ボンビーおやじ II

2018.05.24 Thursday

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    古い話で恐縮です。歳が寄ると昔のことしか発想が湧いてこんのです。

     

    先日、友人と懇談していてカバンから、おもむろに年代物の手帳(ビジネス・ダイアリー)を持ち出したところ大層驚かれました。あまりの汚さに(笑)。

     

    平成5年(1993)の夏、勇躍成田を発って北欧(ノルウェー)に向かいました。如何せん田舎者ですから、出国前の数か月間は海外赴任(大使館勤務)の準備に追われました。大借金して色々なものを購入したのですが、その中の一つに黒革の手帳ならぬ、黒いレザー張りのビジネス・ダイアリーがあります。ブランド(というほどのものではありませんが)は、チエコサク(CHIEKO SAKU)だったと記憶しています。大きさは6穴のB6サイズ。恥ずかしながら、この手帳を今も使ってます。良いものは何年たってもいいのです。3年間の海外勤務を終え、帰国してからもずっと使ってます。今年が平成30年だから、実に25年物の手帳です。この手帳は私と共に四半世紀を生きてきた、謂わば同志でありお宝でもあります。

    正確に言いますと、この間に3年ほど浮気をしました。スマホを購入してからは、それでスケジュール管理をしていたのです。その時はダイアリーに比べて便利だと思ったのです。いや本当は他の人がそうしているのを見て、メモを持たない生活がちょっとカッコよさそうに見えた(笑)。もうメモ帳やペンなど持ち歩く時代じゃないよ、これ(スマホ)ひとつで何でもできるんだ。って周りの人たちにさんざんホラ吹いてました。

     

    ところがところが、忘れもしない昨年の9月5日(火)、酒を飲んだ勢いで誤ってスケジュールを全件削除してしまった。酔いは一気に醒めて青くなりましよ。過去のデーターは諦めるにしても、問題は明日からの予定です。私は概ね半年先までの予定を計画し、随時これを修正し確定していく主義です。向こう1か月のスケジュールは何とか白髪頭に入っていたのですが、それでも曖昧なところやどうしても思い出さないものもあります。恥を忍んで会合の相手さんにお尋ねし、何とか行動計画を繋いでいきました。もし、お断りもなく参加していない会合などがありましたら、この場にてお詫びします。ゴメンナサイ。本当に情けないったらありゃしない。デジタルの危うさと怖さを痛感すると同時に、アナログの効用と必要性をつくづく感じました。どんなに科学が発達しても、人間はデジタルだけでは絶対に生きてゆけない。そして翌日9月6日から先祖返りしたってわけ。何やっとんじゃ、恥ずかしい65歳(当時)。

     

    しかしボンビーおやじの偉いところは、そんなことでメゲナイって言うよりも頭の切り替えが早いこと。更には、手帳の中身(用紙)です。再開が9月ですから、当年度分のカレンダーなど売ってるはずがありません。そこで、所謂定型のメモ用紙(横線の入っただけのもの)のストックが大量にあったので、これを利用して自分でカレンダー(ダイアリー)を作成しました。曜日などを間違えないよう、スマホのカレンダー見ながら(笑)。なに簡単、月日と曜日を入れるだけです。勿論、今年もお手製のダイアリーを使ってますよ。向こう4〜5年分は用紙があります。手書きでカレンダー作るのって楽しいですよ。

    下の写真は25年物のCHIEKO SAKU。黒革からまだらのグレーになってしまいましたが、ここまで使うと作製した人も嬉しいでしょうね。ミキハウスから感謝状が来そうだ(笑)。私のことですから、あと5年や10年は使うと思います。この世におれば・・・ですが。

     

    もひとつ行きましょうか!

    ここ半年間でおよそ5キロ体重が落ちたお陰で、若い頃に求めた古いパンツ(ズボン)やスウェット・シャツ(トレーナー)、ブレザーや背広などが余裕で着れるようになりました。ただ残念なことが二点あります。一つ目はベルトの穴が足りなくなって、ベルトをしてもフラフープ状態になったこと。これは元の方を切って調整しました。次は、30年ほど前と現在ではかなり流行りの型が違っていること。今時は、ゆったりしたパンツやパンタロン風のズボンを履いてると、如何にもおっちゃん的でダサく見られるらしい。私はまさしくおっちゃんだし、むしろお爺さんの領域に入りそうなので一向に気にならないのですが、「折角シュッとしたのだから、顔だってまぁまぁなんだから(とは誰も言わないですが)細身のパンツをはいてはどうか」って言う人もいます。

    まそれはどうでもエエんですが、昔、乏しい予算を無理して購入した良質のもの、例えばバーバリーのブレザーなんかはやはりいいですね。型が古くてもまたそれがいいし、着用して全く違和感がない。女性がお祖母さんやお母さんのお召し物を着こなす、ってのはとても粋でカッコいいですよね。そんな感じかな。着るもの身に着けるものは、必ずしもブランド品には限らないですが、質の良いものを求めた方がいいと思う。結局それがシマツ(節約・倹約)になるし、高価なものは長く大切に使うので、おそらく子供や孫が使ってくれます。居なくなった途端にゴミに出されれば、それはあなたの人徳(笑)。それだけの人間だった、ってこと。

     

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    博海堂

     

    追伸 つい最近、誤って削除したデータなどは、簡単に復元できることを知りました。上手くできてるもんですね〜デジタル。同時にちょっと怖い。なので、スケジュール管理は今後ともアナログで行きます。朝起きて「今日は〇月〇〇日〇曜日」をカレンダーで確認整合し、黒革の手帳にチェックを入れるのが楽しい。本当はそうでもしなければ、毎日が日曜日の年寄りには「今日が何月何日何曜日」なのか分からないのです(笑)

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    指揮官は仕事をするな

    2018.05.03 Thursday

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      数年前に『指揮官の条件』(講談社現代新書)と題して、リーダー特に武力集団における指揮官の在り方について世に問いました。私なりの一区切り、或いは四十年にわたる勤務の集大成ではありましたが、読者から厳しいご指摘も頂きました。私が言いたいことは、この本でほぼ網羅しているのですが、振り返ってみますと言い尽くせていないところも散見され、後知恵もあります。それらを追補として、何回かに分けて描いてみたいと思っています。

       

      まずは「指揮官は仕事をしてはいけない」から。同じようなタイトルの本が出ているようですが、全く目にしておりませんので一部考え方が重なるかもしれません。

       

      現在の私のように、所謂「おひとり社長」の場合には営業から経理まで、はたまた車の運転からコピー作成まで全て一人で汗をかかなければいけないことは自明です。私が言うのは心構えの問題ですから、小さな組織や個人営業の方にも通じるところがあると思います。「仕事をしてはいけない」の意味は、勿論「仕事をしなくていい」ではありませんし、社長はハンコだけ押してくれればいいということでもありません。「しなくていい」のではなく、「してはいけない」のです。似たような言葉ですが、この違いは大きいですよ。

       

      若い頃から仕事一筋で生きてきた人が犯しがちな失敗は、部下の仕事の内容が分かっているだけに、下の人たちの仕事に口を出すこと。上司が部下の仕事の内容ややり方を分かっているのは、ごく当たり前のことであり何ら自慢にもなりません。期限のある仕事やスピードが求められる案件については、時には指導も必要ですが基本的には部下に任せるべき。口を出すにしても、助言する程度に抑える。間違っても「もういい、俺がやる!」なんて言って、部下の仕事を取り上げてはいけない。それでは、部下のやる気を削ぎますし部下は育ちません。リーダーには「待つ勇気」も必要です。待てない上司の多くは、自分に自信がないからです。年中「ああ忙しい、いそがしい」って言ってる人(上司)は結構います。失礼ですが何のこたぁない、自分で自分を忙しくさせてるだけ。それで、俺は(私は)こんなに仕事してるんだと自己満足している。こういう人は多分、スタッフとしては優秀だけど指揮官としてはバツです。周りの人はよく観てますから、この手の人は汗をかいている割にはあまり評価されない(ことが多い)。

       

      仕事人は指揮官タイプと参謀タイプに分かれます。その時の立場(配置)に応じて両方ともこなせればいいのですが、その人の性格も関係するのでなかなか難しい。唯一の自己修正法は、自分がどちらのタイプであるのかを自分自身が認識する・認識できること。そして、どちらもこなせるように努めることです。私の場合、能力や性格を意識して努力はしていたけれど、自分で納得できるほどの成果は得られませんでした。私がどちらのタイプに属するかは、想像にお任せします。言わなくても、日頃の言動で分かるか(笑)

       

      朝一番で部下の報告を聞き、要すれば助言を与えると同時に今後の方向を示す。はっきり言えば、これで社長(リーダー)の一日の仕事の半分は終わり。あとの時間は、部下が戦争(ドンパチ:仕事)をやっている間に、ゆっくりとコーヒーでも飲みながら、地球儀を眺めて戦略を考える。この地球儀と言うのがミソですよ。そして残った時間で、組織がうまく転がっているかどうかを確認する。時々います、30分も1時間も部下を机の前に立たせて、温かいご指導をされる方。部下はみんな思ってる「ばかじゃん」。そう思っていた部下が、年を経て上司の立場になると同じことをする。人間ってのは、なかなか学習しない動物らしい。

      リーダーには、部下の仕事・成果物を「待つ心の余裕」が求められる。カリカリしている人は、間違いなく余裕がない。これは、どんな立場の人、どんな場合にも言えます。例えば夫婦喧嘩でもそうです。余裕を持ってカリカリできれば、それは大したもんですが未だ見たことがありません。

       

      指揮官は自分の責任の範囲内で部下に仕事を任せ、その仕事振りをウォッチして、必要な時に適正な指示を与える。それが役割ですが、必ずしもそうでないとき(例外)もある。それは緊急事態のとき。私は艦乗り(ふなのり)ですので、艦で例えてみます。

      部下が操艦しているときに、どこからか本艦をめがけてミサイル飛んできた。或いは、他の船とぶつかりそうになった。若しくは、何らかの理由で乗員の命が奪われそうになった、などなど。そういう時には、躊躇することなく、間髪を置かず艦長が自ら仕事をする。「おもかじ・いっぱ〜〜い(面舵一杯)、さいだい・せんそ〜く(最大戦速)」。号令の中身じゃないですよ。これは例えでありイメージです。因みに、私は今でもこの「面舵一杯、最大戦速!」という言葉が大好きです。もし、東日本大震災のときに私が洋上にいたなら、間違いなくこの号令を発した。

      平たく言えば、艦長が全力をもって危機の回避に努めるということ。これが基本。要するに、どんな組織であっても、緊急時には指揮官自らが敢然と、持てる限りの力をもって指揮を執り組織や部下を守る。リーダーに求められるのは、そこしかない。あとは鼻提灯で宜しい。

      組織を守るという言い方は、誤解を与えかねないですね。問題になっている〇〇省みたいな、所謂「組織防衛」のことではありません。国を護るということです。念のため。

       

      もう一点、敢えて言えば、部下が失敗したときには自らの責任を明らかにすること。部下の失敗から逃げないこと。部下の仕事上の失敗は、間違いなく業務(仕事)を委任している上司の責任でもある。指揮系統(ツリー)上、何段階上の上司に責任が及ぶかは事の重大性や内容によりますが、少なくとも一次監督者(直近上位)が責任を逃れることはない。仮に部下の背信行為であったにせよ、対外的には、変な言い方だが毅然としてお詫びする。「出来の悪い部下が穴をあけまして・・・」などと、グダグダ言ってはだめ。自分がやったこととして対応する。部下の仕事は自分の仕事でもあるわけで、ごく当たり前のことです。

       

      やや厳しい表現になりましたが、私はそのように思っています。

       

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