学問と軍事

2019.08.29 Thursday

0

    ブログを書くときは、いつも意気込んで半ば楽しみながら書くのですが、今回は何とも気が重い。ならば書かなきゃエエんですが、性分ですからそうもいかん。他人様のことについて描くのは勇気が要ります。相手が山のように大きい場合には尚更です。

     

    今春、『夏の坂道』という本が世に出ております。我が母校(香川県立三本松高等学校:旧制大川中学校)の大先輩である南原繁さんをモデルにした長編の歴史小説です。小説という形ではありますが登場人物は実名であり、限りなくノンフィクション(評伝)に近い作品だと思います。東大総長を務められた南原さんは、母校の知性であり誇りです。我々後輩にとっては、まさに雲の上の人。この本は、全編を通して人間の愛(慈愛)が大きなテーマになっているとの印象を受けました。家族の愛、友だちの愛、教え子への愛など。南原さんご自身は勿論のこと、著者の知性が行間からほとばしるかのようです。人間の愛と同時に、時々の政局に直面する南原さんの戦いや、学問に対する苦悩が鮮烈に描かれています。素人の私が言うのも僭越ですが、素晴らしい作品だと思います。

     

    ではあるのですが、勇気を奮い起こして正直に言います。終戦前後、特に戦後の(国内政治)情勢に関するご意見や考察については、シンパシーを感じるところがなかった。軍事という、真理を追求する学問とはおよそ対極に位置する世界で生きてきたこともあり、母校の後輩でありながら南原さんの思想などについて勉強したことはありません。退役してから何回か、南原さんについて学ぶ勉強会に誘われたこともあるのですが、申し訳ないと思いつつ一度も参加したことはありません。大先輩の深層に近づきたいと言う思いはありましたが、何となく引っかかるものがあり気が進まなかったのです。世に有名な、吉田(茂)総理との論争も腰が引ける一因ではありますが、敢えて言えば私の直感です。

    ですから、この本に描かれていること即ち、南原さんを通じて著者が世に問うておられることが、南原さんご自身の深い思索の結果=南原哲学なのか、或いは著者のお考えなのかを峻別する知識を持ち合わせておりません。おそらくは前者であり、そして後者でもあるのではないかと推察しております。でなければ、実名入りの物語にはならないと思います。

    この本は「小説」となっております。ですが読んだ人は、(多少の創作があるとは感じても)作り話だとは誰も思わないでしょう。歴史上の人物や群像、例えば宮本武蔵にしても坂本龍馬にしても忠臣蔵にしても、或いは秋山真之にしても山本五十六にしても、誰かが描いた平易な読み物や映像を通じて、庶民は自分なりの「その人(ひと)像」を頭の中に作り上げます。一般大衆が偉人の一次資料に、直接触れることはまずありませんから。そういう意味において、小説家や脚本家の力は大変大きい。従ってそれがまた、後世の町おこしなどに利用(活用)されたりするわけです。

     

    読後に感じたところを述べます。何か所か違和感を持ったところがありますが、次の一点は専門領域でもありますので、浅学を顧みず思うところを開陳します。

     

    戦後の再軍備について:少し長くなりますが転写します(下線は筆者)。

    ・・・世界諸国が戦争を放棄し平和の秩序を作ったとしても、それを破壊する行為はときに出現するだろう。だからそれを抑止する国際共同の武力あってもいい。だがそれはこれまでの各国の軍備とは完全に異なる観点に立っていなければならない。それがすなわち世界の秩序違反を抑止する国際警察行為である。・・・人類は水爆を生み出し、もはや戦争が不可能となった今、警察という概念を超える軍備は不要である。人類の戦争はたった一発の水爆でケリが付いてしまうからだ。そして自衛のための軍備にはおのずと程度と限界がある。日本では戦後間もなく作られた警察予備隊が保安隊へと発展し、現在は自衛隊となっているが、保安隊のレベルでとどめておくべきだ。・・・

     

    人類は「(大量殺戮兵器である)水爆を手にしたので戦争はなくなる」と考えるのは、これ(原爆)が出現した直後であれば、人間の心理としては大いに理解できますが、今日に至ってもそう理解するのは短絡に過ぎないでしょうか。戦争はしてはいけない。国家間の問題を武力に訴えてはいけない。大量殺戮兵器を使用してはいけない。子や孫や教え子を戦場に送りたくない。そのとおりです。誰だってそう思う。しかし人間が生きていく以上、人間の本質を無視することができないのも冷厳な事実です。一人の人間であれば孤高の人は或る意味美しいし、本人さえ納得しておれば、そして他人に迷惑さえかけなければ、誰に何と言われようと何と思われようが「我が道を行く」で生きてゆけるでしょう。それが仮に、宇宙の真理であり人類の理想であったとしても、国の舵取りとなると極めて難しい。これだけ世界がグローバル化すると、今や一国だけで生きてゆくことは不可能です。

    人類は「原爆・水爆を手にしたので戦争は起きない」は幻想に過ぎません。第二次世界大戦以降の歴史と、今日の国際情勢がそれを証明しております。大量殺戮兵器であるが故に、紛争・戦争当事国や周辺諸国の絶対多数の国民が消滅するような使い方はしない。何百年に亘って、後世に禍根を残すような使い方もしないでしょう。人間はそこまで浅はかではないし、そこまで暴力的・破壊的でもないと思う。

     

    翻って第一次・第二次世界大戦のような、多くの国を巻き込んだ大戦争が起きる可能性は、ゼロではないが蓋然性としては低い。だからと言って戦争がなくなるかと言えば、全く逆の結果になるはずです。例えば東西の冷戦時には、戦争や紛争は意外と少なかったが、冷戦の終結と同時に世界中のいたるところで煙が上がり始めました。米ソの冷戦というカッチリしたタガ(枠組み)が外れたわけです。斯様に人間が人間である限り、残念ながら戦争や紛争は無くならないと私は思っています。ただこれからの戦争は、戦争か紛争か小競り合いか、明確には峻別できない形で起きる可能性が大きい。状況によってはテロ組織のような、戦う相手が国ではないかもしれません。有事でもない平時でもない、グレーゾーンと言われる領域です。

     

    例を挙げます。現在、我が国との関係がとてもおかしなことになっている隣国の某が、日本の領土である竹島を何十年に亘って不法に占拠しています。北方四島もそうです。ですが今もって、相手国との戦争や武力紛争には至っておりません。なぜか? それは単に、我が国が抑制的であったからです。日本の能力(ハード&ソフト)の問題もあります。この能力には「意志」を含みます。もしこれが逆の立場であったなら、違った形になっているはずです。この島々をめぐる権益が将来どうなるのか、我が国の展望は見えないまま今日に至っています。小さな島の一つくらい手放してもエエがな、と安易に考えてはいけない。海面にほんの少し顔を出している岩礁でも、そこには大変な権益や戦略的な価値が包含されています。この二件とも、どこかで問題を解決しない限り、後世に後世にとツケを回すことになります。

     

    もう一例:近い将来、虎視眈々と太平洋の覇権を狙っている、どこやらの国が尖閣に上陸して居座ったとします。その時、日本はどう出るか? 我々は北方四島と竹島で何を学習したか? 現下の国際情勢から何を学んでいるか? もしこれを放置すれば、日本の地図の色や国境線やEEZ(排他的経済水域)がどんどん変わっていく(縮小する)のは自明です。国が小さくなるだけで済む問題ではありません。この国の歴史や言葉や文化が消滅する(ことさえあり得る)。何としてでも国を護るという強い意志を内外に示さない国、示すことができない国は蚕食の憂き目にあいます。鉄の女と言われたイギリスのサッチャー首相は、自国の領土が侵されたとの報に接するや、直ちに大艦隊を派遣してこれを奪還しました。王子もヘリコプターのパイロットとして参戦しました。国家の権益を護る、国民の生命財産を護るというのはそういうことです。決心決断の裏付けとなる軍事力は勿論必要ですが、むしろ為政者と国民の覚悟の問題です。

     

    では多様な形の戦争や紛争に備えて、国家としてどの程度の軍事力が必要なのか? 難しい問題ですが、一言で言えば我が国の国力と同盟国の力を勘案し、取り巻く情勢に応じた軍事力です。何を持って、日本の国防力は「保安隊のレベルでいい」と言えるのか? その意味するところを、具体的に知りたいと思う。

    「警察という概念の枠内での軍隊」:警察と軍隊の本質は全く違います。いずれも国家が独占している「力」ですが、犯罪の防止 & 治安の維持と、国権の発動としての武力の行使を同列に扱うことはできません。自衛隊の出自が警察予備隊であるから、しばらく警察予備隊と呼んだことから、広く国民の間でこのような誤解が生まれたのでしょうか。文字通り読めば警察のリザーブ(予備)ですから。

    戦後、教育の場から「軍事」を排除したことも、国民の国防・軍事音痴を助長しています。国の生存という根幹に関わることを、この国の将来を担う青少年に教えない。普通の国ではあり得ないことです。子供がヨチヨチ歩きで外に出だすと、道路を横断するときには「右見て、左見て、もう一回右見て。OK GO」って教えます。親の務めとして。如何にして危険要因を排除し自分を守るか、これを教えるのは親の義務であり、広くは大人の義務です。戦争中は「敵性言葉」だとして英語を教えなかった。これが如何に愚策であったか、今では小学生でも分かります。

     

    創設時の規模はどんなに小さくてもいい、よしんば警察力より小さくても構わん。最初から陸海空軍と呼んでおれば、或いは早い段階で軌道修正しておれば、このような誤解は生じなかったかもしれません。たった一隻の小さなパトロール・ボートしかなくても、旭日旗を揚げて「新生日本海軍の旗艦」だと言うべきだった。最初にボタンを掛け違えるとこうなる訳ですが、ただ国内の情勢がそれを許さなかったのですから、今頃それを言っても詮無いことではあります。問題は今後です。

     

    北欧で大使館勤務をしていた時、(任国の)国際問題研究所に勤務する気鋭の研究員と懇意にしておりました。私の交友を聞きつけた大使が、次のように言ってくれたことをよく覚えております。「武官、それ(研究員との交流や意見交換)は大変良いことです。彼らが今考えていることが、直ぐにこの国の政策に反映されるとは限りませんが、十年後、二十年後に国家の方針や政策になることがあります。従って、今彼らが考えていることは、この国の将来を占う上で貴重な情報源になります」。大学の教員には教育と研究の二つの役割があります。単なる研究員に比して、その責任はより重いと思う。官僚は今日・明日の案件処理に奔走するので、ともすれば長期的な視点を見失いがちですが、学者や研究員は専門的な視点で物事を掘り下げる。と同時に俯瞰して、行くべき方向を見出す時間と心の余裕があります。

    真理を探求する高邁な学問・学識が、美しい理論や概念のままで終わることなく、人類のため日本のために、より良い形で具現化されることを切に願うものです。

     

    【眦菁郢襪離フィシャル・サイト】

    http;//www.umihiro.jp

     

    博海堂

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    コメント
    コメントする