日本学術会議

2020.11.05 Thursday

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    日々のホット・イッシュー(特に時局問題)に言及するのは極力控えるようにしているのですが、表題は安全保障や防衛省・自衛隊、並びに自衛官にも若干(或いは大きく)関わっておりますので、拙い経験等を踏まえて私なりの考えを描いてみます。何時ものように、支離滅裂になるかもしれないのですが・・・。

     

    先ずは学者・先生と呼ばれる人たちには大変失礼ながら、過去には彼(彼女)らの多くが世間知らずと見做されることが多かった。私の郷里では「○○のセンセ(先生)」と言われるのは、必ずしも良い評価ばかりではありませんでした。一般国民のそのような目線は、基本的には高学歴者に対する憧れや尊敬の念が根底にあり、これが揶揄や妬みに転じる人間の深層心理に因るものだと思います。一方で、学識を始め一芸に秀でると言うことは、長年専門分野に特化して勉励努力した結果・成果であり、よって必然的に或いは時間の関係で、専門外のこと、例えば世間の常識などには疎くなりがちだということです。勿論これは一般論であり、皆がみなということではありません。そうでない人も沢山おいでになるはず。そのような傾向があるということです。

    このような傾向は学者に限られるものではなく、私のように学校出てから、というよりもそもそも学生時代から狭い世界で生きてきた者にも言えることです。小生の場合、退役してから現在までのおよそ10年間、周りの友人知人に助けられ、そしてどれほど多くのことを市井から学んでいるか、日々実感しております。

     

    以下は、今回政府によって任命されなかった、六人の先生の思想や学識をもってする国家や社会への貢献については、全く承知していない上での見解であることをお断りしておきます。

    絶対多数の国民は「日本学術会議」なるものの存在を、新聞などで偶に目にしていても、賢い偉い人たちの集まりなんだ、程度の認識しかなかったでしょう。この会議が如何なる組織でどんな仕事をしているのか・或いはしていないのか、殆どの国民は知らなかったと思う。それは学問の世界が或る意味閉ざされた世界であることに加えて、我々一般市民が飯を食って生きてゆく上に、この学術会議なるものが直接的に関係することはないからでしょう。そう言う意味においては、即ち学術会議の存在や意義などを国民に知らしめるという観点からすれば、今回の政府の決定(同会議から推薦された内の六名を任命しなかったこと)、そして某党の某紙がこれを問題視したことは大いに意味があったと思います。その後、本件が政治の場に持ち込まれたこと、加えて(報道の在り方や姿勢は別にして)メディアで連日報道されたこと、加えて当該学者がメディアを通じて反撃に出たことは、今まで無関心であった国民に同会議の在り様に関する判断材料を国民に提供したと言う意味においても、大いに意義があったと思う。毎日の生活に追われている国民も、税金の使われ方には敏感に反応します。

     

    さて多くの知見者が見解を開陳しておられますが私も、国民の税金を使って存在している組織や個人、ましてや政府の一機関となると例外なく、何らかの形で国益(国家や国民の利益)に資する仕事をする必要があります。政権を批判するとかしないとか、そんな近視眼的な発想ではありません。

    今回の政府の決定に対して、特に外された人たちは「学問の自由」を声高に叫んでいます。多分、そこしか反論のしようがないのだと思います。勿論、学識者が政府や政権を批判することは、長い目で観れば国益に叶うこともあり得ます。しかし常識的に考えて、今ここで学問の自由を旗印にするのはかなり無理があるのではないか。ましてや自分たちが任命されなかったことが、憲法違反だ法律違反だとするのは余りにも短絡に過ぎる。深く思索するのを常とする、学者の意見や発想とは思えません。そんなことを言いだせば、そもそも推薦さえもされなった、俎上にも乗らなかった多くの学者が「なぜ私は推薦されないのか」などと言い出したら、もうキリがありません。

    叙勲なども同じですよね。

     

    学術会議という枠組みの中では自由に学問ができないと思うのであれば、むしろ自ら枠の外に出ることを選択するんじゃないのかな。この国では、誰が何を勉強しようと自由な訳ですから。任命権者から弾かれたからと言って駄々をこねるのは子供じみてるし、だから世間知らずと評されることになります。入社試験に落ちた人が、当該会社に対して落とされた理由を教えろと詰問しても、「はい、これこれです」と応じる会社などないでしょう。眼鏡にかなわなかっただけの話です。

    恩恵は被りたいが義務は果たしません、では誰も納得しません。残念ながら彼らの見解からは、自ら修得した学識を持って健全な国家の建設に貢献する・したい、と言う姿勢が見えてきません。一般論として言えば、組織を良くしたいとする建設的な批判や意見は、組織にとって貴重な財産であり、それを悉く排除していると組織はいつか衰退します。しかし組織の枠組みや目的を逸脱する、或いは意図する・しないに関わらず、組織にとってマイナスになる行動を続ける人は排除されて然るべきだと思う。

    報道によれば、或る先生が学術会議の独立性に言及しておりました。政府の一機関である、同会議の独立性の有無や可否は横に置いても、そのような見方・考え方はとても危ない。我が国には、政治が加担(利用)して軍の独走を許した歴史があります。同じ過ちを繰り返してはいけない。

     

    現在では少し状況が良くなりましたが、戦後長きにわたって、大学を始めとする教育の現場から、制服自衛官が敬遠或いは排除されてきたこと、同じく軍事に関する研究も忌避されてきたことは紛れもない事実です。現在の詳細なデータは持ち合わせておりませんが、今日でも自衛隊員の募集や自衛官(OBを含む)による学生・生徒への講義・講演などに好意的な教育現場は少ないと思います。今回の学術会議の顕在化を機に、学問の場において広く安全保障や国防・軍事の在り方が議論されれば、日本が普通の国になる一歩になりましょう。何回も何回も繰り返しますが、この国はこと軍事に関しては普通の国ではありません。

     

     

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