気象予報士

2018.10.25 Thursday

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    現役の時には仕事柄、お天気(気象・海象)の変化や動きにとても敏感でした。天気の良し悪しは、部隊(艦艇・航空機)の行動に直接影響するからです。従って、朝のミーティングなどでは、陸上部隊においても常に「気象」のブリーフィングを行います。勿論我々は、天気図を読むことができます。これは絵であり写真ですから、天気図が意味することの概要を理解できるということです。読み解くとまではいかないので、素人プラス程度でしょうか。

    因みに、普通のサラリーマンは、台風が近づいてくると早く帰宅しようとなりますが、我々艦乗りは「艦に帰る」と家人に告げる。艦に「行く」のではなく「帰る」のです。相方も分かったもんで「あっそ」で終わり。期待されてない(笑)。台風前夜には、(日本の)軍港はもぬけの殻になります。艦艇を横付けにしたままにしていると、波で岸壁にガチャガチャして船を壊すので、沖に出るか安全な湾や島影で台風をやり過ごす。これを荒天避泊又は荒天避航と言います。

     

    さて、専門的な気象との出会いは、防衛大学校で二年に進級し海上要員に指定された時でした。ですので、とても長い付き合いをしていることになります。家人よりもよほど長い(笑)。今ではこんな教育はしてないと思いますが、教官(海上自衛隊の先輩)が一枚の日本地図を各学生に配布します。全国の観測点と、緯度経度だけが記されている日本地図。これに、NHK(教育)ラジオから流れる気象情報(データー)を記入していくのです。例えば「厳原では南南東の風、風力3・・・」ってな放送を、鉛筆で素早く書き込んでいく。厳原や足摺や御前埼などがどこにあるか、分かってないと記入することはできない。「どこだっけ」なんて探してると、2〜3か所は飛ばすことになります。等圧線や気圧のデーターなどもあります。メモなんか取る余裕は全くなくて、最初はとにかく放送についていくのがやっとの状態です。慣れないと結構しんどい作業です。そして一枚の絵ができると、これを自分なりに分析して、明日・明後日の予報を書き込む。これで作業は終了です。

    艦乗りになって航海長になると、気象員(下士官)が天気図を作ってくれました。その頃には FAX で天気図を受信するのが主流になってました。なのですが、私が仕えた艦長は「予察(予報)は航海長の仕事」と言って、航海中は毎日天気予察をやらされた。体力を使う話ではありませんが、素人(予報士)にとって、毎日の予察はきつかった。当時は嫌な仕事だったが、そうやって私を育ててくれたのだと思う。

     

    後年、護衛隊群司令(海将補:少将)に昇進して副官が付きましたが、この人が気象予報士の資格を持つ専門家でした。この方、長く陸上部隊で仕事をしてきたので海上経験が少なく、当然のことですが艦艇部隊の作戦や部隊の運用には明るくありません。また、どちらかと言えば寡黙で、口数が多い人ではなかった。ですがその彼が、一旦作戦会議や朝のミーティングで「気象」のブリーフィングになると、それはそれは立て板に水を流すように淀みなく説明する。メモなんかは一切持ってません。スクリーン(天気図)を指しながら、滔々と発表するのです。流石にプロや、カッコいいなと思いました。私が航海長の時にやっていたやっつけ仕事などは、彼に比べると幼稚園生みたいなものだった。

    ある日、彼に訊いてみました「副官、気象予報士はどの程度勉強すれば資格が取れるのかね?」。我が副官はニヤリとして言ったものです「本を三冊程度理解すれば取れますよ」。ふ〜ん。その時、俺もやってみるかと「受験」が頭をよぎったのですが、退役するまでとてもとても、そんな余裕はありませんでした。

     

    今年は、特に我が郷里の四国方面は台風の当たり年でした。にわか農家の私も少なからず被害を被り、農業の難しさや厳しさを実感しました。話は飛びますが、かつてオランダに遊んだ時に見た、チューリップの公園(キューケンホス)は本当に美しかった。赤、白、黄、青、ピンクなどが均等に区分けされたチューリップの絨毯、それが遥か向こうまで広がっている。帰国して父にこの話をして、「米作りに拘泥せずにチューリップを栽培してはどうか?」とジャブを入れてみました。帰国前、懇意な商社員にこの案を提示して反応を窺ったところ、「花は一兆円産業ですから、いいと思います」とのことだったから。その時の亡父の回答がふるっていた。「この田んぼから10円儲けることが、どんだけエライ(大変な)ことか」。それ以上は言いませんでした。今あの時の父の言を、しみじみと噛み締めています。

     

    台風が来そうなときには、艦は乗って逃げれば良かったのですが、大地に根を張ったものは動かすことができない。従って、正面から台風や異常気象と向き合わなければならない。そこで Old Sailor は閃きました。そうだ、気象予報士の資格を取ろう(笑)。いつも直感と勘ピューターで動く人間です。しかも、この発想は何処から来たのかと言うと・・・歴史に学んだことです。かつて幕臣の小栗上野介が横須賀に造船所を作ろうと考えた時、彼は、船を作るためには鉄の工具が必要だ。だから、造船所の前に製鉄所だと。これが今日の横須賀と帝國海軍が発展した原点です。横須賀市民や海上自衛官は、そこのところを忘れてはいけませんぞ。

    で小栗さんの発想と気象予報士に何の関係があるのか?決して論理的な話ではありませんが、そう閃いたのだから仕方ない。

     

    私が今やろうとしているのはパパイヤ君。その理由は単純です。

    1.実家にかなりの休耕田がある。この土地を活用して食物を栽培すれば、きっとご先祖様から「褒美」を貰える。即ち儲かる。私の動機は常に不純です(笑)。更に、衰退一途の村おこしの一つになる(かもしれない)。将来的には、農を通じて子供の教育と人材の育成に資する。

    2.設備投資が要らない。基本的には私が汗をかくだけ。堆肥なんか、畜産農家や酪農家に分けて貰えばタダ同然です。処分に困っている廃棄物を売って、おかず代がでれば彼らもハッピー。

    3.村人たちは猪と猿に泣かされているが、過去三年間、鳥獣被害は一切ない。

    4.地球(日本)は温暖化の傾向にあり、近い将来、日本が暑くはなっても寒くなることはない。即ち、今日の気候変動・温暖化は熱帯植物の栽培に追い風。

     

    まこういうことなのですが、この子たち(パパイヤ)の成長には日照時間が大きく関係します。そんで気象予報士にジャンプした。自分でも何でか分からんけど、知識があれば何か役に立つような気がする。持っていても邪魔にはならんだろう。ただそれだけです。と言いたいが本当は、合格率5%未満で超難関の気象予報士を持ってる農家って、何となくカッコいい。

    このように不純な動機があるのと無いのでは、壁に突き当たった時に出るエナジーが違ってくる。ゴールが明確でブレず社会に貢献できるのであれば、動機は不純であっても問題ないと私は思っています。

     

    さても、首尾よく資格をゲットした暁には全世界に向けて公表公開しますが、1〜2年経っても音沙汰ない時には、武士の情け「あの話どうなったの?」なんて野暮な質問はしないで下さい。お願いします。

     

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