兵を引く

2020.05.13 Wednesday

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    大分前になりますが、或る方から次は『日本人の条件』というタイトルで本を書いては如何かと勧められました。おだてられると何も考えず木に登るお猿さんは、それってなかなかいいんじゃない、と早速パソコンに向かいました。そして、それなりに序文(まえがき)を書いてふと思った。これが全てや、後はなんも出てこん! 私の場合には序文に全力を傾注して背骨になるところを描き、これを本文(本論)で具体的にかみ砕いていく。幹に枝を出し葉をつけ、花を咲かせていきます(咲いてないかもしれませんが)。このやり方が良いのか悪いのかは知りません。書き手によってやり方は違うと思うのですが、素人の私はそういう作業をやってます。

     

    背骨(序文)を描いただけで、これが自分が表現できる限界だと感じたのは、残念ながらこのタイトルで肉付けする材料を持ち合わせていないってことでした。勉強不足は如何ともし難いのです。いみじくも先のブログで言った、「人間は経験以上の発想はできない」ということです。間もなく古希を迎えようとしているのですが、日本とは・日本人とはなどと高邁な思考をすることなく、今まで生きてきたツケでしょうか。自宅と実家にはそれぞれ国旗を備え、祝祭日には玄関口に掲げておりますが「なんでそんなことするの?」と問われると、自分でも明確には説明できない。敢えて言えば私の血がそうさせるのですが、「ただカッコつけてるだけやん」と言われると、そうかもしれないと思ったりする。

     

    この格好(形)から入ると言うのは、自分の経験に照らすと、人間形成などの初期段階ではとても有効なやり方だと思います。但しずっとそれで生きてると、形だけで中身のない人間になってしまいます。このやり方は先の、本の書き方の逆パターンになります。形から入って肉付けをして、そして最終的に背骨を作る或いは目を入れる。これで一本筋が通ったと言うことになります。

    国を護るとか国民を守るとか、使命感などな〜んも持ってない極々普通の少年たちが防衛大学校に集います。絶対多数の新入生はそんなもんです。そんな彼ら(彼女らは枠が少ないだけに少し様子が違うと思う)がまず教わるのは、「気を付け!」の姿勢と敬礼の仕方です。なぜ敬礼をするのか、それに何の意味があるのかなどと教えたりはしない。それが一応できるようになると、隊としての行進や、個人の挨拶の仕方を学ぶ。殆どの学生は地方出身者ですから、方言しか言えなかった田舎者が先輩が使っている言葉から自然と標準語を学習する。

    帝國陸海軍では「私」のことを「自分」と言いました。「自分は眠たくあります」みたいな、日本語としてはちょっとおかしい面白い言い方です。今日では少し洗練されて「わたし」と言います。この教育のお陰で、どんな人に対しても、特に目上の人に対して自然に「私は・・・」と言えるようになりました。自分より若い人や女性に対しても、気取ることなく自然体で「わたしが・・・」などと言えるのは、今でも大変有り難いと思います。逆に「ぼく(僕)は・・・」などとは、小学生に戻ったようで気恥ずかしくて言えません。私が「僕が・・・」って言うのを聞いた人はいないと思う。

    形から入ってその後、寮生活や勉学、卒業後の勤務、周りの人たちの影響などを通じて徐々に自分を形作っていきます。若い頃は日々の業務をこなすのにてんてこ舞で、そんなことなど全く思いもしなかったのですが、自分に職業人としての軟らかい背骨らしいものができたと感じたのは40(歳)を過ぎた頃でしょうか。明確でカッチリしたもの=背骨ができたと自覚したのは、制服を脱ぐ数年前です。情けないとは思いますが、それが実態です。

     

    話は全く関係ありませんが、「兵を引く」即ち撤退というのは誠に難しい。何が難しいと言ってその時機と要領です。撤退は投入するよりも格段に難しくて、細心の注意を要する。果敢に攻めて一気に撤退すればそれは素晴らしいのですが、戦闘の実相は絵に画いたようにはいかない。相手(敵)の情況を観つつ、自分の体力を考慮しながら決心しなければならない。過剰で必要のない兵を投入したままにすると、厭戦気分を醸成することに繋がります。一方で、前線部隊を支えるロジ(兵糧=後方)の体力は徐々に低下します。かと言って早すぎる撤退は敵の殲滅に至らず、いずれ逆襲を受ける事態になりかねません。熟考しなければいけないが、逡巡は許されない。本当に難しいのです。

    国と国の関係(戦争)では、政治的な駆け引きや「落としどころ」みたいなのがあると思いますが・・・。

     

    それで、どうしてもコロナ禍に行きます。

    上記(撤退論)を現下のコロナ対応に当てはめてみると、敵(新型ウイルス)を殲滅する、少なくともそのゴールが見えるまで徐々に兵を引いていくのが定石でしょう。問題はロジです。即ち、国家の体力(主として国の枠組みや経済或いは国民のメンタル)がこれに耐えられるかどうか。そして最も忘れてはいけないのが、最前線の兵士は常に命がけで戦っているってことです。従って、最高指揮官の決断はとても重くて難しい。スタッフ(専門家)が「司令官、ゴールに到達しました」と進言しても、そもそもウイルスの実態がよく分からないわけですから。従って、専門家の言が正しいのか否かの見極めが必要です。細かい知識や情報はスタッフに負うにしても、情勢を俯瞰して最終判断を下すのは指揮官の役割です。

    現総理は自衛官を前に訓示する時、必ず「自衛隊最高指揮官 〇〇〇〇」で締めます。何方かの進言があったのかもしれませんが(ご自身の発案であればゴメンナサイ)、この言葉を発することによってその都度、彼は国家・国民を護る実力部隊を率いている、その使命や責任の重さを自分自身に言い聞かせているのかもしれない。レベルは全く違いますが、私の場合はそうでした。

     

    緊急事態の終結(所謂出口戦略)には、多々悩ましい問題があると思う。参謀(スタッフ)はそれぞれの知識をもって、良かれと思って進言します。有体に言えば、みんなが勝手なことを言います。特異な分野の専門家たちは、我こそプロとの思いやプライドがあるので尚更です。しかしここは、ピンポイントで見極めて貰いたいと思う。ダルビッシュ氏(野球選手)の言葉を借りれば、「総理(最高指揮官)にしか見えない風景がある」はずです。失敗は許されない。これを誤ると、一億三千万人が乗船している「日本丸」は沈没する恐れがあります。

    今を生きている人の評価は大概あてになりません。正しい評価は歴史がしてくれます。

     

    起承転結なし・論理に一貫性なし、ごっちゃ煮の駄文になりました。ゴメン!

     

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    コロナ禍再考 II

    2020.04.30 Thursday

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      ホンマに厄介やな〜いつまで続くんかいな?

      極めて厳しい環境下において、医療関係者を始め最前線で戦っておられる方々には感謝の言葉しかありません。宅配便のお兄さん、スーパーでシールド越しにレジを打つ女性などなど、年金生活者がノホホンとしておれるのは、多くの国民が頑張ってくれているお陰です。

       

      先日、長年外資系企業に勤務している友人から連絡(情報提供)があり、某大学院の教授と日本の今後・近未来について議論した結果、「中小企業のみならず下手したら大手の会社や銀行もバタバタ斃れる」との結論に達した由。そして、日本の二次産業から四次産業は、今回のコロナ禍で力尽きる恐れがあるとのこと。生き残ることができるのは一次産業の農業のみだと。そして我々は自給自足を強いられることになるそうな。この推論・極論を一笑に付すのはいとも簡単です。ではありますが、あながち悲観的に過ぎるとも言えないのではないか。願わくば、農園経営(と言うほどのものではない)に従事している私への、友人のリップサービスであって欲しい。

      拙著『ソロモンに散った聯合艦隊参謀』の主人公樋端久利雄(当時中佐)は、昭和16年の7月15日、日米開戦は不可避としつつ「敗ければ明治維新に逆戻り」と看破しております。過去のブログで何回か示唆しましたが、私は現在の情況、今回の災禍を国家の安全保障問題、即ち有事(戦争状態)と捉えます。先の大戦ではABCD(America+Britain+China+Dutch)包囲網にやられたが、今人類が戦っている敵は得体が知れないだけにとても手強い。

      各所において囁かれておりますように、もし仮にこれが自然発生的な不可抗力ではなく、人為的なミスや何らかの所作の帰結であるならばこれは許し難い。それこそかつて我が国が汚名を着せられ、多くの重臣や軍人が巣鴨の露と消えた東京裁判が言う「人道上の罪」に該当する。世界中で何十万もの人間が犠牲になっている事案です。真相はいつの日にか究明されなければならない。

       

      未曾有の大津波に起因する福島第一原発の対応では、我々自衛隊の経験はゼロで知識も乏しかった(殆どなかった)のですが、知見を有する同盟国軍隊の存在は大きく力強かった。しかし今回は世界最強の米艦にも被害が出ている。彼らは原子力推進の空母や潜水艦を運用しているので原子力には通暁しているが、戦例が乏しい細菌(戦)に関してはそれほどの備えがなかったと思われます。

      大きな問題や課題に直面した時、人間は自らの経験の中で頭を巡らせ解決策を見出そうとします。より直截に言えば、我々は経験の範疇でしか思考できない。私自身を含め、おそらく絶対多数の人はそうです。しかし人間は数々の問題や困難と格闘しながら、経験を通じて大きくなる(成長する)。そして、その経験と知恵が次に活きる。

       

      ということで話はド〜ンと飛びます。敗戦後、我が国は戦前の体制や文化などがトラウマとなって、学究の場から「軍事」を排除しました。そして日本社会に「軍事=悪」という構図ができてしまった。一時期、軍事を語る者は異端児のように見られておりました。普通の国では考えられないことです。今日のアジア・太平洋の情勢を想起すれば、GHQは勝利の美酒に酔って、或いは憎さ余って大変な失敗をしたと言えます。自衛隊を創設して(させて)リカバリー・ショットを試みたが、戦後75年を経て今なお日本人はこの後遺症に苛まれています。最近ではかなり改善されましたが、私が若い頃には、自衛官を受け入れてくれる国内の大学(院)は実に2〜3校しかありませんでした。国の根幹に関わることを最高学府が退けてどうする。

       

      門外漢の素人が、我が国のコロナ禍対応を批判するものではありません。ではありますが:

      ダイヤモンド・プリンセスの頃から胸の内にモヤモヤがあったのですが、現在、寝食を忘れて国難に立ち向かっている官僚や政治家たちに軍事的な教養とセンスがあれば、また違った選択肢もあったのではないか。責任のない外野のうがった見方かもしれません。しかし決して我田引水で言ってるのではありません。先に述べた通り、私はこの国難を有事と位置付けるからです。有事の対応に際して最も重要な要素の一つは、組織と指揮(系統)の在り様です。

       

      過激な発言に終始しました。ご容赦ください!

       

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      コロナ禍再考

      2020.04.23 Thursday

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        今回の新型コロナ・ウイルス禍は、戦後の復興期を経て今日の繁栄を享受してきた我々日本人に大きな課題を突きつけています。国と国との関係や国家の経済活動・産業構造の在り方を、今一度立ち止まって考えてみる機会を与えているような気がするのです。経済問題について能書きを垂れるほどの知識や情報を持ち合わせておりませんが、国家安全保障の観点から、現在の我が国経済の在り様に一抹の不安を感じてきました。また農家の出であるからでしょうか、食糧の安全保障についても若い頃から問題意識がありました。今では殆ど使われませんが、一時期「総合安全保障」という言葉が流行りました。この言葉は屋上屋です。国家の安全保障はそもそも、全ての国力をもってする「総合体」ですから。自衛隊は実力組織として国防の中核を担いますが、安全保障は防衛省・自衛隊の専管ではありません。

         

        三年ほど前のことです。都内の或る製造会社が、生産拠点の一部を中国に移転することを計画していると仄聞して大変驚きました。この会社の内外情勢を見る目や、情勢判断はどうなってるのだろうか。かの地に進出して久しい一部の企業が、東南アジア諸国(ベトナムやインドネシアなど)に再移転しつつあるこの時機に・・・今から行くのか? 一周どころか3〜4週遅れてないかい、正直そう感じました。全部ではないにしても、生産拠点を今大陸に移すのはリスクが大き過ぎる。これが私の見方でした。全く状況は異なりますが、かつて日本は大陸に手を出して抜き差しならない状況に追い込まれた。そんな思いが頭をよぎりました。傍観する立場だったので、その後、実際に移転したのかどうかは承知しておりません。

        戦後、我が国の繁栄にシンクロ(同期)して国民の給料は右肩上がりでした。いきおい多くの企業が生産拠点を賃金の安い国や地域に移転するなど、労働力を彼ら(発展途上国)に負うようになりました。それはそれで、移転先の雇用を促進し我が国の高い技術を供与するなど、途上国にも多くのメリットや貢献があったと思います。しかし安全保障の観点からすれば、産業の空洞化は決して好ましい状況ではありません。平時(何もない時)には win-win で ”よかったよかった” ですが、一旦今日のような危機が生起すると、資材や部品を他国に負っているリスクが顕在化します。お金儲け優先のツケは、いつかどこかで回ってきます。

         

        便宜置籍船を始め、外航船舶の在り方にも疑問がありました。現在、日本が海外と行う交易(物流)の99.8%は船舶に負っています。島国の貿易立国である日本にとって、それは当然のこと。問題は便宜置籍船というやり方です。これも平時はいい。しかし、いざ有事や危機が生起した時、外国人船員を信用しないということではないのですが、外航船乗員の絶対多数を占める外国人に、果たして日本への忠誠を担保することができるのか? どのような契約になっているのかは知りませんが、リスクは極めて大きいと思う。有事において死活的に重要な物資や食料が、仕向地ではない日本以外の港に向かう、このような事態は何としても回避しなければいけない。海軍は一義的に通商の保護に任じますが、海上自衛隊が現在の能力・規模で全ての日本関連船舶を保護、即ち管理できるか? 私には甚だ疑問です。

        因みに、軍事力特に海軍力についてはしばしば勘違いされるのですが、例えば百隻の艦隊を擁している海軍が、有事に即100隻を投入できるかと言えば答えはNOです。保守整備あり乗員の教育訓練あり、他の地域や任務への充当ありで、どんなに無理をしてもせいぜい三分の二です。有事であれば、戦闘による減耗も考慮する必要があります。長期戦になれば尚更です。 

         

        農水省の資料(平成30年)によれば、我が国の食料自給率はカロリーベースで37%、生産額ベースでは66%です。このデーターにはいろいろな解釈があるようですが、少なくとも年々農業従事者が減り耕作地が減少しているのは間違いありません。実家の周りを一瞥しても、耕作地は半分どころか三分の一もありません。自宅がある副都心の埼玉では、毎日のように畑が宅地になっています。一年も経つと周辺の風景が変わってしまう。留意すべきは二点。まず土地を開墾して作物を作る、或いは他に転用した田畑を再度作物ができるようにするには大変な労力と時間を要すること。もう一点は工業製品や加工品と違って、穀物や野菜の栽培には時間を要すること。栽培に突貫工事はありません。子育てと同じです。マスクやトイレット・ペーパーのように、工夫すれば努力すれば短時間で生産できるような代物ではないと言うことです。

        田畑から採れる食材は、人間が食して生きていく上で最も重要なもの。こう言うと語弊がありますが、肉がなくても魚がなくても、もっと言えばパンやチーズがなくても、最低限米と味噌と野菜さえあれば日本人が餓死することはありません。食卓の事情は大昔に戻り十分な栄養は期待できませんが、短期間(数年)であれば凌ぐことができます。ギリギリの世界のことを言っておりますので、誤解なきよう。

        およそ愉快な話ではないのですが、生きてさえいれば道は開けます。農業を活性化して食料の自給率を上げるとともに、職人のようにきめ細やかな日本の農家が作った食材を輸出できれば、安全保障上のアドヴァンテージ(加点)にもなります。

         

        好んで江戸時代のような鎖国に戻る必要はサラサラないのですが、またそんなことできようはずもありませんが、この国が独立国家として生存し日本人が日本人として生きていくためには、危機管理の在り方を再構築するのは勿論のこと、今回の事態を踏まえて経済や産業の在り方も見直す必要があるのではないでしょうか。コロナ禍は誠に腹立たしい限りですが、我々(絶対多数の日本人)にも「油断」があったと思います。いまさら言っても始まりませんが、「春節」が大きな分岐点だった。その道の素人が軽々に物申すのは慎むべきですが、我が国の対応、特に初動においてボタンの掛け違えがあったとすれば、その原因は次の何れか若しくは全部です。

        \気靴ぞ霾鵑なかった(情報の欠落) / ⊂霾鵑鯑手したが分析を間違えた / 正しい情報を得て的確な分析を行ったが情勢判断を誤った

         

        金儲け優先、効率優先で発展してきた日本ですが、この危機において国家の土台・根幹に関わる脆弱性が露呈した格好です。まだまだ先になりそうですが、この災禍を乗り越えた暁には、日本人の叡智を集めて既存の仕組みや枠組み或いは制度を見直し、新たな繁栄に繋がる方途を見出したいものです。

        坂本龍馬の言葉を借りるならば、再度「この国を洗濯する」時機が来ていると思う。

         

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        危機管理に関する一視点 II

        2020.04.03 Friday

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          下っ引き の八五郎(ハチ)が「て〜へんだ〜て〜へんだ!」と叫びながら、(銭形)平次親分の家に駆けこむシーンが毎回ありました。

           

          若い頃一緒に勤務した或る先輩は、自分が失敗したり思わぬ事態が起きた時、上司である艦長に報告する際には決まって「艦長、大変なことになりました」と枕詞を付けておりました。こう言われると大概の上司は「いったい何事か」と一旦構え、そして「何だ、言ってみろ」となります。そして具体的な報告を受けると、多くの場合は「な〜んだそんなことか。大したことないじゃないか」となる。これとは逆に(勿論、事によりけりではありますが)、「艦長、大したことではないんですが・・・」と持って行くやり方もある。そう言われると、報告を受ける側は「そうか、大事件ではないんだな」とひとまずは安堵しますが、部下の言葉を額面通りに受け止める上司はまずおりません。

          事程左様に、両者(報告者)が抱えている事案の重要度はさほど変わらなくても、受ける上司さんも人間ですから、報告のされ方によって心理状態が微妙に違ってきます。指揮官の心理状態、即ち心の持ち様が違うと、報告した部下に接する態度やその後の措置にも多少の差が出てくるのは人情でしょう。この例えは下から上への報告ですが、上から下への通知や通達にも同じことが言えます。

           

          さて現在のウイルス禍、大変失礼な例えなのですが、日本が災禍を被る初期の段階において「ハチ」の役割を担ってくれた方、即ち早い段階から警鐘を鳴らしていたのは極わずかの人だと思います。絶対多数の国民は一抹の不安を覚えながらも、これほど ”て〜へん(大変)な事態” になるとは思っていなかった。人間の勘は経験と知識に裏打ちされるもの、主として経験を通じて培われるものだと考えておりますが、「て〜へんだ」と叫んだ人には専門家でも有識者でもない人もいたと思う。素人に大した情報はもたらされませんし、正確な情報を入手する手段もないので、単にその人の感性(直感)に依るものでしょう。

           

          所謂、専門家や知識人と呼ばれる人たちは、そんな素人の意見にも耳を傾けることが大切です。何故か? 全く門外漢の人は時に専門家が想像もしない、或いはその道のプロが思いもよらない見方をすることがあるからです。ここで言う素人とは、或る案件についての素人と言う意味で、勘が働く人は一芸に秀でた人や他の分野の第一人者であったり、それなりの人であることが多い。自分が専門とする分野の見方や考え方が、往々にして他の分野にも応用できるということでしょう。現役を退いて多くの民間の方と接して、そのことを痛感します。経歴だけから言えば私は、一応、国防や安全保障をかじっていると見做されます。ですが全く違う分野の方と話をしていて、目から鱗が落ちるような思いをすることが度々あります。その際、相手の性別や学歴や職業や年齢には関係ありません。

          組織を引っ張る人や個人の見解が社会に影響を及ぼすような人は、多様な意見にも耳を貸す姿勢が求められます。裸の王様は論外ですが、一点集中の専門馬鹿になってはいけないと言うことです。市井の声も拾い、最適解を見出して判決を下す。そして決心して、組織を動かす指揮官には責任が伴ないます。

           

          意志決定(判決)のプロセスで、もう一つ重要な要素は時間と時機です。とりわけ危機に直面することが予想される場合、或いは危機に向かいつつある時には、速やかに行動に移さなければいけない。事態が深刻であればあるほど、悩ましい問題は多々ある。しかし、どんなに素晴らしい案や計画を持っていても、時機を得なければ画餅となるか陳腐化するか、或いは愚策としてゴミになるかです。内容によっては後年の教訓やひな形にはなり得ても、現在の問題解決に寄与することは殆どありません。逆にたとえ大雑把な計画であってもタイムリーに発動すれば、大筋で間違いがなければ及第点は取れる。走りながら考えることもできます。最初からピシャリと決めればそれに越したことはないのですが、凡人(人間)はなかなかそうはいきません。我々は「兵は拙速を尊ぶ」或いは「拙速優遅」と称して時機を重視します。今日で言うスピード感です。

          もう一つ重要なこと、それは「兵力の小出し=逐次投入」は作戦を誤ること(が多い)。相手(事態や敵)が手強いほど、努めて作戦の初期段階で大兵力を投入し一気呵成に攻めるべき。勿論、投入する兵力があっての話です。相手の出方を見ながら小出しにして、情勢を見つつ修正していくやり方もありますが、これはドツボに入るリスクを伴います。最終的には敵を殲滅する、殲滅できるという確信があって大攻勢に転じる前の助走、敵との間合いを取る、或いは時間稼ぎであればいいのですが・・・。

          個々の作戦で善戦しても、大戦略を誤ると悲惨な結果をもたらします。我々日本人は、そのことを身に染みて学習したはずです。

           

          以上、現下の国難に何のお役にも立てない歳よりの能書きです。

           

          玄関で靴を脱ぐ(土足厳禁)、風邪を引いたらマスクをする、外から帰ったら手を洗う・うがいをする、一日一回は湯船につかる、食事をしたら歯磨きをするなどなど、他を思いやる心や清潔を重視する文化・習慣を育んでこられた先人に感謝します。 

           

          考えたくはないのですが、どうしても頭にちらつくことがあります:

          もしこの情勢(コロナ禍)下で首都直下型や南海トラフ大地震が起きたら、この国は一体どうなるのか? 首都東京が火の海になったらどうするのか? そうなると、日本に迫る(であろう)脅威は自然災害だけではない。やっておられると信じますが、衝に当たる人たちは頭の体操をしておいて貰いたいと思う。神様は優しいだけではありません。

           

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          暇な大工さん(DIY)

          2020.03.26 Thursday

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            現役の時に英語課程で使ったベストセラー教材「アメリカ口語教本」、この本の中級編 Lesson 1 が "Do it Yourself" でした。テキストの最初の項だったので、とても印象に残っています。でも覚えているフレーズは "hit my finger" と "all my thumbs" だけ(笑)。人事当局が折角のチャンスを与えてくれたのですが、発令されたのが「上級(advanced)英語課程」であり、中学生レベルの私には荷が重かった。給料を貰いながらの勉強=仕事なので、自分なりに努力はしたけど情けない語学生ではありました。

             

            テレビなどで職人としては素人の方(芸人さんなど)が、玄人裸足の DIY をしているのを時々目にします。何事にも斜に構える私は、番組の脚本がどの程度関わっているのかな?などと思ってしまいます。でも私と同じ名前の方などは、日曜大工の域を遥かに超えてますね。私は元来不器用な人間ですが、退役してからはしばしば DIY を試みております。何せ毎日が日曜ですから、日曜大工ならぬ毎日(素人)大工です。何かを発想して絵にし、そして形あるものに仕上げていくのは実に楽しいもの。こんなものがあったらいいな、あんな風にすればもっと快適な生活ができるなと思って、それを絵(図面)にする。だけど、もう少しましな図面が画ければいいのにといつも思う。学生時代にもっと勉強すればよかった、と反省しきりですが少年老い易く・・・。

            何を隠そう小生は、防衛大学校で航空工学を学んだ(ことになっております)。超低空飛行で卒業したので、自己紹介はいつも「コックリ(航空)工学専攻、スイミング(睡眠)クラブ所属」と自嘲気味。ということで、航空機(戦闘機)の作図の時間もあったのですが、後々まで活用できるような技術は全く持ち合わせておりません。

             

            話が逸れました。

            副都心にある拙宅は狭いので本棚や猫の散歩道くらいしか作れないのですが、讃岐の山荘(実家)は比較的広いので、結構大掛かりな造作が可能です。作業開始に先立ち、必須の小道具として電動の鋸(のこ)と鉋(かんな)を調達しました。ホームセンターでは良い製品が安価で手に入ります。その他諸々の工具類は、亡父が沢山残してくれております。DIY に使う材料(木材)は、50年ほど前に新築した時の廃材や残りものが、ガラクタの倉庫になっているあばら家に転がっている。木材は雨に曝さなければ、寿命がとても長いことを知りました。自慢する訳じゃないのですが、実家は総檜造りなので廃材も勿論檜です。全て所有する山から切り出したものです。この檜は経年によって、コンクリート並みの硬さになっている。と言うことで:

             

            1.昔の家には沢山の収納(押し入れ)があっていいのですが、我が家の場合はタンスがすっぽり入るような広い押し入れが多い。ウォークイン・クローゼットにでもすれば最高ですが、こまごまとした物を納めるのには使い勝手が悪い。布団の収納と保管を前提にしているので、奥行きもあり過ぎる。従って、ここに衣装ケースなどを分割して置けるような棚を作ろうとしました。電動のドライバーでネジを撃ち込もうとしますが、檜の柱にはなかなか入っていかない。挙句には釘頭部の「+」が崩れてしまい、あたかもブロックか煉瓦に打ち込んでるようで、ニッチもサッチもいかないことが度々ありました。有効な道具も限られているので悪戦苦闘の連続でした。

             

            2.実家の一階部には何室かありますが、台所と応接間以外は和室です。しかし海外生活が長い(ウソウソ)小生は、もう畳の生活ができない体になってしまいました。畳に座るとコロンとひっくり返るような気がして。座敷で正座するのは仏事を営むときだけです。長時間正座できる方を時々見かけますが、私には宇宙人のように見えます。ご先祖様ゴメンナサイ。と言うよりも、本当は狭い家の中で上履き(スリッパ)を脱いだり履いたりするのが、加えて寝床の上げ下げがたまらなく煩わしくて嫌なんだよね。要するに、単なる面倒くさがり屋です。従って、我が家(自宅 & 実家)のトイレにはスリッパを備えてありません。

            ってなことで、大胆にも和室を洋室に改造することにしました。流石にこれは難儀やな、と思って業者さんに見積もりをして貰ったところ、ビックリするほどたか〜い。わざわざ呼びつけておきながら「ご縁がありましたら・・・」でお帰り頂いたのですが、でも絶対に洋室だ。で、人間やってやれんことはないやろ、と DIY を決意しました。便利な世の中になりましたな、ネットで調べると詳細なやり方が出てきます。床板の下に置く根太(ねだ:と言うらしい)の材には廃材を使うので、必要経費は「床板(合板)+カーペット+釘」の格安リフォームです。廃材が潤沢にあるので、根太はこれでもかと言うほど詰めて敷きました。これで相当重いものを置いても、床がフニャフニャすることはないでしょう。安普請のフローリングは、これをケチってるから床がボコボコになるんですよね、多分。

            根太の上に合板(床板)を打ち付け、その上にカーペットを敷いて出来上がり。勿論、職人の日当は踏み倒しです。お礼に缶ビール(350ml)を一本進呈しました。この職人さん、顔に似合わずお酒に弱いとのこと。

            既に四畳半と六畳間の各一室が完成しました。全ての作業を通じて、何よりも大変だったのは畳の搬出です。畳は重いよ〜。裏面に麻ひもで作った持ち手があるのですが、指がちぎれそうだった。子供の頃に見た畳屋さんは、これを両手にヒョイと持って走るように運んでた。すっごいな。

            一階にもう一部屋(6畳間)リフォームできる部屋があるので、近いうちにこれもやります。ただ立派な仏壇が鎮座する、8畳間の座敷はそのままに。お客さんが多数来られた時には雑魚寝ができるし、何しろ床の間もある日本の文化は捨て難い。二階には三部屋(和室X2、洋室X1)ありますが、差し当たって使う予定もないので現状維持です。家具や畳の搬出、材料の搬入などが大変だし、階段を踏み外してポックリ逝っても笑いものですから。

             

            3.亡父は若い頃、怪我などで入院しても隠れて吸うほどのヘビースモーカーでした。愛煙家の父で良かったのはただ一つ、隠れて煙草を吸っても両親に気づかれなかったこと。因みに、私が実家で過ごしたのは高校卒業まで。本当は知ってたかも(笑)

            ですから、多くの壁や引き戸などが煙草のヤニで黒ずんでいます。古い木造建築なので壁紙は一切なく、左官さんが塗っただけの壁です。今時、壁のヤニを取る洗剤などもあると思うのですが、俺流の壁にしたいという「こだわり」もあり、煉瓦や木目調の壁紙(リメイク・シート)を張り付けることにしました。裏に薄いビニールが張ってあって、これを剥がしながら貼っていく結構面倒くさい製品です。これは表面がザラザラした凹凸のある壁にはくっつかないので、裏のビニールは剥がさずそのままにし、必要な寸法に裁断して柱や梁の部分で留めることにしました。大型のホッチキス(私はパッツンと呼んでます)で要所を仮止めし、その上を薄板で押さえ釘で固定した。ってわけ。

            障子にも同じシートを貼り、窓側にはカーテンを設置して出来上がり。カーテンレールには廃材(塩ビ管)を使い、購入したのは格安店で求めたカーテンとリメイク・シートだけ。

            大昔に求めた鉄製の本棚(写真右)が錆付いて転がっていたのを拾い出し、これを木枠で覆いました。棚板も少し奥行きを取って深めに。天板の上に置いたミニコンポのスピーカーからは、Vivaldi の「四季(Four Seasons)」が流れている。一杯のコーヒーを口に運んで、ああ〜至福のとき。北欧の風景とはちょっと違うけど、まいいやな。

             

            4.先に述べた通り、もう畳の生活はできない体になってしまった。こんな私に誰がした(笑)

            そうなると、和室で使う電気炬燵には用がない。しかも二つもある。ある時、格安の家具屋さんで何か面白い物はないかと物色しておりますと、洋間で使う炬燵が目に留まりました。そう、家具屋には買いに行くのではなく、売っているものや造り方を観にいくのです。あれ、これくらい俺でも作れるんじゃない? 要はテーブルの下に、熱源を取り付ければいいんでしょう。急いで家に帰り古い炬燵をひっくり返してみると、都合良いことにあの赤外線の部分は取り外しできるようになっています。ラッキー!ってことで、これを食卓の天板の裏側に取り付けました。それだけでは熱が逃げるので、テーブルの下方(四周)に床まで届くよう古いシーツを巻きつけた。「うっとうしい」と言われたときに、何時でも取り外しできるよう仮止めにしてますが、まるでホテルのパーティ会場にあるテーブルのようでとてもオシャレ(と本人は思っている)。

            ぬっく〜。基礎体温が低く冷え性で冬は手足が冷たいのですが、お陰で今冬は寒さ知らず。春が来ればスイッチを「切」にしてコードを抜けばいいだけ。施工費はゼロ・イエン、やったね。

             

            他にも細々したものはありますが、ほんまに暇人やな(笑)。まボケ防止の一環ですな。

            あとは外周りで、経年劣化で踏み抜きそうな縁側をウッドデッキに、その横にはピザ窯を設置するつもり。ピザとかパンは自分で焼いたのを食べたいよね。耐火煉瓦って結構するんだけど、年金生活者の細やかな贅沢だし防災にも貢献しそう。防災と言えば、別荘で使用する水の半分は井戸からの汲み上げです。私が子供の頃は釣瓶(つるべ)だったのですが、流石に現在はポンプで。亡父は経済上の理由(水道代の節約)でそうしたのですが、南海トラフ(大地震)が現実味を帯びてきた今となっては有り難い 。因みに、讃岐は昔から雨が少ないので、一部の農家さんは干ばつに備えて井戸を掘ってます。我が家には5個も点在してますよ。従って、上水道が止まっても問題なし。窯で使う燃料(薪)は裏山に行けば売るほどあります。野菜などを栽培する土地(田畑)は、家の周りになんぼでもあるし・・・。海の男大地に還る、どころか海人は仙人になる(笑)

            余談ですが、実家方面では井戸のことを「泉さん」と呼んでいました。遠い昔には、八百万の神の一つだったのではないかと推察します。飲料水として使う泉さん(井戸水)はまさに命綱であり、また住民(農民)の生活の糧である稲作にも寄与することから、「さんづけ」で大切にしていたものと思われます。この地域に町営の上下水道が整備されたのは、高校を卒業して暫く後のことですから、私はこの「泉さん」の水で大きくなったことになります。こういう言葉や文化は大切にしたいものです。

             

            さてさて、70(歳)に到達するまで残すところ2年と一ヶ月。何とか古稀までには工事を完了したいのですが・・・どうなるこっちゃら。私がいなくなれば、子供らは「こんなもん造りやがって」と言うでしょうな。知ったこっちゃないわい(笑)

             

            下らない話にお付き合い下さり、誠に有り難うございました。今なお不穏な日々が続いておりますが、皆様ご自愛専一にてお過ごし下さい。

             

            【眦菁郢襪離フィシャル・サイト】

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            博海堂