一本のスプーン

2016.10.27 Thursday

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    以前、母のことを書きました。ここはやはり、相方のことも書かなければ片手落ちになりましょう。

     

    二年半ほど前に父が突然他界し、「あれも聴いておけばよかった」「これも確認しておくべきだった」と切歯扼腕しました。生前から、いずれそういう時が来ると頭ではわかっているのですが、あまり根掘り葉掘り聞くと、「こいつ俺がそろそろ・・・と思ってやがるな」と邪推されるのではないか、などとこちらが邪推して聞けなかったこともあります。

     

    亡父は大正11年の生まれで、高等小学校を終えると満蒙開拓青少年義勇軍に身を投じて渡満。終戦直前に現地応召して陸軍二等兵となり、昭和20年の8月15日を迎えました。満洲で武装解除された後、ハバロフスク経由シベリア抑留です。抑留といえば聞こえはいいですが、要は奴隷に近いタダ働きです。極寒の地でなんとか命を繋ぎ、故国(舞鶴)の土を踏んだのは昭和23年の5月末です。

     

    そこまでは、おぼろげながら分かっていたのですが、満洲とシベリアでの具体的な足取りは全く知りませんでした。生前、特にシベリアのことはほとんど語りませんでしたから。思い出したくもない、辛いことばかりだったのでしょう。ただ一点、共産党が如何にひどい組織であるかは、ときどき口にしました。

    1年ほど前、縁あって手にした『115通の恋文』(稲垣麻由美著)で、陸軍軍人の軍歴証明が県に保管されていることを知りました。数ヶ月とはいえ陸軍に身を置いていたわけですから、父の軍歴証明もあるかもしれない。微かな期待を持って、県の担当部局に問合わせてみました。担当者は大層丁寧に、「残念ながらお父様の軍歴証明はないのですが、自筆の復員調書と身上申告書があります。申請していただければ、コピーをお渡しすることができます」と教えてくれました。

    申請には、本人(父)の戸籍や除籍証明、私と本人の関係を証明できる資料(戸籍)、私の身分証明書と住民票を揃えるなど、いろいろ面倒ではありましたが、後日送られてきた二枚の資料は、私にとってまさにお宝と言えるものでした。

    そこには、所属した部隊の名称や連隊長の階級・氏名、終戦(8月15日)時の状況、その後シベリアの収容所を転々としたこと、そして復員に至るまでのことが年月日を付して、箇条書きで記されてありました。県の担当者が言ったとおり、明らかに本人の自筆です。

    子供の頃、何回か「シベリアから持って帰ることができたのは、飯盒(はんごう)一つとスプーン1本だけ」と聞かされておりましたが、なぐり書きしたメモ帳を雑嚢(ざつのう)の底にでも隠して持ち帰ったのでしょうか。そうでもしなければ、本人にとって如何にインパクトがあったとはいえ、3年間の出来事を記憶だけで正確に記すのは無理でしょう。「○○年○月○○日 体弱者につき第○○収容所に転属」の記載が2箇所あります。よくぞ生きて帰れたもんです。

     

    この時(資料の入手)から、私の国立国会図書館通いが始まりました。地図の上に、父の足取りをプロットしていこうと考えたのです。いや〜パズルのように難解でした。まずは、父の記録が必ずしも正確ではなかったこと。それは致し方ないと思います。中国語やロシア語を勉強したわけではないので、ただ耳に聞こえた音(地名)を書き付けただけです。加えて、戦後、中国やロシアの地名の多くが変わっており、現代地図の索引欄をみても出てこないのです。中国には同じ漢字(地名)の地域もままあります。従って、父が書き残した地名を地図の上で探し出すのに往生しました。満洲については、帝國陸軍参謀本部が作成した、「満洲帝國」の地図が大いに役に立ちました。ロシア語に堪能な友人にも手伝ってもらいました。数ヵ月間悪戦苦闘の末、何とか点を線でつなぐことができました。

    それが「なんぼのもんじゃ」ではあります。親父殿は「つまらんことせんで仕事せい」と笑っとるでしょう。しかし、私にはある種の満足感が残りました。

     

    先日、実家の整理をしていて、食器棚の奥にmade in Siberiaのスプーンを発見しました。質の悪いアルミでできた、明らかに素人の作品とわかる代物です。 しかし、このスプーンが父の命をつないでくれたと思うと、とても処分する気にはなれませんし、粗末には扱えません。実家は40年ほど前に新築しましたが、家移りの際、母もこれだけは捨て難かったようです。物置小屋になっている旧い家(私の生家)から、何とか飯盒も見つけるつもりです。

     

    いつの日か、このスプーンを持って、満洲を訪ねたいと思っています。シベリアには、とても行く気になれません。

     

     

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    博海堂

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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    コメント
    お父様の軍歴を調査されたこと、大変すばらしいですね。
    今年私の祖母が亡くなり、遺品の中から戦死した大伯父の写真が十数枚と海兵団の修業記念アルバムが出てきました。
    それ以来、インターネットを検索し、資料を漁って大伯父の軍歴を調査しています。
    足跡を訪ねて横須賀や三重にも行きました。
    祖母が元気なうちに話を聞いていたらと思うと悔やまれてなりません。
    親類には他に興味を持つ人もおらず、左の者も多いのでコソコソやらねばならないのが残念です。
    私の最終目標は大伯父が眠るソロモン海を訪ねることです。
    • by めんたい子
    • 2016/11/20 11:38 PM
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