Workaholic

2019.08.01 Thursday

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    突然ですが、一所懸命に働くのは何か間違ってますか? 一生懸命に働くってことは、可笑しいことでしょうか?

    この疑問に対する私なりの結論を急げば、世界に誇る日本人の高い民度は、とにかく懸命に働くことによって向上し維持されてきたし、今後もそうであって欲しいと思う。

    よく例に出されるのが、戦後の廃墟から立ち上がった奇跡の復興です。特に経済復興。「どこかに故郷の香を乗せて・・・」の世界です。完膚なきまでに叩かれながら、それでも立ち上がって、わき目もふらずに働いてきた結果です。中には負の成果や忘れ物もありますが。またご一新後の急速な発展や近代化は、勿論、日本の夜明けを牽引した先人の先見性に刮目すべきですが、基本的にはこの小さな列島に住む民衆、この国の民の「向上心と働く意欲」によって導かれたものでしょう。いくら将来を見越した立派な旗振りがいても、それに応じて汗をかく大衆がいなきゃ国家のゴール(国家目標)には届きません。

     

    小国民が最近の「働き方改革」と称する議論やこの国の昨今の風潮を危惧するのは、一生懸命に働くことが何か「悪いことをしている=悪」みたいな空気があることです。多様な意見があってもいいと思いますが、国全体の大きな流れがそうなるのはちょっと危ない。大多数の国民がこぞって、「汗水流して働くなんてバカみたいだ」「アホらし」「そこそこに働いとけばいい」みたいな感覚になると、国の成長は頭打ちになるはず。勉強でも仕事でも、何をやったって同じ程度の潜在能力なら、他人(ひと)より努力した方が勝つにきまってます。

    直接的には本件とリンクしませんが、何年か前に過労死が大きな社会問題になりました。今だに、ちょくちょく同じような例が報道されます。生身の人間が体と頭を使って仕事をするわけですから、適正な労務管理は働く者にとって極めて重要です。でも過労死は、働くこと自体が主たる原因でもたらされるものではない。懸命に働くことが悪いのではなく、上司や管理者が部下に対して人間の肉体的・精神的な限界を超えてまで働くことを(半ば)強要すること、或いは自らの意志でそうする(過剰に働く)こと、またそういう環境や空気が職場で醸成されていることが間違っている、ということです。人間は機械(鉄人)ではないので、(一日)24時間働き続けることはできません。しかも辛抱できる限界は、人によってマチマチです。このような労務管理の問題を、日本人の美徳である「誠実・勤勉」と同列に扱ってはいけない。どうもそこを混同して議論しているような気がします。

     

    徹夜で仕事をするのは邪道、現役の時からそう思っています。仕事の効率が極めて悪い。そして、長期戦には絶対に耐えられない。でも日本人は「徹夜で頑張ること」が好きですよね。それが美しいことみたいに思っていて、徹夜で頑張ったと聞くと琴線に触れるものがある。しかしそんなことして、継続的に成果を出せるわけがないのです。私が見た限りアメリカ人(軍人)は、絶対にそんな仕事の仕方をしない。必ず仕事と休息・休養を交互に入れます。我々が一日(24時間)交替の当直を組むときには、彼らは半日交替とか8時間交代にする。日本人よりもずっと理に叶った、人間の生理を尊重したやり方です。日本人は拳を揚げて「頑張るぞ〜」みたいな、精神論や勢いで頑張ろうとしますが、彼らはあくまでも理論的に組み立てようとする。だから過労死なんてあり得ないわけです。その結果、日本は集中力があるので短期決戦には強いが、長期戦になると息が切れる。軍における労務管理の問題は、日本がアメリカに敗れた要因の一つだと思う。

    ただ、時には(ここぞという時には)ぶっ続けての仕事を余儀なくされることもあります。要するに、汗をかく人(作業者)に如何に効率よく、しかも快適に仕事をしてもらうか(させるか)を管理者は常に考えなければいけない。ゴールを明示することと適正な労務管理は、リーダーの必須要件です。

     

    ゴメン!言ってることが支離滅裂になってきたので、自分のことに話を転化します:

    と言いながら私は仕事が好きです・・・多分。目の前にある仕事自体が好きです。好きな仕事を選んでやっているから、ということもあるかもしれません。仕事をすること、即ち体を使って(ほんのチョビット頭も使って)行動し、その成果物として何かが転がる(動きだす)ことが好きなんだと思います。汗をかいて何がしかでも良い結果が出ると、心が爽快になります。事の大小や得られるお金の額などは、あまり関係ありません。勿論、成果は大きいほど宜しい(笑)。しかし、ほんの些細なことであっても達成感ですね。そして生きがい。仕事の達成感と言うのは、何ものにも代えがたい。生きる喜び、生を実感すると言っても差し支えないと思います。だから大した事でなくても、全力投入する。私のこのような姿勢・生き方は、敵がどんなに小さなターゲットであっても執念を持ってせん滅を図る、ミリタリーの性(さが)かもしれません。

    大した努力をしてもないのに、成果が得られることが稀にあります。これはギャンブルで当てるようなもので、たとえ得られるものが大きくても心の喜びは小さい。やった〜と声には出るかもしれませんが、じわじわと来る心の満足感はありません。

    私の発想が、所謂ジコチュウ(自己中心的)であることは否定しません。僅かな名誉欲もあるでしょう。でも自己中だろうが何だろうが、些かでも社会に貢献できるのであればそれで宜しいがな。

     

    退役して多くの民間人と付き合い観察して分かったのですが、大きな仕事(ここでは取り扱う事業のレベルや金額を指します)をする人・できる人は常人とは着眼が違うんだよね。私のようにチマチマしたことなんか目標にしてない。パパイヤ1個が5百円で売れた〜みたいな(笑)。でもね汗をかいて得られたものは、たとえ小さくても達成感があるんですよ。私は日本の子供たち・地域の子供たちに、農を通じてそんな経験をさせたいと思っています。

    表題と全く関係ない話になっとる(笑)

     

    さてWorkaholic :日本語では「仕事中毒」とかあまり有り難くない訳をされますが、私が信頼する英英辞典でも次のように説明しているので、欧米でもいい言葉ではないようです。少なくとも尊敬されてる風情ではないですね。人間の尊厳を重視する欧米ですから、当然そういう見方になるのでしょう。

    A workaholic is a person who works most of the time and finds it difficult to stop working in order to do other things.

    それは分かる、でも素朴な疑問です。ノーベル賞を受賞するような研究者や金メダルを取ったオリンピック選手や世界的な大きなプロジェクトを成し遂げた人などなど、歴史に刻まれるような成果を出した人の、血がにじむような努力は当然のことながら世界中から称賛されます。でありながら一般庶民のこと(働きバチ)になると、何故素直に受け入れられないのだろう・・・?

     

    繰り返します。老兵(Old Sailor)が心配することでもないのですが、国民の一人ひとりが使命感を持って誠実に、一心に働くことを笑ったり否定したりしてると、いつかこの国は「日本」という国名ではなくなりますよ。よしんば生き延びても、二流国・三流国に落ちぶれてるはず。

     

    明日への向上心をなくした国、そして働く努力を忘れた民族や国に栄光はありません!

     

     

    【眦菁郢襪離フィシャル・サイト】

    http;//www.umihiro.jp

     

    博海堂

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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