男の器量(前編)

2018.06.07 Thursday

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    1993〜1996年の三年間を北欧で過ごしました。それはそれは、素晴らしい自然環境のなかで過ごしました。人生至福の時だった、ってことを今言いたいわけではありません。

     

    この間(1995年)に、元大本営参謀(帝國陸軍)で戦後大手商社の会長に上られた方が回想録を出版されました。日本から送られてきた新聞でそのことを知り、早速一冊注文し取り寄せました。私の父もシベリア帰りであり、抑留生活についてどんなことが書かれてあるのか、大変興味があったからです。加えてこの方が、以前に読んだ山崎豊子の小説『不毛地帯』のモデルであったことが、私の興味を加速させました。出版社に直接注文したと記憶してます。

    大使館で勤務しておりますと、小さな自分が、日の丸を背負って仕事をしているという気概を持ちます。一介のCaptain(海軍大佐)でありながら、毎日接する相手は任国の大臣や高級官僚・軍の高級幹部、或いは各国の大使や武官ばかりだから必然的にそうなるのだと思います。そんな感覚でしたから、また元々恐れを知らない性格ですから、僭越とは思いつつ、出版社経由でこの作者(元大本営参謀)に読後の所感(感想文)を送りました。どんなことを書いたのか明確には覚えてないのですが、「私の父もシベリア帰りでして・・・」みたいな内容だった思います。大したことは書いてないです。

     

    するとビックリポン、数週間後にご本人から手書きのカードが届きました。数行の簡単なものでしたが、流石に含蓄のある言葉が記されてありました。そのなかの一行に「為邦家御盡瘁」。「国家(日本)の為に、しっかり働け」でしょうか。年末にはクリスマス・カードが送られてきました。この方については、いろいろ違う見方をする人もいますが、なんと丁寧な方なんだと感心したものです。

    帰朝を控えた或る夜、オスロで勤務している商社員達が私の送別会を計画してくれて一杯やっていた時、口が滑ってこの件(上記)を喋ってしまいました。昔から軽率な武官です。でも、この方を知らない日本の商社員はもぐり。特段悪いことでもないし・・・正直言えば、ちょっと自慢したかった。加えて、彼らに軍人(武官)のステータスを知らしめたかった、ということもあります。すると件(この方と同じ商社の出先)の支店長が、「帰国されたら、是非とも〇〇を訪ねてあげて下さい。きっと喜びます。出発までに住所を調べてお伝えします」。他社の商社員も「武官、貴重な機会ですよ。行くべきです」と口々に言う。う〜んどうかなぁ(僭越)とは思いましたが、折角住所まで教えてくれるというので、「分かりました。訪ねます」と応えた。

     

    武人は約束したことは必ず実行する。とにかく律儀なのです(笑)。大本営参謀は某商社の特別顧問として、都心にある高級ホテルの一室におられました。帰国後、早速秘書に電話を入れて「かくかくしかじか。ついては帰朝の挨拶に伺いたい」と述べてアポイントを取りつけました。当日、30分ほど余裕を持って指定されたホテルのロビーで待っておりますと、秘書君から携帯電話に「今から〇〇がお会いします。〇〇階に上がってきてください」とのこと。

    案内されて部屋の入り口に立ち、秘書が「お見えになりました」と報告する。彼女に続けて姓名申告(名乗り)・挨拶をしようとした正にその時、室内から厳しい一声「目的は何だ!」。ええ〜秘書には詳細を事前に説明しとる。通じてないのか?でも、そんなこたぁないわな。知らなきゃ会わんだろう。咄嗟の判断で、「特段目的はありません。帰朝しましたので挨拶に伺っただけです。場違いでした。失礼します」と応じて踵を返したところ、背中から「まぁ待て、入って座れ」。なんじゃい、素直じゃないな。

    室内に招じられて、欧州の安全保障の状況などを説明しつつ30分ほど和やかに懇談しました。「ではこれにて」と辞すると、部屋からエレベーターまでおよそ15メートルほどだっか、廊下を案内してくれました。肩を並べて歩きながら、大本営参謀がポツリと「先程まで〇〇君が来てたんだよ」。如何に能天気な私でも、「〇〇君」が時の総理であることは直ぐに分かった。総理が教えを乞うた内容についても、彼は簡単に語った。意味深のようだが、ここでは伏せておく。

     

    この日、私が感じたのは「試された!」。想像するに、彼を利用して例えば選挙に出たい者、或いは金(かね)の無心(ムシン)に来る輩(やから)などなど。有象無象が詣でるのでしょうか。しかし痩せても枯れても、こっちもつい先日までは日の丸をしょってた身だ。そんな連中と同列に見られてたまるか。恥ずかしながらそんな風に思った。そして正直、この方にちょっと違和感を持った。遥か22年前の夏のことです。

    勿論、それ以降お会いする機会はなく、後年報道で他界されたことを知りました。

     

    長くなるので今日はここまで。後編に続く。

     

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