軍艦旗問題

2018.10.18 Thursday

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    拙稿を読んで下さっている方から連絡を頂きました。「この度の隣国との(軍艦旗に関する)問題に関し、貴兄には特別の想いがあるでしょう。ついては、その想いをブログで発信しては如何か」と。大変有り難いことです。既にSNSなどを通じて意見は出尽くした感がありますが、なかでも私が尊敬してやまない(海上自衛隊の)先輩、香田(洋二)元海将が10月15日付産経ニュースに投稿された論評が最も正鵠を得ていると考えます。

     

    ただ折角のご下問でもありますので、浅学を顧みず、先輩諸兄とは違った視点・切り口で本件を少し考えてみたい。

     

    先ずは、防衛省・海上自衛隊の対応は当たり前と言えば当たり前ですが、極めて適切であり、図らずも日本人の(高い)民度を世界に発信する機会になったと思います。何よりも、関係者の毅然とした態度が良かった。過去我が国は、何かにつけて事を荒立てないように、曖昧或いは控えめな態度に終始してきました。靖國問題然り、教科書問題然り、慰安婦問題然りです。その結果どうなったか。問題はより複雑になり、何ら解決の糸口は見えておりません。しかし今回は、関係者が歩調を合わせて一歩も引かなかった。

    一方お隣さんは、端的に言うならば「男を下げた」。その後も、あれこれと発信している様子が海峡を越えて聞こえてきますが、理に叶わないことは国際社会では受け入れられない。それが証拠に、列国海軍は堂々と軍艦旗を掲げて観艦式に臨んだと報じられています。勿論、水面下で多々調整があったことは想像に難くありません。であれば尚更、あの要請は何だったのか、ということになります。

     

    当局の要望が我が国だけに限定した要求・要請であったならば、列国海軍はニヤニヤと高みの見物で、嗚呼やってるやってると軽く受け流し、当該海軍がさほどの恥をかくことはなかったでしょう。失笑を買うこともなかったと思います。これを要するに、世論に迎合したボタンの掛け違いでしょうか。一笑に付すという言葉がありますが、笑い話にもならないというのが私の見方です。世論と政治に翻弄され、笑いものになった彼の海軍が気の毒でなりません。

    在京の(隣国)大使館には海軍武官がいるはず。彼の国と海軍を代表する武官が、本件をどのように解説するか問うてみたいものです。今回の軍艦旗問題に関する所見は that's all 。

     

    以下は、本件に派生してつらつら感じたことです。

    今日の国防・軍事は、納税者である国民の理解なくしては成立しません。ましてや、国民監視の下にある政治と軍が、勝手に兵を動かすなんてことはあり得ない。先進国は皆同じでしょう。我が国が行っているPKOや海賊対処などの国際平和活動・行動についても、国民の支持があってこそ成立する。しかし、世の中には多様な意見や見方があるのも事実です。一方で多くの国民の声、即ち民意が常に正しい方を向いているかと言えば、必ずしもそうでもない。戦後日本の、重要な局面における政治と民意の関係を振り返ってみれば、或いは今日の我が国の状況から推察すると、一部の(自称)知識人や政治家が民を煽り、そして時代の空気を醸成していることが分かる。そこのところ(少数意見の取り扱い)は難しいが、国内にいろんな意見があってこそ健全な民主国家であり、政治がその民意を反映すべきであることは自明です。

    しかしです、政治は決して国民に「おもね」てはいけない。この「民意の反映」と「国民におもねる」の違いは、紙一重ではありますが全く異なったアプローチになる。このような視点で今回の問題を読むと、お隣さんは未だ発展途上にあると言えるのではないでしょうか。我々は、そのような認識をも併せ持って、隣国と付き合う必要があるのではないか。

     

    翻って我が身を顧みれば、我々もさほど威張れたものではない。少し時代は遡りますが、平成3年(1991)の秋、ペルシャ湾に派遣された掃海部隊が、生死をかけた仕事を成し遂げて帰国しました。その際、次のような小話が、末端の幹部である我々に伝わってきました。「小話」と言いますのは、私自身が直接その場に居合わせていないので、本当のところは承知していない。今で言うところのフェイク・ニュースかもしれないので、曖昧な表現になります。もし小生の記憶違い、或いは誤認識でしたらお詫びします。して、その小話とは:

    掃海部隊の入港(帰国)に際し

    1.出迎え時に「軍艦マーチ(行進曲「軍艦」)」は演奏するな。

    2.帰国部隊は自衛艦旗(軍艦旗)を降ろして入港せよ。

    いずれも海上自衛隊が譲歩できる話ではない。もしこれを受け入れたら、自らの存在を否定したことになる。そしてそれは、我々の歴史において消せない汚点になる。実際は、音楽隊が軍艦マーチを奏でるなか、帰国部隊は自衛艦旗を掲げて意気揚々と岸壁に横付けした。

    尾びれ背びれが付いた話かもしれません。真偽はともあれ、当時の空気はそんなものだったと思います。今は昔です。

    これを要するに、徐々にではありますが、我が国も「普通の国」に近づきつつあるということでしょうか。

     

    と言いたいのですが、最近の災害派遣においてさえ「市民に軍服(迷彩柄の救命胴衣)を着せた」と、批判がましい声があったと仄聞します。これも実際に自分が聞いた声ではありませんので、事実関係については自信がない。しかし、もしこの話が事実であるならば、多様な中のごく一部の意見とは言え、国民(被災者)の生命をも無視した、もう滅茶苦茶な意見でお話にもなりません。

    日本という国が未来永劫(人類が生きている限り)この地球上に存在し、世界中の国や人々から尊敬を持って見られるには、一刻も早く「普通の国」になることが求められます。私がしばしば「普通の国に・・・」と発言すると目を丸くする人がいますが、こと国防に関しては、我が国は途上国であることを申し添えます。これ以上自衛隊を大きくしたいのか、と言われるかもしれませんが、ハード(兵力)の問題ではありません。国民のマインドのことです。ここが全ての原点です。

     

    この度の軍艦旗問題を土俵の外から垣間見て、このようなことを思った次第です。私の見方は何かしら自虐的に映るかもしれませんが、現実は冷静に見つめる必要があります。悪しからず。

     

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