男の器量(後編)

2018.06.19 Tuesday

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    先日、仕事の仲間数人で打ち合わせをしていた際、或る参加者の口から突然、前編に述べた「元大本営参謀」の名前が出ました。「眦茲気鵝◆察察察擦気鵑鬚澗乎里任垢?」。勿論、知っとりますよ。私には理由(いわれ)があります。発言者は私よりも一回り以上若いのですが、どうも最近元大本営参謀に大層興味を抱いている様子。そんな空気だったので、過去の恥を曝すようではあるのですが二十年以上も前のことでもあるので、前編に記した内容をかいつまんで話しました。私が当時抱いた、そして現在も引きずっている違和感も含めて。

     

    すると彼の反応が面白いっていうか、私にとってはとても意外なリアクションだった。曰く「それって、〇〇さんは眦茲気鵑里海箸鯒Г瓩燭辰討海箸任靴腓Α」と怪訝な顔をします。続けて「それにいきなり【目的は何だ!】って、とてもカッコいいじゃないですか。そんなこと言える人は、そうそういないですよ。自信をもってそう言える人は、他人が目当てにしてくる、いろんな力を持っているってことですよね。そうでないと、そんな言い方はできないですよ。最近、なかなかそんな男はいません。また、そういう男をカッコいいと感じる女もいなくなったような気がします。彼のような男がいなくなったから、日本がどんどん弱体化しているんじゃないでしょうか」、と持論を展開。

    ふ〜ん、そっかぁ〜なるほど。そういう見方もできるのか。この同僚(友人)は素晴らしい感性を持ち、いつも直感で物事を判断するのですが、人とは会って話をするもんだ。私には傲慢で鼻持ちならないと思えても、この人にとっては痺れるほどに素晴らしい、男のなかの男に見えている。性格も能力も単純で他人(ひと)に感化され易い私は、彼の言葉と感性に痛く感心しました。還暦をとっくに過ぎているのに、俺はまだまだ青いな〜人間として、などと。人を評価するとき、垣間見ただけで或いは一面だけを見てレッテルを貼ってはいけない。ってことは以前のブログでも書いているのですが・・・。

     

    そんな話ではあったのですが、翻って男の器量ってなんだろう?

    現役時代のおよそ四十年間、武人の徳操(武人が持つべき徳目、平たく言えば武人はどうあるべきか)を模索しながら生きてきました。「器量」にはいろいろな切り口があると思いますが、私の身近なイメージでいくと大きく二つに分類できる。単純に十把一絡げ(じっぱ・ひとからげ)に纏めるのは、先人(帝國海陸軍軍人)に対して大変失礼なことではあるのですが、私は海軍型人間と陸軍型人間に仕分けする。どっちが良いとか悪いとか、是非の問題ではありません。念のため。

    本題とは全く関係ないのですが、何故上記「海陸軍」なのか?いずれまたウンチクを述べます。

     

    海軍は技術が相手なので、世の中のことにさほど拘泥しないのが信条。最後の舫(もやい)を放つ、即ち出港と同時にモード(気持ちのスイッチ)を切り替える。そして俗世間(娑婆)と縁を切り、煩雑な人間関係や諸問題から解放される。或る意味、逃げ場所があるわけです。近年では衛星通信や情報技術が発達して、必ずしもそうでない状況になりましたが。これを良く言えばスマートですが、要領よく立ち回ると言われることもある。だから世間知らず。であるが故に、腹芸は苦手若しくはできない。一方、陸軍は地に根を張っているので、こんがらがった糸のような人間関係を、解きほぐしながら生きてゆかなければならない。陸軍を象徴的に例えると武田節「人は石垣人は城」。従って当然、人情の機微には敏感になる。人を理解できない指揮官に、陸兵の統率は無理だ。

     

    この文化の違いが、それぞれ昇華すると政治力の有無に繋がる。件の元大本営参謀は、代表的な陸軍型の人物であったと推察する。一介の大尉にして百万の兵を動かす。ご本人の能力や努力、更には周りの力もあったことでしょう。だからこそ、中途採用でありながら日本屈指の商社で会長に上り詰め、更には臨調などでも国家に貢献された。この方の奥の深さを見る。一方で、その深遠さ・杳として計り知れない一面が、いろいろな憶測や誤解を生む(こともある)。しかし、事実はご本人にしか分からない。

     

    さて私に残された時間はさほどないが、自分はどう生きるべきなのか。どんなに純粋と言われる人であっても、私自身を含め、絶対多数の人間は腹黒いところや汚い一面を併せ持っている。しかしできることなら、それらを極力抑え込んでスマートでありたい。綺麗に生きたいと思う。そこに自分の狡さと、限界を見ることができる。

    今まで他人様には言ってこなかった、私の古い恥を聞いた同僚の一人は笑いながら「眦茲気鵑眇佑訪ねてきたら、先ずはその目で【目的は何だ!】って言ったらどうですか」とお愛想。私の目つきが悪いのは否定しませんが、とてもそんな勇気はありません。仮にハッタリで言っても、軽い言葉になるのは自明です。

     

    ともあれ、二十数年前の夏の日に私がとった行動(大本営に踵を返した)、あれはあれで良かったと自分を納得させている。

    今回も纏まりのない、訳の分からない独り言になりました。

     

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