目から鱗(うろこ)

2018.07.14 Saturday

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    60(歳)代も半ばを過ぎながら、知らいないことってのは多いですね。不明を恥じるというよりも、情けなくなります。

     

    先日帰郷する際、予定した航空便が悪天候で飛ばなかったため、羽田のラウンジで4時間ほど過ごしました。当日はPCも持参しておらず、年金生活者の悲しさ、やることがないので新聞や雑誌が置かれている棚を物色していると、筋トレの雑誌が目に留まりました。パラパラっとめくると、スクワット・腕立て伏せ・腹筋運動のやり方が写真入りで解説してあります。「ああ、俺が毎日やっている三種混合は間違いないな」と確信したのですが、説明の細部を読むと少し私の方法と違っている。特に腹筋のやり方は大きく違ってました。何じゃこりゃ、これじゃ腹筋運動にはならんだろう、と言うのが私の印象。それでも、念のためそのページを写メに撮る。この辺りが非凡だね(笑)

     

    ところがところがです。実家に着いて翌朝、いつものように、そして腹筋のところは雑誌に書いてあったやり方を試してみました。するとどうだ。いつもより回数は断然少ないのですが、お腹がきつ〜い!次の日も同じやり方をすると、腹筋がイタタタタ・・・。いままでの自己流「起き上がりこぼし」では、何百回やってもなんの痛みもなかったのにです。これを4〜5日繰り返してお腹を触ってみると、心なしか腹筋が割れてきているような気がする。12歳(中学一年生)から今日まで、トータルすれば何万回腹筋運動をやっただろうか?でも、ついぞお腹が割れることはなかった。あの厳しい母校(防衛大学校)においてさえ。

    いえ、お腹が割れているというのは、ボンビーな男のささやかなロマンなのです(笑)。暗闇に一筋の光明が差してきたような気分、と言えば言いすぎでしょうか。私が少年の時からやってきた腹筋運動は、いったい何だったんだろう。単に時間の浪費だったのか・・・。他人様によく言ってました「俺は腹筋は無制限にできる」って。ちょっと膨らませてはいますが、本当にそう思っていた。無知ってのは恥ずかしいだけでなく、怖いね。

    全く別の話ですが、自戒を込めて言えば、この国には今無知が横行している(と思う)。特定のメディアに偏ることなく、しっかり情報を収集しないと危ないですよ。ホンマに。

     

    話が逸れました。

    これが、直近の「目からウロコ」の話です。唯我独尊で我が道を行くことも必要ですが、先生(先に生まれた人ではなく、年齢に関係なく自分よりも何かに知悉している人)の話は聞くべし、と反省しきりです。年齢を重ねると頑固になるので、歳寄りは特に留意する必要があります。若い頃に苦労した人は、とりわけ自分がやってきたことに自信を持っています。と言うよりも、長年汗をかいてやってきたことを否定されると、苦労して積み上げた実績や人間性まで否定されたような気がするのです。だから頑なになる。私の郷里では、方言で「カタクワな男」と言って嫌われます。因みに、亡父はそういう人間が大嫌いでした。もって銘すべきだと思うのです。知らないことは知らない訳ですから、子供にだって謙虚になれる。そういう生き方をすると、(歳)いくつになっても伸びて行けるような気がする。あんたはもう伸びんでエエてか(笑)
    若い頃、作家の吉川英治さんが「吾以外みな我が師」と何かに書いておられるのを見た記憶があります。

     

    反省ついでにもうひとつ、思い当たることがあります。それは、もう私の天敵と言ってもいい”English”。言葉(言語)は道具だと割り切ってはおりますが、これさえ身についておれば、どれほど私の世界が広がり、どれほどマシな仕事ができただろうか。などと今更ながら自分を責める。過去に、何回試みて何回挫折したか。数える必要もない。やった回数だけ挫折しているから。両手の指では足りません。この厄介な敵をやっつけるために、中学一年の時からトータル何千時間費やしただろうか。人に優しい海上自衛隊では、私が働き盛りの時期に「英語をものにせい」と、仕事として勉強の機会を半年間も頂いた。それでも結局ものにならなかった。でも放り込まれた課程が良くなかったな。中学生に大学に行って勉強してこい、みたいな「Advanced English Course(上級英語課程)」(笑)

    上記の腹筋と英語、全くカテゴリーは違うけど、同じことが言えるような気がする。仮に私の脳みそが筋肉であっても、いや筋肉であればこそ、腹筋と同じように再生可能なのか・・・などと思ったり(笑)。実は数年前(退役後)の国際会議で、自分の余りの不甲斐なさに情けなくなり、帰国後直ちに、お気に入りの英英辞典一冊だけ残して教本の類やハウツーものは全てゴミに出しました。「もういいや」と思ったのと、残りの人生の費用対効果を勘案した結果です。英英辞典は、敗戦の記念品として残したものです。

     

    しかし単純なオッサンは、若いインストラクターが勧めるやり方で腹筋運動をやってみて思ったのです。今まで誰も教えてくれなかったけれど、ではなくて(他人のせいにしてはいけません)、いろんな方が英語の勉強の仕方や、英語上達のための生き方まで伝授されてはいるのですが、自分がやってきた方法は何処かがズレていたのではないか。勿論、肉体を鍛えることと、脳みそを砥ぐことを同列に扱ってはいけないと思う。でも、理念或いはコツみたいなものは同じではないのか。例えば、歌手や俳優さんで絵を描くのがとても上手な人がいます。或いは一流のプロスポーツ選手の中には、赴任先(?)の言葉を流ちょうに話す人もいます。これを要するに、何事にもツボがあるんじゃないかな。そのツボを押さえないと、いくら時間をかけても、いくら汗をかいても、よしんばいくらお金をかけても成果は殆ど得られない。そんな気がする今日この頃。

     

    さて、二匹目のドジョウを求めてEnglishに再度トライするのでしょうか・・・。ちょっと勇気が要るな(笑)

     

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