「国民の覚醒を希う」

2019.10.10 Thursday

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    表題『国民の覚醒を希(ねが)う』は本のタイトルです。描かれた方は「三好達(とおる)」さん。なぜ僭越にも「さん」づけなのか? それは、以前のブログで説明したように海軍の先輩だから。だからといっても、とても恐れ多いことです。三好さんは海軍兵学校75期。75期は昭和20年8月15日後の卒業であり兵学校最後の卒業生です。ご卒業後、東京大学(法学部)に学ばれて司法の道に進み、三権の長のひとりである最高裁判所長官まで上り詰められた方です。退官後は「日本会議」に迎えられ、長年に亘り会長として同会議を牽引されました。何事にも筋を通す、文字通り筋金入りの長官です。

     

    なぜ今その方のご著書かと言いますと:8月に郷里で樋端(久利雄)さんについて講演をしましたが、講演を聴かれた或るご夫妻(母校三本松高等学校の後輩)から「再度(小生に)会って話が聴きたい」とのご希望があり、後日お会いした際にこの本『国民の覚醒を希う』を頂戴しました。ご夫妻は愛媛県に住んでおられ、小生に会うために愛媛大学で学んでいる娘さんも帯同し、高速を飛ばして讃岐まで来られた由。有り難いことです。日本会議に関係しておられる方でした。

     

    実はこれまで、日本会議に良い印象を持っておりませんでした。不明を恥じるばかりですが、大して調査・情報収集をすることもなく、正直この組織は「強烈な右巻き(ウルトラ・ライト)」だと思っていたからです。申し訳ありません。以前に「レッテル」と題してブログを書いているのですが、多分に私もその傾向があります。不勉強というのは恐ろしいものです。と言いますのも、昔から「右翼(極右翼)」が大嫌いでして、特にあの街宣車で軍歌を大音響で流しながら、街中を走りまわる集団には何のシンパシーも感じません。彼らが標榜する愛国心は、似非愛国心だと思っています。

    話は逸れますが、拙著「指揮官の条件」には”愛国心で国を守ることはできない”と描いております。これについて少し補足(言い訳)しますと、それ(愛国心)は国防に携わる者の基本中の基本であり、戦闘員の基盤だと認識しています。愛国心で国を守ることはできないの意味は、キャッチフレーズで部隊を率いるのは危ないということです。戦闘においては、指揮官は常に冷静に判断すること、そして部隊には敵に勝る実力が求められます。象徴的に旗は重要ですが、気合で戦争には勝てない。金科玉条は人心(戦闘員を含む)を一つの方向に向けるとき、有効な手段の一つではありますが長続きはしない。そして方向を間違うと、使いようによっては下克上の温床にもなりかねない。だから、left wing の「憲法9条〜死守!」みたいなのも、聞いただけで寒気がします。右か左かの違いはあっても手法は同じですから。

     

    さて三好さんの『国民の覚醒を希う』ですが、全編を通じてご意見やお考えを共有できるところが多々ありました。ただ僭越ではありますが、国防(海上防衛)の最前線で生きてきた人間として、全く手放しでということではありません。まその内容はともかく、400頁にも及ぶ大作でありながら難しい表現が殆どありません。法律用語などは使用されておらず、普通の日本人の国語力で十分に読み・理解することができます。私などは表現力が乏しいためについつい専門(軍事)用語を使いがちですが、本物は違うってことでしょう。最高裁判所長官という経歴の記載がなければ、まさか三権の長が描かれた文章だとは誰も思わないはず。それほど平易で分かり易く描かれています。お陰様で頭の整理ができました。

    本の中にもしばしば出てくるのですが、著者(三好さん)の根っこには、江田島(海軍兵学校)で受けた教育があるような気がします。終戦間際に海軍が優秀な少年を江田島にかき集めたのは、まさに慧眼だったと思います。余談ですが、この本には兵学校生徒時代の校長井上(成美)さんがしばしば登場します。その井上さんが(この本の中でも)痛烈に批判しているのが、島田繁太郎さん(元海軍大臣、海兵32期)です。しかし、拙著『ソロモンに散った聯合艦隊参謀』に描いておりますが、大東亜戦争の末期、陸軍の動員計画に対抗(対応)して、海軍兵学校に優秀な人材を集めた(囲った)のは島田大臣の功績です。人間には誰だって光と影があるのです。異論もあろうかと思いますが、強烈な個性を持っておられる帝國海軍最後の大将、井上さんも例外ではないと思っています。

    どれほどの時代考証をしたのかは知りませんが、映画「アルキメデスの大戦」でも橋爪功さんが演じる島田さんは山本(五十六)さんに対峙する、謂わば悪役として描かれています。大衆にとっては楽しいエンターテイメントではありますが、島田さんの親類縁者が面白いはずがない。こうやって人物像が造られていきます。フィクションだと言い逃れはできますが、実名を出す以上は事実関係に正確を期する必要があると思う。島田大臣ではありませんが、軍令部総長・海軍大臣を務められた元海軍高官の末裔(私の友人)が一度だけ言ったことがあります。「戦後、我が一族は一切口を閉じました」。自己反省をも含めますが、レッテルは本当に怖い。

     

    この本で三好さんが繰り返し言っておられるのは、大きくは憲法(改正)、皇室、編◆△修靴洞軌蕁焚革)です。この本のために書き下ろされたものの他に、各行事における挨拶や対談も収められてありますので、何度も三好さんのお考えを復習することができます。特に「戦後の教育」に関しては私も全く同じ認識であり、とても意を強くした次第です。

    とにかく、一日も早く子供たちの教育を何とかしないと、この国の将来は本当に危ない。今の日本社会は親殺しあり子殺し有など、何でもありで既にガタガタになっています。と言って、学校の先生だけにその責任を押し付けるのは筋違いです。直接子供の教育に関わる親や先生がその主たる責任を負うのは当然ですが、日本国民の大人みんなの問題だと認識しなければいけない。現在の先生たちは、或る意味戦後教育の犠牲者でもある、というのが私の認識です。三好さんが言う「国民の覚醒を希う」には、そういう思いも込められていると理解しました。私は教育から始める日本の世直し、坂本龍馬が言う「この国の洗濯」には50年かかると思っています。その時には地球上に私は存在しないでしょうが、日本が普通の国になる前に、大きな事案(国家存亡の危機)がなければいいのですが・・・。敵は待ってくれませんし、こちらの都合に合わせてくれることもありません。間隙を縫って弱点を突くのは、戦闘の基本です。

    絶対多数の日本人が、国家や国民の生存に無関心であることが最大の問題です。国防や軍事について、ホッカムリを続ける政治にも大きな責任があります。

     

    本の中に小野田寛郎さんと三好さんの対談が収録されております。小野田さんの次の発言は重い。

    ***島(ルバング島)から日本に帰って来て、新しい憲法だと手にしたら、最初に今おっしゃった前文でしょう。それを見て、ああもうだめだと思いました。根本から間違っています。自分の命を他人に預けるというのは命を放棄したも同然ですよ。・・・ですから私はそれ以来、憲法は一度も見てません。***

    小野田さんが言う前文とは、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」を指します。これほど国民に対して無責任な憲法はない(と私は思う)。国家・国民が生きていく上で根幹となる自らの守り・護りを、(平和を愛する?)諸外国に丸投げしているわけですから。「世界中の平和を愛する皆さん、無防備の私を護って下さい。私自身は自らを護る努力はしません」ってな解釈になりますか。そもそも自分が如何に決意しようとしまいと、もし近隣諸国等に公正でもなく信義もない国があったら、この国の決意の大前提が崩れたことになりますよ。恐ろしいことです。

     

    如何でしょうか・・・

     

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