『ソロモンに散った聯合艦隊参謀』余話 II

2017.10.26 Thursday

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    去る10月15日(日)、「五一鈴蘭会・青葉会」の慰霊祭(合祀祭)に参列する機会を頂きました。拙著『ソロモンに散った聯合艦隊参謀』の出版がご縁で、主人公である樋端久利雄大佐のご長男、樋端一雄氏が声をかけて下さったものです。

     

    会の名称である「五一鈴蘭会・青葉会」については、若干の説明を要します。「五一」は海軍兵学校51期生のクラス会、「鈴蘭会」は同夫人の会ですが、両会員の高齢化と減勢に伴い、何年か前に夫婦の会を吸収して「五一鈴蘭会」とされました。「青葉会」は「五一鈴蘭」の二世で構成される会です。今日の防衛大学校や自衛隊においても、クラス会の結束は非常に堅いものがありますが、その子供さんたちが会を作って交流し、毎年ご両親の慰霊祭を営んでいるのは他に例を見ません。それほどに、海兵51期の絆は強かったのだと思います。「五一」は全員が鬼籍に入り、もう会員はおりません。鈴蘭会も、現在は数名しかおいでにならないと聞きました。戦後、苦難の道を歩んでこられた二世も、多くの方が既に齢80を過ぎているのですが、慰霊祭を含め会の運営は全て青葉会会員の手によって粛々と行われております。

     

    当日1045、小雨降るなか全国から初老の男女が三々五々、原宿の東郷神社に集いました。中には、お孫さんの手を引いておられるご婦人もおいでになります。1100からおよそ一時間、合祀祭が厳粛に執り行われました。今年は鈴蘭会の二柱(お二方)が、海の宮に合祀されました。合祀されたお一人は有泉龍之助令夫人、もうひと方は渓口泰麿令夫人です。お二人とも100歳を超えるまで、生をつないでこられました。ここでは多くを語りませんが、両夫君は知る人ぞ知る歴史上の人物で、戦死・生存の違いはありますが、いずれも数奇な人生を辿っておられます。渓口さんは戦後、新生海軍(海上自衛隊)の創設に尽力され、第二代の横須賀地方総監を務めておられますので、私の大先輩です。因みに、私は第40代です。

    合祀された二人のご婦人は、ご主人様や懐かしい人たちにお会いして、楽しい時間を過ごしておられることでしょう。向こうでもワイワイがやがや、定期的に「五一・鈴蘭会」が行われているに違いありません。

     

    合祀祭を終えた一行は、隣の水交会に移動して会計報告等の総会を行ない、あとは昼食会を兼ねた懇親会でした。板垣会長や土田幹事のご配慮で、樋端さんと私には特別枠で挨拶の時間を下さいました。樋端さんは、クラス会誌『五一』の収集に関する驚きの逸話や苦労話などを、感動を持って話されました。私は防衛大学校に進んだ動機や、拙著の執筆・出版に至る経緯などを報告しました。

    海兵51期は実に多士彩々です。拙著の中に多くの同期生(51期)の名前が見えることを、会員の皆さんが喜んでくださいました。とりわけ私の参加を喜んで下さったのは、戦艦武蔵の砲術長で艦と運命をともにされた、越野公威大佐のご長男越野秀人氏でした。越野さんは防衛大学校の先輩で、現役の時に大変お世話になりました。

     

    海兵51期が江田島を卒業したのは、関東大震災の年、大正12年の7月です。およそ2ヶ月後、練習艦隊乗艦中に大震災の報に接し、近海の練習航海を取りやめて、救援物資の輸送や被災者の救援等に従事しました。所謂、震災候補生ですね。ともあれ、まだまだ男性優位、男性中心の考え方が色濃いこの時期に、いち早く夫人の会が作られているのは大変な驚きです。クラス・ヘッド(首席)である樋端さんのイニシャティブだったという確たる証拠はありませんが、どなたの発案にせよクラスの皆さんが開明的であったことは疑う余地がありません。加えて、結婚する順番にクラス会からナンバリングしたリング(指輪)を夫人に贈るという計画も、当時としては画期的な発想だったと思います。この贈呈は、クラス会の規定に「一回限り」としているのが面白い。海軍特有の洒落でしょうか?

    「五一鈴蘭」の血は絶えることなく、「青葉」に受け継がれていると確信しました。

     

    今は皆さん安定した日々を送っておられますが、父親が戦死された方も、そうでない人も、残された家族は一様に厳しい戦後を生きてこられたはずです。多くの方々(二世・三世)と懇談するうちに、私はさながらタイムスリップしたかのような不思議な感覚を覚えました。参加者のお一人お一人が歴史の生き証人であり、歴史そのものです。二時間の総会・懇親会でしたが、時局問題や政局に関する話題は一切なく、皆さんが和気藹々と時間を共有し、そして再会を約して原宿を後にされました。私も何か「ほっこり」とした気分で帰途につきました。

     

    二度と戦争があってはいけない。戦争未亡人や遺児をつくってはいけない。それは国民の総意でしょう。しかし、国家の危機に直面して、国難に殉じた先人に思いを馳せるとき、この国の平和を確かなものとするためには、そして平和で豊かなままに後世にバトンタッチするためには、今日の我々は何をどうすればいいのか?

    そんなことを思う一日でした。

     

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