています。しかし、日本を取り巻く安全保障環境は、もっともっと早いスピードで変化しています。具体的に一例を挙げれば、隣国某の海軍力は驚異的な速さで進化しています。しかも今日では、その野心・野望を隠そうともしません。日本国民は今こそ、脅威=能力 X 意図の数式を強く認識する必要があります。 

     

     

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