海軍と日本

2019.07.18 Thursday

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    此処のところ少し時間があったので、『海軍と日本』(池田清:中公新書)を再読した。私はそれほど読書が好きではないし勉強も嫌いな方なので、同じ本に何回も目を通すことはまずない。しかしこの本と『戦艦大和ノ最期』(吉田満)だけは、折に触れて開いてみる。少し考えが違う所もあるが、この二冊は私のバイブルとも言える貴重な蔵書である。現役の時には、仕事に迷いが生じた時や、行くべき方向を見失いかけた時に紐解いた。

    著者の池田清さんは海軍兵学校73期、海軍中尉で終戦を迎え、戦後東京大学(法学部)に学んだ後、長年に亘り東北大学で教鞭を取られた政治学者である。

     

    恥ずかしながら、私がこの本の存在を知ったのは『戦艦大和ノ最期』に比べるとかなり遅い。平成9年(1997)、前年にノルウェーから帰国し練習艦隊(首席)幕僚の配置に就いていた。この年、練習艦隊が大阪に寄港した際に宝塚(歌劇団)の小林公平さんに、任官したばかりの初級士官に対する講話をお願いしていた。私も拝聴のお相伴にあずかり、後輩の最後列で話しを聴いた。小林さんは講演の中でこの本を紹介され、若い幹部に是非読むようにと勧められた。早速、一冊求めて出国前に一読した。小林さんご推薦の通り、とても示唆に富むものだった。不勉強でそれまでこの本の存在を知らず、不明を恥じるばかりであった。しかし仮に若い頃に読んでいても、手強くて中身を咀嚼するまでには至らなかったと思う。

    因みに、小林さんは海軍のご出身(海兵75期)で、そのご縁で海上自衛隊、特に練習艦隊は「宝塚」と懇意にさせて頂いている。練習艦隊は遠洋航海に出る前に、実習幹部を海洋と艦に慣らせるため(慣海性の涵養)内地(国内)巡航を行っており、大阪又は神戸には毎年寄港する。その際に催される地元の歓迎レセプションでは、「すみれのは〜な〜・・・♪」が会場に響き渡る。帝國海軍の遺産と縁は有り難いものである。音楽学校の躾けを含む教育には、海軍の伝統が反映されている(と仄聞する)。

     

    今回この本をひも解いたのは、近々のうちに地元で拙著『ソロモンに散った聯合艦隊参謀』の主人公、樋端久利雄について講演を行う予定があるので、もう一度自分の知識と考え方を整理したかったからである。拙著三冊に描いている私のものの見方や考え方は、多分にこの本『海軍と日本』と『戦艦大和ノ最期』の影響を受けている。とりわけ『ソロモンに散った聯合艦隊参謀』、即ち樋端さんの生涯は帝國海軍の勃興と衰退そして終焉に繋がるので、必然的に『海軍と日本』に重なるのである。

    大変生意気な言い方ではあるが、拙著『ソロモン・・・』で私が描こうとしたのは樋端さん個人の評伝だけではない。出来栄えは別にして、樋端さんの生涯を通じて縦糸に戦争と海軍を、横糸では時代に翻弄された軍人家族の愛、即ち「戦争と平和の意味」を問おうとした。しかしノンフィクションであることの制約もあり、にわか作家の付け焼刃ではゴールに届くはずもなかった。

     

    『海軍と日本』は、全編を通して帝國海軍の批判に満ち満ちている。これでもかこれでもかと、帝國海軍の組織や人の脆弱性、そして錯誤を抉り出している。あの米内さん(最後の海軍大臣)や山本(五十六)さん(聯合艦隊司令長官で戦死)とて例外ではない。この本が世に出た当時(昭和56年:1981)は、まだまだ海軍の諸先輩がご存命だったので、こと(帝國海軍滅亡の要因)の本質を突く著者に対する風当たりは強かったのではないか。それでいて池田さんの論考に、不快感や違和感を抱くことは全くない。この謂わば帝國海軍糾弾の書は、戦後の、国際情勢や世界の常識を顧みない歴史観や平和論とは明確に一線を画している。池田さんの長年に亘る研究と説得力ある筆致に加え、生き残ったが故に負う苦悩、そして帝國海軍に対する池田さんの思いが行間のそこここに読み取れるからである。弾の下をくぐった人はみな、生涯を通じて死と生の意味を問う。この本は、滅亡した帝國海軍と国難に殉じた戦友への鎮魂歌のように聞こえる。序文で彼は、自らの思いを次のように記している。

    ・・・海軍の身内にいたがゆえに、私の眼には部外者にない辛辣なものがあるかもしれない。本書を執筆しながら、私はこの海軍的体質をまぎれもなく私自身が備えていることにいや気がさした。むしろ沈黙するか、海軍を賛美するほうが、私にとっては容易であったろう。・・・

    現在の私自身も、彼の思いを共有している。

     

    本書の最後の項に、母校(香川県立三本松高等学校:旧制大川中学校)の大先輩である南原(繁)さん(元東大総長)と池田さんの対談(取材)が載せられている。「先生が海軍に期待したものは何だったのでしょうか?」の問いかけに南原さんは:

    ・・・陸軍の独走にブレーキをかけうる政治勢力は海軍しかいないというのが、当時の私の考えでした。だがこの期待は裏切られました。・・・昭和期の海軍は・・・せっかく先輩が築いた良識的な海軍の伝統を崩していったといえます。・・・

    もし樋端さんが生き残って戦後、同郷の士であり中学校の先輩でもある南原さんと膝を交えたならば、話はどのような展開になったであろうか? 片田舎の中学4年生にして、近い将来(20数年後)太平洋において日米両海軍が衝突すると看破した樋端さんの知性と、我が国の最高学府である東大総長の頭脳がどのように対峙するのか? 不謹慎ではあるが興味は尽きない。 

     

    この本の最後で著者は、次の言葉を残している。

    ・・・亡びたとはいえ、海軍の残した大きな遺産は、今後の日本の歴史の上にも影響してゆくことであろう。海軍はもっと長い目でみて、その真価がわかるのかもしれない。・・・

    翻って、帝國海軍の伝統や考え方をほぼそのまま受け継いだ新生海軍(海上自衛隊)は、幸い一度も戦火を交えることなく齢を重ね67年になる。あと10年経つと帝國海軍と肩(歳)を並べる。その時我々は、池田さんの問いかけや思いにどれだけ胸を張って応えることができるだろうか。これからの10年は、とても重要な十年になるような気がする。

     

    『海軍と日本』は教訓の宝庫であるが、中でも『此の一戦』(水野広徳)から引いた次の言葉は、今なお、そしておそらく将来も、万国に通じる真理である。

     国大といえども、戦いを好むときは必ず滅び、天下安しといえども、戦いを忘るる時は必ず危し。

     

     

    【眦菁郢襪離フィシャル・サイト】

    http;//www.umihiro.jp

     

    博海堂

     

    追伸 現役の頃、一度池田さんにお会いして話を聞きたいと思っていたが、忙しさにかまけて叶わなかった。会いたいと思う人がいれば、行きたいと思う所があれば、思い立ったその時が好機、万難を排して足を運ぶべきだと反省している。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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