雑草の如く

2019.07.04 Thursday

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    今回も生意気そうなタイトルで申し訳ありません。でも中身は軽いです(笑)

     

    以前に「母の日」と題するブログを公開しましたが、私は今、母(みたいなこと)をやっています。ご先祖が残してくれた土地(田んぼと畑)で、パパイヤなるものの栽培を始めて3年になります。100本ほどの子供たちです。 一本一本に表情がありとても可愛い。しかしにわか母ちゃんは毎年大ボケをこいて、子供たちに可哀そうな思いをさせています。

    初年度は親戚筋のプロの助言に従わず、台風や大水に備えた排水を準備していなかったため、多くの子供たちが台風一過溜まった雨水が熱湯となり根こそぎやられました。次年度(昨年)は前年の教訓に鑑みて( 本人はLessons Learned を活かしたつもり)、排水用の溝を作り、しっかり盛り土をして植え付けました。これで万全と思ったのですが、あに図らんやこの盛り土が裏目に出て、根がしっかりと大地に張ることができず、繰り返し襲ってきた台風によって何割かが風で倒されました。

     

    根と言えば、ちょっと横道にそれますが、先般北海道に旅した時にビックリ仰天のトマトを見ました。写真で分かるように水耕栽培です。説明してくれた女性職員によると、土は根が伸びるのを阻害するのだそうな。それを解決するため水耕栽培にする、即ち根を自由に伸ばせてやるとドンドン成長してたわわに実をつけるとのこと。昨年の11月末に蒔いた一粒の種から芽を出したトマトが、現在では下の写真のように成長して既に大量の実をつけていました。昨年の場合、種を蒔いて350日目(10月末日)が最終日で、一年間に計1万7千個の実をつけた由。一粒の種からですよ。エエエ〜なんとなΣ(・□・;。

    植物にとって最も重要な環境であり、栽培には必須要件だと思っていた土が、実は栄養を取り込む根の成長を阻害する要因にもなっていたとは。目から鱗でした。な〜んか考えさせられる一本のトマトでした。トマト恐るべし。「えこりん村」の知恵恐るべし。

     

    さて我が家業に戻って今年は三年目の浮気、じゃなかった三度目の正直、勿論盛り土は止めて地球(大地)にガッツリと植え付けました。植え付けの数か月前には、大量の堆肥を入れて土造りをしております。何故かと言いますと、使用している田んぼの半分は15年ほど前の大雨(大洪水)で流され、故に土地が大層痩せており、昨年はその辺りの成長が悪かったためです。よし!これで今年こそ準備万端、いけるぞと意気込んだ。でどうなった(so far)?

    4月の下旬に植え付けて10日ほど経つと、二倍の堆肥を投入したエリアの子供たちは何となく元気がありません。ハッと気が付いて、慌ててこの子たちを他の場所に移植したのですが、時遅く一部は根腐れを起こして逝ってしまいました。力を振り絞って何とか生きている子たちには、私なりに最大限の手を施しておりますが、子供を産むまでにリカバリーできるかどうか予断を許さない状況です。

    これを要するに、素人が詰めの甘い仕事をして毎回(毎年)失敗し、残念ながら未だ安定生産・安定供給には至っておりません。今年の失敗を子育てに例えるなら、離乳食になったばかりの赤ちゃんに「いきなりステーキ」をガンガン食べさせたような感じでしょうか。そりゃ消化不良を起こしますわな(後知恵ですが・・・)。

    それでもめげない「にわか農家」は、販路の拡大に余念がありません。或る訪問先の社長さんにこの話をすると、大笑いされました「未だ安定生産できてないってことですよね」。「出直してこい!」と顔に書いてあった。

     

    斯様に我がパパイヤ君はとてもナイーブで弱っちいのですが、対照的に周辺の雑草は大量の栄養(肥やし)をグイグイ吸収して、えらい勢いで成長しています。踏んだり蹴ったりで、泣くに泣けない状態です。でもそこで思ったのは、決して他人のせいにするわけではないのですが「元々雑草であった植物を、人間が都合のいいようにいじくり回して(品種改良)実を大きくしたり、できるだけ多くの実がなるようにしたり、或いは人間の口に合うように美味しい葉や根や果実にしてきた。その歴史と過程を通じて、本来その植物が持っている強いDNAを削ぎ落し、この子たちの体力を低下させているのではないのか・・・。これを人間(子ども)に当てはめてみると、栄養価が高い(と思われる)もの・美味しいものをドンドン食べさせ、子供の意志や性格そして能力に拘わらずお尻を叩いて塾や習い事に通わせ、そして腫物に触るように大事に大事に育て、少しでも偏差値の高い学校に行かせようとする。勿論、我が子の将来や幸せを願ってのことなのですが。この成長過程を通じて唯一受験という競争社会だけは経験するのですが、本来人間が持っている強さを後退させているのではないか。と思ったりするのです。ちょっと思考が飛躍しすぎてますか?

     

    別の視点:肥やしをやり過ぎた(栄養過多の)個所は別にして、全く同じ条件で同じ日に植え付けたにも拘わらず、それぞれ個々の成長には多かれ少なかれ違いが出てきます。私は同じ条件にしていると思ってやっているのですが、微妙に土の肥え(痩せ)具合や含まれているバクテリアなどが違っているのかもしれません。或いは、種や苗の出自(DNA)に関係するのかもしれない。おそらく、いろんな要素が複合的に組み合わさって個人差が出てくるのでしょう。斯くの如く農という業は、奥の深い仕事であることを痛感する今日この頃です。

     

    帰省している間はほぼ毎日、田畑や土手(岸)に生えている雑草と格闘(草刈り)します。夏場には1か月も放置すると、30センチほど伸びます。流石に昔のように鎌で刈ることは殆どありません。円盤の刃をエンジンで回転させる手持ちの草刈り機と、ゴルフ場で使っているような草刈り機を使っています。お陰様で最近、足腰や腕っぷしが少し強くなりました。農園経営(と言えるほどでもないですが)の副産物です。で草刈りを終えて、或いは休憩のために中断してズボンや上衣を見ると、雑草の実がいっぱいくっついてます。最初の頃はうっとうしくて嫌だなと思いつつ取っていたのですが、最近は「こんな雑草でも、何とか食らいついて子孫を残そうとしている。その姿が何とも健気で愛おしい」と思うようになりました。一年後には、この執念の雑草に手を焼くことになるのですが(笑)

     

    何方かが言っておられました「人間の究極の目的は子孫を残すこと」。然るべき機能と力(身体的+知的+精神的)がありながらそうしない(子孫を残そうとしない)生き方を選択する、即ち自然の摂理と神に反する(と私は思っています)動物は、霊長である人間だけなのではないかな。人間以外のあらゆる生き物は、子孫を残すために懸命に生きている。なかには、役目を果たすと息絶える種もある。人間は少しばかり賢くなり過ぎたのかな・・・?

    ま何れにしても、子供は雑草のように育つのが良いような気がする。名もない草のように、困難に食らいついて生きて欲しい。そして、神から頂いた生を全うして欲しいと思う。どんな人であっても、みんな等しくいつかは枯れていくんだよ。

     

     

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