自立とはなんぞな?

2017.05.18 Thursday

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    およそ40年間、防衛省・自衛隊という大きな枠組みの中で、誤解を恐れずに言えば、ある意味庇護された世界で生きてきました。そして、その後の数年間も、民間会社の碌を食む生活をさせて頂きました。本当に有り難い人生でした。もう終わったような言い方やな(笑)

    And then、ついに年金生活に入りました。いよいよ、誰も助けてくれんぞ。そんなこたぁないのですが、少なくとも経済的には、死ぬまで自分の足でこの体重を支えなければならない。生まれてこの方、初めて、本当の意味で自立を求められている。という、大変厳しい現実に直面している。ちょっと考え過ぎかな・・・。

     

    では、65歳になって自分の何か変わったか?

    私は酒はほとんどやりません。全く飲まないということではないのですが、そもそもキャパが小さい。アタッシェ(駐在武官)は通称 eattache と揶揄されるように、食べてなんぼ・飲んでなんぼの日常で、練習の機会は随分あったのですが、一向に酒は強くならんかった。横飯(外国人との食事)の時には、気が張っているのか結構飲んでも酔わなかった。周りの話についていくのが、やっとだったのかな(笑)。

    その代わりというのも何なのですが、甘いもんには目がなかったな。私の舌(即ち脳)の「美味しい・不味い」の物差しは、主として甘いか否かです(でした)。幼少時に砂糖は貴重品で、糖分を十分に摂れなかったことに起因するのかもしれません。従って、長じてからは、どれほど甘いものを口にしてきたことか。舌におもねる自分を、まエエかと思ってきたのですが、今回の自立を機に甘味を制限することにしました。別段、体調が悪いとか、肥満防止とかの理由ではありません。ま、なんとなくそれがええのんちゃうん、みたいな直感です。私はいつも、何ら科学的な裏付けのない直感で物事を転がします。糖分を完全に摂取しないというのは、現実には不可能ですし、体にも決していいことはないと思う。そこで、白砂糖・黒砂糖、とにかく砂糖を使ってできたもの、今風に言えばスイーツってやつですな。饅頭とかケーキとかお菓子とか、あるいはあま〜いジュースとか、これらを「極力」口にしないことにしました。あくまでも極力です。

    これは自分に課した変化。

     

    もう一点。今まで会社への通勤はJRを利用したため、最寄りの駅までは徒歩でおよそ15〜20分。従って、一日に歩く時間は往復でも30分程度でした。しかし、JRルートは東京に出るのに大回りで不経済、かつ時間もかかるので、これからは私鉄です。すると、駅まで25〜30分歩くことになる。この時間は、少しかったるいようにも思えますが、それは考え方次第で、健康管理には最適の距離だと思います。と言うよりも、そう思わないと歩く気がしないよ。ああよかった、ただで健康を買えたと思えば、なんら苦になりません。ただ、カフェなどで使用する(正確には遊ぶ)タブレットを持ち歩くので、65歳にしてバック・パッカーになりました。防大1年生の時に、陸上訓練で「背嚢(はいのう)」を背負って以来のことです。路上デヴュー当日は恥ずかしいような気がしましたが、今のトレンドですし、そもそもおじさんの背中なんか誰も見とりゃせん。これは私の環境が求める変化。

     

    という二つの変化が相乗効果を生み、体重があっという間に平均で1.5〜2.0キログラム落ちました。体型はほとんど変わってないので、おそらく体脂肪・内臓脂肪が落ちたと勝手な解釈。2キロ体重が減ると、歩いても軽くて快適やね。勿論、現役時代からやっている、朝20分間の筋トレは頑なに継続です。決して自分がストイックとは思わないのですが、やると決めたらやる、額に頑固印です。無味乾燥な人生って思われるかもしれんが、本人がよしとしてるのだから問題なし。ただ、周りに迷惑をかけない意志であればいいが・・・。

     

    かように、私の個人的な自立問題は、せいぜい家族に影響する程度なのですが、さて、この国の自立や如何に?

    以前のブログで、昭和27年4月28日(サンフランシスコ平和条約批准・発効の日)を、「本当の意味で日本が独立を果たした日」と表現しました。私がこの世に生を受けて、三日後のことです。そして早65年が経過し、今、日本は重要な岐路に立たされています。風雲急を告げる東アジア情勢の渦中にあって、今度は、本当の意味で国家の自立が求められています。内臓脂肪を落として、筋肉をつけるにはどうすればいいのか?

    昨今の、安倍総理や官邸の舵取りを「面舵いっぱ〜い!」と声高に喧伝する御仁もいますが、old sailor の私には、どう見ても「ふつ〜の国・ヨ〜ソロ〜」としか思えませんな。さて皆さんは、どっちに行きたいですか?

     

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    軍事(軍隊)の役割

    2017.05.04 Thursday

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      いつも、堅苦しいタイトルで申し訳ありません。無骨者です。

       

      「戦争とは他の手段をもってする政治の継続(延長)である」:この言葉は、国家戦略・軍事戦略の関係者であれば知らない人はいない、クラウゼヴィッツが残した言葉です。

      なぜ今、この言葉を持ち出すのか。

       

      先般、一部の国民が「戦争法案」と騒ぎ立てた安全保障法制に基づいて、海上自衛隊の艦が米艦を防護しました。実際は大層なオペレーションではなかったと推察しますが、今後の日米同盟を占う上で象徴的な作戦行動であったと思います。多くのメディアが報道したので、皆さんも目にされたでしょう。メディアは、国民に真実を知らせる使命を持っています。そして、ときには世論を啓蒙し、あるいは誘導する力も併せ持っている。そのことに、報道に携わる人たちは誇りを持っているはず。今回の護衛艦の行動に関する事実や報道を、多くの国民がどのように捉え、どのように見たのか。術(すべ)があるなら訊いてみたい。

      Old Sailor の私は、「やっと時代が我々の頭に追いついた」との思いです。もちろん、ここまで来るには、我々の先輩を始め多くの関係者の涙ぐましい努力と、現在の政治の強いリーダ一シップがあってのことです。

       

      アメリカが日本の同盟国であることは、中学生以上の人であればまず知っているでしょう。知らない人もおるかもしれんが。それほど日米同盟は、多くの日本人にとって「空気のような存在」になってしまったとも言える。ひとつの悲惨な例を示します。脅威を煽りたくて言うのじゃありません。でも、間違ってもこのようなことが起こって欲しくない。

       

      我が国にとって最悪のシナリオ:

      アメリカの軍艦と日本のイージス艦が、同一行動、あるいは直ぐ近くで行動しています。同盟国の海軍であり、このようなことは日常的にあります。さてこのとき、何処からか米艦に狙いを定めた、一発のミサイルが突然飛来した。この国籍不明の飛翔物体を、日本の高性能イージス・レーダーがいち早く捕捉。イージス艦は、速やかに米艦に通報する、と同時に自らも迎撃態勢をとる。しか〜しここで、我がイージス艦長は日本の交戦規定に照らして、あるいは法律があ〜だこ〜だで、「打て!」を下令できなかった、もしくは命令の時機を失した。と想定してください。不幸にも、このミサイルが米艦に命中した。そして、米艦は損傷し、数名〜数十名のアメリカ軍人が戦死した。

      このような事態が仮に起きたとしたら・・・この後、何がどうなる?

      この時点で・・・日米同盟はオワリ。かもしれん。でなくても、アメリカ国内では対日批判が轟々と沸き起こる。そして、米国政府は、日米同盟の再定義を余儀なくされる。それこそ、誰かが好んで使う「いつかきた道」。

       

      憂鬱になるので、話を変えます。少し時代は遡る。私が北欧でアタッシェをしていた頃のこと。

      東西の冷戦が終わり、東欧諸国や旧ソ連の衛星国は平和の配当を得た。バルト三国も、悲願の独立を果たした。バルトの人たちは、遠い昔から自分たちは西洋人だと思っています。そして、ソ連軍(ロシア軍)は撤退した。どのように撤退したか?象徴的なエピソードがある。こういうところで、その国の民度が分かります。彼らは建物の中にあるあらゆる物、机や椅子はもちろんのこと電話線まで持ち去った。後に残ったのは、持ち出せない建家(ビルディング)だけ。

      話が逸れました。独立したバルトが、まず最初に着手したのは何か。それは警察の編成。独立国家にとって、治安の維持は必須の要件です。そして、警察を組織して国内が少し落ち着くと、次に国軍の建設にかかった。私の任国であるノルウェーは、冷戦後のエストニアを支援してました。海軍の創設を助ける一環として、一隻の小さな哨戒艇(パトロール・ボート)を供与しました。親しい友人であるノルウェー国防省の課長は、笑いながら私に言ったものです。「彼ら(エストニア海軍)は、あのボートに海軍司令官の旗を掲げて旗艦にしてるんだよ」。私は、海上自衛隊草創期のことを想うと笑えなかった。

       

      何が言いたいのか。

      一国が独立を維持するということは、こういうことなんです。もちろん私の出自、即ち、かつて国防の最前線にいた者の視点です。憲法を錦の旗にして平和を維持することが出来るのであれば、これほど安上がりな国防はない。また、であれば世界中の国がやってるはず。しかし現実は、どんなに大きな国であっても、どんなに小さな国であっても、それぞれやり方は違うけど、国の独立と平和を維持して国民を守るために、国力が許す範囲で最大限の努力をしている。それが世界の常識です。

       

      長くなりましたが、ともあれ4月下旬は私にとって、とても重要な時期なのです。勝手に、そう思い込んでます。

      4月25日 小生の誕生日(昭和27年)

        26日 新生海軍(海上自衛隊)の誕生日(昭和27年)

        28日 サンフランシスコ平和条約の批准・発効=本当の意味で日本が独立を果たした日=新生日本の誕生日(昭和27年)

        29日 昭和天皇の誕生日(明治34年)

       

      海上自衛隊による米艦の防護、憲法記念日、そして私の年金生活開始が重なって、こんな話になってしまった。ご容赦ください。

      今夜も知恵熱が出そうだ。

       

       

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      多磨霊園

      2017.05.01 Monday

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        遅ればせながら、本日(5月1日)、拙著『ソロモンに散った聯合艦隊参謀』の出版を報告するため、多磨霊園に参りました。勿論、東郷さん、山本(五十六)さん、古賀さんの墓前でも手を合わせてきました。名誉霊域に眠っておられる三元帥の墓には、見るからに新しいお花が供えられています。霊園の管理の方が祀っておられるのでしょうか。あるいは、縁者や元帥を慕う人たちが、間を置かずにおいでになるのでしょうか。

         

        主人公である樋端さんのお墓に拙著をお供えして手を合わせ、やっとこさではありますが、形あるものにできたことを報告し、御礼を申し上げました。そして、「書きます」と同窓会で宣言してから、随分日が経ったことをお詫びしました。

        本は裏面を手前にしてお供えしました。恥ずかしながら、この意味(やりかた)は息子に教えてもらったものです。2年ほど前、前著が出版されたときは実家の仏壇にお供えしたのですが、この時私は、見栄えがいいように本の表(おもて)を手前にして祀りました。そろそろ向こうに行こうかという歳になっていながら、見栄え、即ち自分を中心に思考している。いつまでも成長しない人間です。これを見とがめた息子が言ったものです。「それじゃじ〜ちゃんが読めんだろう」。ほ〜長年私のスネをかじっている息子が、少し偉く見えた(笑)。

         

        樋端さんの墓から霊園の入口(正門)に向かって、散策しながら帰路を歩いている時、大変珍しい形のお墓がありました。過去に何回か訪れた時にも、気になっていた墓です。エジプトのピラミッドのような形で、大層立派なお墓です。墓の中央上部には、「八ツ山 國分家の墓」とあります。ただ、墓の周りはかなり荒れた様子。「ふ〜ん?」と通り過ぎようとした時、手前に立っている小さな立札(掲示板)に目が止まりました。正確には、掲示にある「小池百合子」の文字です。そっか〜、このお墓は小池さん縁(ゆかり)の墓なのか。どうりで立派だ。でも、待てよ。お花が供えられるでもなく、何となく様子がおかしいぞ。

         

        もう一度帰って、立札に書かれているものをよく見ると、次のような表示がありました(一部略)。

        ==================================

                  東京都からのお知らせ

         

        墓地整理のために無縁墳墓等について改葬することになりましたので、

        当該墓地使用者等、死亡者の縁故者および無縁墳墓等に関する権利を有

        する方は、本立札に掲載された日付の翌日から一年以内に下記連絡先に

        お申し出ください。

         なお、期日までにお申し出がない場合は、無縁墳墓として改葬するこ

        とになりますのでご承知ください。

         平成28年 9月30日

        ・・・・・(略)・・・・・

        1 改葬を行おうとする者 東京都新宿区西新宿2丁目8番1号

                     東京都知事  小池 百合子

        ・・・・・(略)・・・・・

        ==================================

        大変重要な告知なのですが、情けないことに、私の目を引いたのは小池さんの名前だけ。

         

        グダグダ書いておりますが、さてどなたか縁者の方はおいでにならないのでしょうか。期限はあと5ヶ月。当局が立札を出すほどですから、おそらく何年も訪れる人もなく、墓は荒れ放題だったのでしょう。墓石に風化の跡はほとんど見られないことから推察して、建立後百年もは経ってないでしょう。ホンマに何の手がかりもないのかな〜と思ったり。よほど管理事務所で、ことの仔細を訊いてみようかと思ったのですが、何の縁もないオヤジの余計なお節介と面倒がられるのも嫌なので、そのまま帰りました。

        墓の専有面積、大きさ、形状から判断して、かなり高額で建立されたことは間違いない。ただ、人間には、決して他人に触れて欲しくないこともある。そのことは、理解しなければならない。このように立派な墓ではあるけれども、親類縁者さんには、名乗り出たくない、あるいは名乗り出ることができない、何らかの理由があるかもしれない。人生はいろいろ。

         

        手持ちの辞書では、「改葬」を次のように説明しています。

        【一度ほうむった死体を、改めて他の所へほうむりなおすこと】

        この墓は、多磨霊園の「2区1種7側」の奥の方に位置します。
         

        昨今、墓の「しまい」(取り扱い)に苦慮する人が増えていると仄聞します。日本のよき文化や伝統を守りながら、しかし、今を生きている人が、その時代に応じた、そして自分のあとをも見透した、先祖の祀り方が求められている。残念ながら、現在の私は、何の答えも持ち合わせておりません。

         

        ちょっと今日は、しんみりと考えさせられる日でした。慣れんことすると、知恵熱が出そうだ。

         

         

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        人生の節目

        2017.04.25 Tuesday

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          私事で失礼します。

          本日(4月25日)をもって、年金生活に入りました。自慢じゃないですが、フルフルでいただきます(笑)。

           

          1ヶ月ほど前、大変驚いたことがあります。なんとなんと、市役所から介護保険証が送られてきました。なんで田舎のか〜ちゃんの保険証を、こっちの役所が送ってくるんや。しかも息子あてに。どうしてさぬき市役所じゃなくて、新座市役所なの???全く能天気な私です。

          開けてビックリ玉手箱、それは自分の保険証だった。いろいろ介護について説明したものが同封してあり、そして「大切に保管してください」と添えてありました。いや〜ついに、介護される側になったか〜。しばら〜く、立ち上がる気力を欠いてしまった。

           

          お国と、退役後にお世話になった会社から「ご苦労さんでした」と引導を渡されて、ちょっと表現が悪いね。労いの言葉をいただき、晴耕雨読の生活も捨てたもんじゃないかも・・・。と思ったりもする。幸い私には僻地の古里があり、両親が残してくれた(母は今も元気ですが)田地田畑と家があるので、そのような生活もやろうと思えばできる。本人と家人の胸三寸。

          でも、なかなかそうはいかんぞ。阻害要因は、ひとえに私自身のマインド。私は「死ぬまで働く派」です。子供らに迷惑をかけたくない。それが、現在のささやかな願望です。若い人や後輩の仕事を奪ってはいけないけど、この歳になっても自分に出来ること、社会貢献できることはないかと思いを巡らす。社会に貢献できて、ちょびっと小遣いが入れば、なおいい。ちょびっとです(笑)。

           

          捨てる神あれば(捨てられた訳ではないですが)、拾う神あり。郷里で推薦して下さる方があり、4月1日付で国立香川大学から客員教授の辞令をいただきました。国の機関から辞令を頂くのは、5年半ぶりです。有り難いことです。私には、制服を着た40年間の経験知しかないのですが、長尾省吾学長は「それこそが我々にとって貴重なのです」「その経験を早く学生や職員に話して欲しい」と言って下さいました。勿論、社交辞令であることは承知しておりますが、老兵を奮い立たせるに十分なお言葉でした。さて、old sailor の私になにができますやら。

          東讃(私の出身地である香川県の東部)地方の方言に、「なんがでっきょんな?」というのがあります。「何をしておいでですか?」という問いかけの場合と、単に「こんちわ」程度の挨拶としても使います。大阪の「儲かりまっか?」みたいなものかな。後者の場合には、通常「なんちゃでっきょらんで」と軽くいなします。

          さても辞令を頂いたからには、「なんちゃでっきょらん」では申し訳ないと思っています。

           

          現在、漠然と私の頭にある白写真(青写真にも至らない)は、ご先祖が残してくれた土地を、どのようにして有効活用するか。もう一つは、現在の日本の教育。このままいくと、日本人は人間として堕落するのではないか。国家観や歴史観を持たない大人、自分自身やこの国を誇りに思わない、思えない大人が加速度的に増大するのではないか。そんな大人に育てられる子供は・・・。

          浅学非才の私などが、心配することではないと思うのですが。先般、海上自衛隊の後輩に無理を言って、極々ひと握りの子供たちを「しらせ」に乗せてもらったのも、そのような思いがあったからです。

          ご先祖が残してくれた土地と、40年間駆け巡った母なる海と、そして子供たちがコラボできれば素晴らしい。

           

          そんなことを今、白髪頭でぼんやりと描いている。あとは時間との戦いだ(笑)。みなさん、宜しくお願いしま〜す。

           

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          人を育てる

          2017.04.20 Thursday

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            先日(4月14日)、久し振りにツアコンをやりました。

             

            具体的に言いますと、古巣である海上自衛隊にご無理を申し上げ、南極から帰ったばかりの砕氷艦「しらせ」に乗せていただきました。以前のブログにも書きましたが、「しらせ」は海上自衛隊で最も有名な艦(ふね)ですので、同艦が出国するときや帰国に際しては、多くの報道陣が晴海埠頭に駆けつけます。そして、テレビやラジオで出入港の様子などが報道されるのですが、まんずほとんどのキャスターは南極観測船しらせ・・・」と読み上げます。原稿がそうなってるのでしょう。当局が何度「砕氷艦です」と申し入れても、聞く耳をお持ちじゃないです。これはメディアの確信犯だな。

             

            スミマセン。今日は、それを言いたいわけではありません。「しらせ」ということで、つい話がそれました。

             

            その「しらせ」が任務を終えて帰国し、晴海から母港である横須賀に回航するときには、毎年、一般国民のために体験航海を行います。この航海に、子供たちを乗せたいと思ったのです。地球の果てから帰ってきたばかりの「ふね」に乗って、そのふねが持ち帰った氷に直接手を触れさせたい。実際に南極に行ってきた、隊員(乗員)と接して話をさせたい。勿論、体験航海には人数制限がありますので、海上自衛隊には小学生と親御さんのペアを15組お願いしたい、と要望しました。後輩諸氏は私の趣旨に賛同してくれて、私の我が儘を快く受け入れてくれました。海上自衛隊は、本当に素晴らしい組織です。

             

            私が「小学生」にフォーカスしたのは、これからの日本・将来の世界を担う、真っ白な子供たちを乗せたかったから。南極に行ってきた「ふね」に乗って、地球が丸いことを感じてほしい。南極の氷に触れて、地球の歴史や命を知ってもらいたい。勿論、小学生にそんなことが分かろうはずがありません。しかし、小学生の時に「しらせ」に乗って東京湾を航海した、ということは必ず頭に残る。それだけでいいのです。

            加えて、私には意地悪な思惑がありました。それは、4月14日の曜日にあります。当日は金曜日です。全国的に有名な、海上自衛隊の金カレ(金曜日のカレー)を食べさせたかった。???てなわけではありません。当日は金曜、これ即ち、この航海に参加する子供さんは、学校を休まなければいけない。親御さんは、子供の学校を休ませる必要がある。親たちが、これをどのようにハンドリングするのか。学校の授業と「しらせ」に乗ることの価値について、親御さんがどのような物差し(価値判断)を持っているか?それを見たかった。意地の悪い old sailor ですな(笑)。

             

            ある人を通じて、参加者を募りました。結果、いや〜集まりました。まず親御さんは、財団の理事長あり、大学教授あり、オリンピックのメダリストあり、有名なボクサーやカメラマンなどなど。多士済々。遠く四国松山から駆けつけた親子もありました。その子供ですから、どんなお子さんか想像もつこうもんです。「コラーそこ登っちゃダメだ!」目が離せない(笑)。艦上で弾けとりました。

            決して文科省に反旗を翻すわけではないのですが、結果的にはそういうことになる。文科省ゴメンナサイ、担任の先生スミマセン。しかし、子供たちにとっては、一生に一度のこと。手前味噌ではありますが、必ず生きた教育になる。と私は確信します。某君は、プロのカメラマンが貸してくれたデジカメで、素晴らしい写真や動画を撮りました。この子は、類いまれな感性と才能を持っている。

             

            東京湾のクルージングには、余録がありました。晴海を出港して暫くすると、横須賀に至る南北の航路は、羽田空港の航空路と交差します。3分〜5分おきに飛ぶ航空機を、手を伸ばせば届きそうな近距離の、真下から見ることができる。空飛ぶ鯨のお腹を見るのです。そりゃ〜迫力ありますよ。東京湾で操業している漁師さんにとっては日常ですが、一般人にとっては貴重な体験です。参加した小学生のなかから、将来パイロットが誕生するかも知れません。

             

            今回私は、法律違反(小学生に学校を休ませる)の扇動者だったかもしれない。とんでもないこと、と目を吊り上げてお怒りになる人がいるかもしれません。ですが、私には何の罪悪感もない。私は現在の教育の在り方に、疑問を持っています。勿論、学校の先生だけを責めるものではありません。家庭における教育、社会における教育、企業や団体等の組織における教育など全てです。なかでも、特に、幼少期における教育はとても重要だと思う。

             

            そうそう。今回のツアーは小学生とその親御さん一人に限定したのですが、この計画を聞きつけた、途上国で事業展開している中年男性が「子供はいないのですが、ど〜しても参加させて欲しい」と言ってこられた。意志の弱い私はOKしました。艦上の彼は、小学生と同じように、あるいはそれ以上に感動しはしゃいでました。

             

            私の口車に乗って参加された皆さん、お疲れさま〜でした。

             

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