元旦に思うこと

2019.01.17 Thursday

0

    一年の計は元旦にあり、と昔から言います。私も毎年、元日には「今年はこれでいくぞ!」と心に決め、それを家族や周りの人たちに発信・公言します。なぜ敢えて口に出すのかと言いますと、私は根性なしなので、退路を断たないと途中で断念する恐れがあるからです。例えば、何年か前のテーマは「自慢しない」。これは少々手強かった。その日のうちに、もう破ってるとのご指摘を頂きました(笑)。

    で、今年のお題は「ほめる」です。こっちは、努力すれば何とかできそうな気がする。「ほめる」にしたのは、別に「人たらし」になりたい訳ではありません(笑)。人間ほめられて悪い気がする人はおりません。明らかに「ゴマすってやがる」と分かっていてもです。そもそも「ほめる」と「ゴマすり」の違いは、難しくてよく分からないですよね。多分そこは「指導」と「パワハラ」と同じで、発する人の気持ち、受け取る人の気持ちの問題でしょう。褒められると、大概の人はニヤッとして口元が緩みます。人間ってのはそんなもんです。

     

    さて、或る年の計は今年と対極に位置するような、「いい子になるのを止める」でした。と言いますのも、現役の時には組織の一員として一つの歯車になろうとすると、どうしても自分を抑え込む場面がありました。それが良いか悪いかは別にして、組織人としてはそうせざるを得なかったという事情もあります。この積み重ねが高じて、「良い子」が習い性になってしまった。

    しかし退役して数年が経ち、ほぼ自由人になった時にふと立ち止まって、自分に残された時間などを逆算すると、もういいんじゃないか、むしろ良い子ぶるのは止めるべきではないのかと思ったのです。かと言って社会生活はしておりますので、自分の中の良い子になろうとする意識を完全に否定・払拭するわけにもいきません。だけど「良い子」を止めようと思うだけでも、随分気が楽になりました。言ってみれば、二枚目(二回目)の裃(かみしも)を脱いだってことでしょうか。勿論、一回目の裃は制服です。謂わば、退役した時点で裃は脱いだつもりでいたのですが、もう一枚裃を着ていることに気が付いたってことでしょうか。

    裃を脱ぐと、その分自分の両足で立ち、自分の力で歩いて行かなければならない。そして自分自身への証として、また退路を断つ意味でも、誰にも相談せず小さな一人だけの会社を立ち上げました。所謂「おひとり社長」です。その結果、心の満足は得られたのですが、多くの友人・知人と徐々に疎遠になりました。一方で多くの別の出会いがあり、多方面にわたって大勢の友達ができました。何れにしても自分で決心したことですから、結果については何ら後悔することはありません。

     

    以前に書いたかもしれないのですが、「運命を引き受ける勇気」と言う言葉が好きです。私の良い所であり欠点でもある、「まっエエか〜」にも通じるところがあります。家族を含め自分の身に起きる諸々のこと、これらの殆どは人為的な要因によって生起しています。全く自分には関係ないのに降りかかるのは、地震くらいでしょうか。現役のときに少し関わりましたので、よく例に出すのが「人事」です。組織に属する人であれば誰もが気にすることですが、この人事は誰かが何処かで決めています。

    さまざまな事故や事案も同じ。自分には全く関係ないのに被害などを被ることが稀にありますが、その殆どは何らかの形で自分に関わりがあります。或いは多くの人々との出会いや別れ、これも大きな要因は自分です。自分から声をかける場合は勿論ですが、知らない方からお声がけを頂くのも、「自分」という存在があってのことです。

     

    そうなんではありますが、私は一切合切を「運命」という言葉で括ります。時々、なぜ俺ばかりに苦労が舞い込むのか、と自問することがあります。どんなに順風満帆で幸せでゆったりした日々を送っている人でも、一生のうちに何回かはそういうことがあると思います。そんな時はこう思うようにしています。しなくても良い苦労はしないに越したことはないけれど、既に起きてしまったことはしゃ〜ないしゃ〜ない(仕方がない)。自分の努力不足は横に置いて、諦めが早いのです。

    あの時に苦労して良かった、と思う時期が来るかもしれないし、来ないかもしれにない。しかし不幸(と思われる)な事態が起きたことを、いくら悔やんでも何の解決にもなりません。ではどうすんのというのが大事で、せめて半歩でも前に進める方策を模索する。そうしないと滅入ってしまいます。眼前に起きている嫌なこと不本意なことが、遠い将来の自分にとっても不幸であるのか、そうではないのかは誰にも分かりせん。むしろ、そのことが要因となって事態が好転し、自分のプラスになる、例えば大金が転がり込んでくるようなことになるかもしれない。そう思うと気が楽ですし、アドレナリンも多少は出てきます。

    と言いつつ、私が自らの運命を引き受けようとするのは、いつもボ〜として能天気な自分への言い訳かもしれません(笑)

     

    話は変わります。元旦なので(再び)年賀状です。

    友人知己の皆様には大変失礼なことなのですが、今年は正月休みに年賀状を書きました。年末に海外出張したり風邪をひいたり、それでも鉛筆なめなめ会社の年末調整に悪戦苦闘したりで、年内に賀状を作成する余裕がなかったのです。余談ですが、年末調整と言えばサラリー・ワーカーはただ扶養家族と保険の控除を申告するだけでいいのですが、たった一人の社員だろうが一万人の従業員を抱えていようが経理の基本は同じです。誰かが言ってました。「明けましておめでとうございます」って書くけど、書いている時はまだ明けてないんだよね〜(笑)。

    そんな訳で、再び年賀状を出す意味について考えさせられました。数年前に「来年から年賀状や〜めた」と宣言し、周囲の方たちにも「もう止めましょうよ」と呼びかけたにも拘わらず、いまだにやってる自分を不甲斐なく思います。これもまた冒頭に述べた「良い子でいたい」、即ち横着な人間だと思われたくない、一方的に壁を作っていると勘繰られたくないとの思いがあるからです。いま少し後悔しているのは、平成の御代の終焉に合わせて「本年をもって年賀状を止めさせていただきます」との文言を入れる勇気がなかったことです。それほどに、年賀状が持つ意味について懐疑的になっている自分がいます。

    良いか悪いは別問題ですが、先日のNHK紅白歌合戦のように開き直って変質、よく言えば脱皮すれば、それはそれなりに新たな意味が出てくると思うのですが、年賀状にはそこのところがないように思うのです。中途半端なままに流されている。多くの国民が「年賀状、もういいな」と思っているんじゃないか、と推察できるのですが。

     

    皆様はどうか分かりませんが、私の場合、年賀状だけのお付き合いの方が大勢います。中には、お顔を思い出さない方もおられます。それって一体何なんだろうと思う。一方で、ごく親しい間柄でも年賀状を交換しない方が沢山います。退役後に親しくなった殆どの方とは、年賀状の交換をしておりません。しかしだからと言って、関係が拙くなるようなことは全くありません。実質的に何ら不具合は生じませんし、ましてや不利益を被ることなどありません。それでエエんではないかと思うのです。

    あっと、今思いつきました。SNSが発達してから懇意になった多く(殆ど)の友人とは、年賀状のやり取りをしてないですね。

     

    年末に届く喪中の挨拶を含め、年賀状が有する唯一の意味・意義を「生存確認」に見出しております。この一年間、実質的には残り10ヶ月程度ですかじっくり考えます。そう言いながら、一年があっという間に過ぎるのですが。。。。

     

    今年も正月から駄文を連ねました。さても、来年の年賀状に「以後、ゴメンナサイ」の一文がありましたら、それこそゴメンチャイです。そこんとこ、宜しく!

     

    【眦菁郢襪離フィシャル・サイト】

    http;//www.umihiro.jp

     

    博海堂

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    K 事案

    2019.01.03 Thursday

    0

      明けましておめでとうございます。平成最後の年、そして新しい年号の一年が、我が国にとりまして平穏かつ輝かしい年になりますよう、そして皆様にとりまして良い年でありますようご祈念申し上げます。

      今年の第一稿は年末に描き残したノルウェー紀行(後編)を予定しておりましたが、急遽変更せざるを得ない状況が生起しました。残念ながら、正月早々愉快な話ではありません。と言うよりも、タイトルでお分かりのように(分からない方もおられると思いますが)とても不愉快な事件です。

       

      昨年の10月18日に「軍艦旗問題」というタイトルで隣国海軍に言及しましたが、この時には武士の情けでK海軍も半ば被害者のごとく描きました。政治と政争の具にされる海軍に同情してのものです。そんな私の描きぶりに、違和感を持った方もおられたことでしょう。しかし、昨年末に生起したFC(Fire Control:射撃管制)レーダーによる日本哨戒機(P-1)照射事案は、前の「旗」とは本質的に異なる問題です。一つ間違えば国家間の戦争、或いは軍事衝突に発展しかねない要因を孕んでいる、純軍事的な事案だからです。相手国はまさに取ってつけたような言い訳をしているようですが、事実関係として、どう見ても日本側の見解を疑う余地はありません。

      ただ一点、防衛省(海上自衛隊)が公開した映像を観た人の中には、やけに距離が近いな〜、相手が言うように数十メートルまで近接して本当に危険な状態だったのではないか、と感じた人がいるかもしれません。しかし失礼ながら、それは素人の感覚です。海の上で1マイル(2キロメートル弱)と言えば「すぐそこ」ですが、陸の上では遥か遠くです。船の長さから想起すれば、大体の距離は分かろうもんです。それほど洋上と陸上では距離感が違います。しかも撮られた映像の多くは、カメラによってズームアップしたもの。もし艦船までの正確な距離を映像に表示すれば、視聴者がビックリするほど遠いはずです。

       

      これら諸々の事実は世界中どころか、自分(相手国)も分かっているはず。謂わば確信犯ですな。それでも譲らないのは、或いは譲ることができないのは、それが彼の国の外交姿勢だから(でしょう)。しかし、言えば言うほどドツボに入り、国際社会からの信頼を失墜することになります。従って以前(軍艦旗問題)のような、同情の余地はありません。FCレーダーでロックオン(目標を特定)し砲を指向すれば、後は艦長の命によって引き金を引くだけ。もし砲に弾を込めておれば、或いは自動的に給弾されれば、艦長の「打て!」の一声で射手は右手の人差し指を引く。或いはミサイルの発射ボタンを押す。すれば、弾(ミサイル)が出て砲煙が立ち込める。

      威嚇行為としては、ロックオンせず(FCレーダーは使用せず)に、大砲だけを相手に向けるというやり方もあります。これは目に見えるので、絵柄としてはインパクトが大きい。砲口を向けられた側は、仮に示威行動(威嚇)だと分かっていても、また弾は込めていない(カラ砲)と分かっていても、いい気持がするものではない。今回の事案では、流石に砲は向けなかった。もし砲を指向していたならば、これは大変な問題になる。ゴメンナサイで済む話ではない。

      Old Sailor の個人的な見解では、空(から)鉄砲を向けるよりも、実態としてはFCレーダーによるロックオンの方がタチが悪い。こっちは「いつでもやるぞ」、「やる準備ができているんだぞ」と言う明確な意思表示だからです。

       

      いろんな意見が飛び交ってますが、軍事的視点からすれば、K国の「どのレベルまでが本行動(FCレーダーによる照射)を事前に承知していたか」です。この「事前に承知」の意味は、前もってかかる権限を現場(艦長)に委任している場合を含みます。権限を委任している場合には、事前に「承知していた」「知っていた」と同義になります。政治問題になったので「落としどころを何処にするか」と言うことではなく、実際に「どこまでが承知していたか」が重要です。大統領まで承知していたのか、国防大臣までか、海軍のトップか、艦隊司令官までかなどなど。少なくとも「艦長が知らなかった」は、あり得ないし通用しない。私がその点に注目するのは政治的な意味合いではなく、それ(どのレベルまでが承知)によって当該国の安全保障・国防の在り方から、K海軍の指揮と規律そして士気の高さ(低さ)まで計ることができるからです。

       

      現在の大統領が就任して北との関係は雪解けムード、と言うよりも南北の一体感が醸し出されておりますが、戦後長い間、彼の国の軍は臨戦態勢にありました。朝鮮戦争は継続しており、当然と言えば当然です。それが今どう変化したのか、今後彼ら自身がどう変わろうとしているのか?これは日本にとって、決して他人事ではない。半島情勢は、直接的に我が国の安全保障に関わる問題です。勿論、事案が発生した早い段階(直後)から、日米両当局は緊密に連携している。同盟国・同盟軍として当然のことです。当事者双方の同盟国である、米国(米軍)にとっては迷惑な話だ。中国との緊迫した情勢が続いている米国にとって、米韓関係は日米関係と同じように重要な問題です。

      果たして米国はどうでるか?表には出てこないかもしれない。しかし、それを窺い知ることができるのは、太平洋及び北東アジアの軍事情勢に知悉している駐韓米国大使の動きです。彼が本件について如何なるジャッジをするか・・・。そこから米国の姿勢が見えてくる。彼の国の対応には呆れるばかりですが、変わった隣人の存在や行動を嘆いていても仕方がない。国ごと我が国が引っ越すわけにもいかないし、隣人にそこから出て行けとも言えない。このようなお隣さんと付き合うのはホトホト疲れますが、そういう隣人なんだと認識して付き合う(或いは付き合わない)しかない。

       

      今回の事案で直ぐに私の脳裏に浮かんだのは、昭和12年(1937)に生起したパナイ(パネー)号事件です。拙著『ソロモンに散った聯合艦隊参謀』(芙蓉書房)でも少し言及してます。日中戦争の最中、しかも日米関係が極めて重要で微妙な時期に起きた日米間の不幸な出来事です。簡単に言うと、帝國海軍の爆撃機が揚子江を航海中の米艦船を誤って爆撃し撃沈に至らしめた。日本側にも苦しい言い訳はあるが、明らかに日本側の誤爆事案だった。従って日本は速やかに米国に詫び、賠償金を払って事態の早期収拾に努めた。それで一件落着はしたが、しかし本件が、米国及び米国民の日本に対する信頼に影を落としたことは間違いないでしょう。今回のK事案と同事件は、取り巻く国際情勢、意図と規模・レベル等において、全く異なっていることは論を待ちません。しかし今、私自身を含め多くの日本人が隣国に不信感を抱いているという意味においては、立場は逆ですが同じ構図です。

       

      一点、我々が注意しなければならないことがあります。綺麗ごとを言うようですが、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いになってはいけない。在日に関わる今日の多くの問題、顕在化している事案もあるが、必ずしもそうでないものもある。日本人として腹立たしいこと、政府・自治体の対応、一部日本社会の動きや世間の評価に歯がゆいこともある。しかし、個々の在日全員が問題を有しているわけではない。そこのところを履き違えると、行くべき方向や措置を間違えることになる。我々は「包容力」という、美しい言葉を持った民族です。一方で国家としてやるべきことは、情に流されず「毅然とした対応」が求められる。日本は凛とした国です。

       

      そうありたいと願うが、両者(包容と毅然)の使い分けは難しい。

       

      【眦菁郢襪離フィシャル・サイト】

      http;//www.umihiro.jp

       

      博海堂

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

      ノルウェー紀行(前編)

      2018.12.20 Thursday

      0

        今年はこの話題で締めます。

         

        1996年の夏に帰国して以来、実に22年ぶりにノルウェーに行ってきました。今回の訪問は観光ではなく、NATOの会議に参加してきました。母校防衛大学校の某教授が、お声をかけて下さったものです。私と教授以外は現役の後輩諸官であり、老兵が参加して良いものかと思案したのですが、何かあった時の重しにでもなればと思いジョインさせて貰いました。会議は首都オスロから南に80キロほど下った Tonsberg という小さな街で開催されました。3年間この国で過ごしたとはいえ、20年以上も前のことであり浦島太郎になった気分ではありました。

         

        今夏にNZを旅した時、空港に設置されているチェックイン機について描いたのですが、恥ずかしながら今回旅して WEB CHECK-IN があることを知りました。荷物はどうしてもアナログ的に預ける必要がありますので、大してメリットがあるとは思いませんが、事前に座席指定もできるので有り難いですね。国内の旅行ではいつもやっていることで、ちょっと考えれば気が付きそうなものですが、歳寄りの先入観ってのは怖い。今時、外国で乗る列車の切符も事前に日本で購入できるんですね。実際の運航ダイヤとは微妙に違っていたりして、やや正確性には欠けますが便利な世の中になりました。今日ではパソコンが使えないと不便なばかりか、高い買い物ばかりするようになります。便利ではありますが、歳寄りには住みづらい世界です。ヨタヨタしながらでも、死ぬまで何とか食らいついていかんとな〜と思っています。とにかく、”なんでんかんでん”ネットでできないかと思ってみることですな。すると大概のことは処理できる。自分が疑問に思うことは、同じように疑問に思っている人が、必ずと言っていいほどいるってことでしょうか。しかもその回答をネットで見ることができる、ってのが素晴らしい。ただし情報のタイムラグもあるでしょうし、ネットで見つけた回答が全て正解だと信じ込まないことが重要かと。これは情報社会の鉄則だよね。

         

        さて、初めてフィンランド航空を使いヘルシンキ経由でオスロに入りましたが、FINNAIR はなかなかサービスが行き届いており好感が持てました。日本人女性スタッフ(客室乗務員)も乗り組んでおりましたが、日本の航空会社に勤務しているような趣ではなく、例えば髪なども女学生のように輪ゴムで後ろをまとめただけのポニーテイルで微笑ましかった。それが良いとか悪いとかではなく、乗ったお客さんの乗務員に対する見方・考え方の違いに因るものだと思う。北欧では乗務員に、まつげが長いとかシュッとしているとか、即ち容姿など何ら期待していない。乗務員が履いている靴は、膝下まであるロングブーツです。寒い国特有のお国柄ではありますが、日本では考えられない社内規定ではないでしょうか。

        ノルウェーに住んでいた時のことです。通常よく使うSAS(スカンジナヴィア航空)の乗務員について商社員と話していた折、某氏が「機内で非常事態が起きた時、武官は日本のスチュワーデスとSASの人とどちらが頼りになると思いますか?」と訊かれました。う〜んナルホド、納得です。その話とはちょっと違いますが、今回も情けないことがありました。飛行中に座席上の棚に入れたコートを取り出そうとしたのですが、飛行機の傾きで奥の方に滑り込んでおり、短身の私にはどうしても手が届きません。仕方なく恥を忍んで、背の高いフィンランド人の女性乗務員にお願いしたところ、背伸びするでもなく、ヒョイと覗き込んで難なく取り出してくれました。日頃偉そうなことを言ってるOld Sailor は、あたかも小学生になったような気分でした。情けないことこの上ないですが、体格は如何ともし難い。

         

        一件驚いたのは、入国審査のカードがなかったこと。通常、入国にはつきものですよね。航空機でも、乗ってから結構早い時機に配られます。ところが、ヘルシンキ到着の一時間前になっても配られません。もしかして眠っている時に配布されたのかと思い、不安になって乗務員に確認したところ「必要ありません」とのこと。「でもオスロまで行くんだけど・・・」「もし必要であれば、次の(乗継)便で配られます」。結局、成田〜オスロ間で入国審査カードの配布はなかった。いい加減だなとは思いましたが、考えてみればあのカードを記入するときには、結構適当に書いてることが多いですよね。IT が発達しているので、不正確でいい加減な申告など必要ないってことでしょうか。本件も帰国後ネットで調べてみると、「北欧では入国カードは必要ありません」とありました。いや〜知らんかった。因みに、帰国の時にはしっかり書かされました。

         

        ヘルシンキでは乗り継ぎ時間に余裕を持たせてなかったので、久々に汗をかきました。パスポート・コントロールには長い列ができており、イライラしながら順番を待つ。なぜか日本と韓国だけが別のラインです。両国からフィンランドを訪れるお客さんが、格別に多いのでしょうか。或いは信頼されてないのか。何とか間に合って、離陸予定の15分前に搭乗。オスロ行きなので、勿論多くのノルウェー人が乗ってます。そこで驚いたのは・・・正確には再確認したのは、とにかく国旗が好きな国民であること。って言い方はノルウェー人に失礼で、国旗や国家に誇りを持ていると言うことです。多くの乗客が、上腕部や背中に国旗が付いたジャケットを着ている。手荷物のバッグにも国旗があしらってある。ニット帽にも国旗が・・・etc。一瞬、何かのスポーツの団体かと思ったのですが、いやいやこの国は昔からそうだったと、この国の国民性を思い出した次第です。

        本当に羨ましい光景です。日本で日の丸のついたセーターなど着ていると、私のように目つきが悪いオッサンは「この人絶対右翼」みたいに見られる。一般住宅で祝日に国旗を掲げると、異様な光景のように映る。そんな空気が国内に充満している。自覚した方が良いですよ、皆さん。我々が住んでる国は、決して普通ではないんです。因みにオスロで一泊しましたが、王宮前から真っ直ぐに伸びている目抜きのカールヨハンス通りには、常に大小多くの国旗がなびいています。5月17日のナショナルデーには、王宮前が国旗で埋まる。王宮のベランダにお立ちになられたロイヤル・ファミリーは、手を振って国民(民衆)に応える。勿論、何処やらの国のように王宮のベランダに防弾ガラスなどありません。ナショナルデー(祝日)でなくても、戸建ての庭には国旗掲揚台があり、アパートメントのベランダには小さな国旗を見ることができる。

          ノーベル平和賞受賞者が宿泊するグランド・ホテル

         

        気にもしてなかったのですが、銀座中央通りでは何本の日の丸を見ることができるのでしょうか。正月休みにでもチェックしてみます。せめて10本くらいはあって欲しいが・・・。

         

        【眦菁郢襪離フィシャル・サイト】

        http;//www.umihiro.jp

         

        博海堂

         

        追伸 皆様、今年も一年間、グダグダ描いている拙稿をご購読、じゃなかった閲覧下さり誠に有り難うございました。少し早いですが、良いお年をお迎えください。そして、明くる年もご交誼を賜りますよう宜しくお願い致します。

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

        NHKの番組から

        2018.12.06 Thursday

        0

          NHKラジオ(AM)第一放送に「すっぴん」という番組があります。週日(月〜金)の午前中に放送されており、とても楽しい番組なので私も時間がある時には聴いております。女性アンカーと曜日ごと日替わりで登場する、著名な相方さんとのやり取りが大変愉快な番組です。特に女性アンカーのカラカラとした笑い声や、忌憚のない話しぶりが多くのファンを引き付け、同局の人気番組になっているようです。ただ今時ですから、また放送の時間帯からしても、聴いている人の絶対多数は私のように比較的時間に余裕のある年配層や、ちょっと変わった主婦層(アッと失礼)に限られているように思います。

          番組は毎日異なるテーマについて、視聴者の声などを披露しながら進行していきます。時には勉強になるテーマもあり、ナルホドと思わせて会話が進むこともありますが、大概は罪のないやりとりに終始するので気軽に聴ける番組です。

           

          と思ってました、先日までは。と言いますのも、一ヶ月ほど前のことです。登場した金曜担当の某作家先生が堀越英美氏の『不道徳お母さん講座』なる本を紹介・引用しつつアンカーとやりとりをしてました。30分間ほどだったでしょうか。お二人の話しを(私の言葉で)要約すると、「浦島太郎」や「桃太郎」の話を俎上に上げて、「日本のおとぎ話は、歴史をたどれば時の権力や国策(富国強兵など)によって都合よく歪められ、今日に至っている」ってな感じでした。件の先生が何かを読んでる様子でしたので、その何たら講座なる本に描かれているのでしょう。興味をそそられるタイトルですが、何となく不道徳そうなので未だ読んでません(笑)。それを、お二人が驚きの声を上げつつ、半ば茶化しながら愉しそうに(私にはそんな風に聞こえました)話を進めてました。深入りはしなかったですが、ほんの軽く皇室にも触れてました。

           

          今日我々が目にするものの中には、歴史を遡れば確かにそういうものもあるでしょう。時代は今とは違います。今日では、例えば私のように何の力も権威もない者が書いたものでも、百年後にどこかのフォルダーに残っている可能性もあります。ですが、おとぎ話のように何百年・何千年と、長きにわたって伝えられ残ってきた多く(殆ど)の話は、おそらくは力(権威)に因るもの、力あってのものでしょう。勿論、長きにわたって一般庶民の間に伝え伝えられてきたものもあるはず。でも僅少ではないでしょうか。

          おとぎ話ではないですが、例えば先月の「勤労感謝の日」は、文字通り勤労に感謝する日として、今日広く国民の間で定着しています。絶対多数の日本人 worker(主婦を含め) は、今日は今日こそ休んでいいんだと思うでしょう。現在の国の形が続く限り、「勤労感謝の日」として受け継がれていくと思う。残念ながら。そして、実はこの祝日はGHQという時の絶大な権威・権力によって、名称の変更を余儀なくされたもの、名称だけではなく本質も全く異質なものになった、という認識は庶民の中から消えてなくなる。

          いずれにせよ、この日の番組の脚本やシナリオにはある種の意図が感じられる、と思ったのは私だけでしょうか。公共の電波は、不特定多数のいろんな階層の人が聴きます。私のようなひねくれ者は???と思いながら聴きますが、中には或いは多くの人は、この例で行くと、おとぎ話はどれも大なり小なり政府や権力者の都合がいいようにねつ造されているのか・・・と感じるはず。敢えて言えば、脚本を書いた人・それを伝える人の、そのような見解・見方を刷り込まれているのではないか、と勘繰ったりします。はなから権力は悪・軍事は悪であり民衆の敵、みたいな言いぶりが気になりました。私の思い過ごしであれば良いのですが・・・。

           

          話は変わります。大分前ですが拙著『指揮官の条件』(講談社現代新書)に関するネット上のコメント(書評)を拾ってみたことがあります。すると文中の「教育勅語のどこが悪い」に対して、全編については賛同の意を表しつつも「ここ(教育勅語)だけはいただけない」旨のご指摘がありました。勿論、多様な見方があって当然なのですが、現在多くの日本人には「戦前のものは全て悪、道徳教育は悪、ましてや教育勅語など・・・」という刷り込みがなされているような気がしてなりません。声を大にしてそう訴える人もいますので。上記、拙著を指摘された方はそうではないと思いますが、教育勅語を目にしたことも読んだこともない人が、「教育勅語」と聞いただけで拒否反応を起こす。統計を取ったわけではありませんが、そういう日本人は多い。と言うよりも、今日殆どの日本人はそうではないでしょうか。

          このような状態はある意味怖い。なぜかと言うと、言ってることは戦前と全く逆ですが、やり方はほぼ同じだから。昭和16年12月19日付の某大手新聞、第一面には「長期戰もとより覺悟 戰時經濟に不安なし」のヘッドラインが躍っている。

           

          このような日本人の民族性、即ちメディアや政治に扇動され易い国民性を、近隣諸国や同盟国はどう見ているのでしょうか。

          私の拙い推察によれば、違った意味ではありますが、私と同じように「危ない国・危ない国民」と観ている(のではないか)。民衆は(誰かによる)扇動の仕方、或いはその時の空気によって大きく動く、大転換する恐れがあるからです。たとえ今は、自分たち(近隣諸国)にとって都合が良い空気になっていても、ちょっとした何かをトリガーにして大きく振れる可能性がある。そうなると、自分たちに向かってくるエネルギーはとてつもなく大きい。みたいな分析がなされている、のではないでしょうか。逆にこのような国民性を利用しようと、外から(残念ながら内からも)画策する輩(国や組織)もいます。要注意です。

           

          勿論、うがった見方です。しかし、つい数十年前には米国と言う大国に牙をむいた国です。その前には、有色人種として初めて白人と干戈を交え、しかも勝った国なのです。更には、完膚なきまでに打ちのめされても、短時間で再興する力を持っている。

          物事は正面だけから見るのではなく、裏や斜めや、いろんな方向・角度から観察する必要があります。相手があって自分の行動方針を定めるときには、特に多方面からの検討が求められます。ひとつの方法・やり方としては、相手は自分をどう見ているのか、相手が自分であればどう出るか、と考えてみること。そのためには、相手のことがよく分かってないとできません。国と国の喧嘩も夫婦げんかも、基本的には同じようなものかも(笑)

           

          テレビの在り様は、この先20〜30年で画期的に変わるような気がします。大宅壮一さんが初期段階で看破したように、テレビは既に「一億総白痴化」という大目標(?)をほぼ達成したわけで、当然淘汰と衰退の時代に入る。でもラジオが生き残っているように、人々にとって必要なものは残ります。テレビが時代を席巻していた頃、ラジオを聴いているなんて恥ずかしくて言えない空気がありました。テレビも既にその序章にあります。テレビと新聞で得た知識だけで時局や世相などを話そうとすると、ピント外れで若い人たちからは相手にされない時代になる。実はもう、その過程にあるのですが・・・。彼(彼女)らは疑問に思ったことは、ネットで裏を取りますからね。

           

          さてNHK(テレビ)さんですが、私は天気予報と教育番組(Eテレ)にのみ、その存在意義(?)を見出しております。天気予察は民間会社も随分進化しているので、既に必須ではなくなりました。でも、Eテレは結構面白いですよ。今日の料理とか趣味の園芸とか健康ものなど。毎日の生活に役立つ内容を、これほど纏まって配信しているところはない。そこでひとつの提案ですが、国内外の「事実関係に限定(論評は要りません)」したニュースと災害情報をEテレに引っ越し、ここ(Eテレ)だけ国営化しては如何でしょうか。勿論、国営ですから国民がしっかり監視する。

          すれば、随分経費を削減できると思うのですが・・・?

           

          【眦菁郢襪離フィシャル・サイト】

          http;//www.umihiro.jp

           

          博海堂

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

          Noblesse Oblige

          2018.11.22 Thursday

          0

            先日、都内のホテルにおいて東京香川県人会が催されました。退役後は、日程さえ合えば参加するようにしております。高校の同窓会とはまた少し趣が異なっており、同郷の人たちや香川ゆかりの方々と話をするのは楽しいものです。同じ地域の出身者が同じテーブルに着くよう配慮されておりますので、年代や性別を超えて話は大いに盛り上がります。古里とは有り難いものです。

            今年の県人会総会は第100回記念ということで、五百人以上の参加者があり近年になく盛会でした。なかでも、節目の年と言うことでお願いしたのでしょうか、讃岐にご縁がおありになる高円宮妃久子殿下のご来臨が得られ、ひときわ華やかな県人会になりました。企画運営された役員や、県の出先機関である東京事務所の職員を始め、関係者の皆さんは大層お疲れになったと思います。

             

            妃殿下はご挨拶で、ご幼少の頃や学生時代に御父君のご実家(在三豊:西讃)を訪れられたこと、お祖父さまやお祖母さまのことなどを、私ども庶民の目線で話されました。誠に僭越ではありますが、内に秘められた知性が自然に滲み出ておられました。前回のブログで「顔と目(瞳)」について描きましたが、時々テレビで拝見するのと紛うことなく、まさしく涼しい目をしておられました。周りの人たちをして何かホッコリさせる空気が醸し出され、参会者はみな郷土讃岐を誇りに思い心豊かな気分になったことでしょう。

             

            ということで、今年の県人会はとても満たされた気持ちで帰路に着きました。と言いたかったのですが、私には何となく釈然としないものが残りました。それは・・・:

            もうこの歳になりますと怖いものなしですから、また現役の時にお会いする栄に浴したこともあり、ご挨拶に伺おうと遠目に様子を窺っておりました。時間もかなり経過し妃殿下の周りも落ち着きが見えたので、頃合いを見計らい、たまたま参加していた防衛大学校(海上自衛隊)の後輩で、元部下だった某君を誘いご挨拶に伺いました。

            さて我々が妃殿下ご臨席のテーブルに近づきますと、同じテーブルに着いておられる或る方が、とにかく早く終われと身振り手振りを交え小声で合図します。ご丁寧に写真はダメダメと。勿論、当方カメラもスマホも手にしておりません。如何に私が不躾とはいえ、その程度の常識は持ち合わせております。前の誰かが「お写真を・・・」とお願いしたのかもしれません。それなりの理由があってのことでしょう。

             

            さて、ここでは細部については言及しませんが、我が練習艦隊が出国・帰国の際には、司令官がご報告を兼ねて宮邸にご挨拶に伺います。我々の頭の中には、海上自衛隊の練習艦隊という発想はありません。日本国の練習艦隊なのです。従って、英語では Japan Training Squadron と訳します。そんなことでして、妃殿下からは「先般帰国し、司令官と一緒にみえた若い方(男女1名)はとても優秀でした」とのお言葉を賜り話が弾みました。と言っても、せいぜい3〜4分のことです。すると小生の厚かましさがお隣さんの気に障ったのか、お皿を指して「長居をすると食事を召し上がれないではないか」とのメッセージ。???勿論、old sailor はそんな横やりにめげることなく話を続けます。妃殿下も嫌なお顔などされるはずもなく、丁重に応じて下さいました。

             

            でも、これ(お節介?)ってどうなんでしょうか。多くの庶民に丁寧に対応して下さり、妃殿下はお食事を摂られる時間もない。おそらくお腹がすかれたことでしょう。宮邸にお帰りになり「ああお腹すいた。何か食べたいわ」となられることは想像に難くありません。やんごとなきお方とて生身の人間ですから。でも失礼を承知で言えば、また不躾な自分を正当化するわけではないのですが、それは仕方がないと思う。絶対にそんなことはないと思いますが、もしそれを否定されたら高貴なお方ではなくなる(ような気がします)。因みに、今回の場は着席での会合ではありましたが、食事はバイキング形式であり、少し時間が経つと多くの人が自由にテーブルを移動します。限りなく立食に近いパーティです。

            某氏の助言は、百歩譲って、我々不躾な庶民に対して無礼なことではない、かもしれない。しかし、やんごとなきお方に対しては、ピント外れで大変失礼なお心遣いなのではないのか。少なくとも、その場は会話が弾んでいる。Old sailor にお気を遣われてのことではありましょうが、妃殿下も話しておられる。それを遮ることになりはしないのか。

             

            海上自衛隊では、任官した若い士官(幹部)が遠洋航海(外国)に出る前に「パーティではガツガツするな」と躾けます。とは言っても若い子だからお腹がすくので、パーティに参加する者には事前に食事を摂らせて送り出す。そう、パーティは訓練の一環なのです。海軍士官が社交の場でみっともない姿を見せるんじゃない、恥ずかしい振る舞いをしてはいけないと教える。名前は海上自衛隊であれ何であれ、一旦外(海外)に出れば日本の NAVY 海軍として遇される。従って、世界に出して恥ずかしくない、世界に通じる海軍士官としての振る舞いや矜持を叩き込む。それが、いみじくも妃殿下がおっしゃられた「優秀な士官」に繋がっている。「優秀」のお言葉の意味は、多少知識が豊富なことや外国語を話すことができる、ってな些末なことではない(と思う)。

             

            彼(彼女)らが長じて司令官や総監になると社交の場も多い。しかし、少なくとも立食パーティの時には、家人を含め食べ物を口にすることは殆どありません。せいぜいワイングラスを手にする程度。勿論、どんなに酒好きの猛者でもガンガン飲んだりはしない。パーティは宴会ではないし、食事を摂る場でもない。勿論、お酒を飲む場でもない。参会者と話をして交流する、お互いに会話を楽しむのが本旨。ホスト(ホステス)ともなれば、多くの方が入れ代わり立ち代わり挨拶に来てくれる。だから一時間半・二時間、時には三時間の立ち話で疲れても、満足して帰途に着くお客さんの後姿を見ると心地よい余韻が残る。そして官舎に着くと「お腹すいたなぁ、ラーメンでも作ろっ」となる。酒好きな者は、お会いした人たちの顔を思い浮かべながら、ゆっくりと飲みなおす。

            長年やってきて、それがおかしいと思ったことは一度もない。現役の頃、尊敬する先輩が標榜しておられた「やせ我慢」、正直、下らんこと言うなぁと思ってました。恥ずかしながら今回、その本当の意味を理解しました。とても奥の深い言葉です。

             

            日本の常識や国際感覚に疎い小生です。ご指導下さったお方に、衷心より感謝申し上げます。大変勉強になりました・・・。

             

            【眦菁郢襪離フィシャル・サイト】

            http;//www.umihiro.jp

             

            博海堂