真空地帯

2019.04.25 Thursday

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    今時「非武装中立」など信じる人は皆無、とは言いませんが殆どいないと思います。しかし、戦後の何十年かに亘ってかかる美しい言葉(絵空事)がこの国を席巻しておりました。非武装信者にとって自衛隊は、勿論憲法違反であり平和を阻害する要因でありました。との認識だったはずです。ですがその信者さん代表は、この国のかじ取りを任された途端に「自衛隊容認」に大きく舵を切りました。我々船乗りで言えば、「取り舵(左回頭)一杯」だったのを、一気に「舵中央」にしたようなものです。この時彼(彼女)らが大きく舵を(相対的に右に)切ったのは、或る意味仕方ないことですよね。そうしなければ、現実の問題としてこの国が生きていくことはできないし、国家としての体をなさない訳ですから。流石に「自衛隊は違憲」とは言えなかったわけです。

    この辺りから、いかな能天気な日本人も「ちょっとなんか違うんじゃない?」と思いだしたんだよね。そして非武装中立なる理論(?)は、今日では風前の灯火です。それでも自称平和主義者の間には、今なお残滓(この「神話」の信者)があるようです。神話という表現は神様に失礼ですね。言いたいのは、非武装中立なる考え方は、謂わば「神がかった信仰」だと言うことです。まさに他力本願。どこやらの国の憲法前文にあります。「・・・平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して・・・」。能書きとしては誠に美しい。でも、世界中の全ての国の信義を信じることで自国の安全を確保することができれば、これほど安易かつ安上がりな国防政策はありません。戸締りも鍵も保険も、な〜んも要らんわけですから。年間で5兆円が浮きます。この保険代5兆円を高いと思うか安いと感じるか? ですね。

     

    のっけからきつめのジャブを入れましたが、安全保障において、そして国際政治において最も危ない状況・情勢は「力の空白」です。国際情勢は空気みたいなもので、良いにつけ悪いにつけ各国・地域の力が均衡して平和が保たれています。この「ちから」は、必ずしも武力=軍事力だけを指すものではありません。国で言えば国力です。その国のトータル・パワーですね。パワー・バランスの典型的な例が米ソの冷戦構造でした。核戦力をはじめ、アメリカとソ連の力が均衡して世界の平和、とは言えないかもしれませんが、とにかくカッチリとした世界の安定が維持されていた。勿論、その安定の陰には虐げられている多くの国や人々がいたことは間違いありません。時は流れ、一方の大国であったソビエト連邦は、アメリカとの軍拡競争に敗北して疲弊し崩壊してしまいました。

    話は少し横道にそれますが、昭和62年(1987)、当時市ヶ谷にあった海上自衛隊幹部学校で、我々学生は二十年後の海上自衛隊の在り方について議論しておりました。学生も教官もそして招へいする多くの講師(与野党の政治家さんを含む)も、誰一人としてソ連の崩壊を予見する人はいませんでした。と言えば嘘になります。実は只一人、防衛研修所(当時)の或る女性教官だけが、時期は明示しなかったですが「早晩ソ連は崩壊する」と言い切ったですね。それなりの人でソ連の崩壊を予見したのは、私が知る限りではこの方だけです。彼女はソ連研究の専門家でしたが、今思えば素晴らしい研究者であり学者でした。勿論、私を含め生意気盛りの学生(学生の殆どが3佐=少佐)は、彼女の説を「そんなアホな〜」と誰も信じなかった。そして毎日、冷戦情勢下での海上自衛隊の将来像や、在るべき姿について口角泡を飛ばし議論してました。憲法問題もそうでした。

    全く時代が読めてなかった。回顧して、誠に恥ずかしく思います。

     

    この2〜3年後に東西の冷戦は終焉を迎え、ソ連は無くなりました。ソ連の支配下・影響下にあった多くの国や人々は、ソ連の軛(くびき)から解放されて独自路線を歩み始めます。その多くは、欧州(ヨーロッパ)への回帰を図った。東欧やバルトの人たちはみんな、自分たちはヨーロッパ人だと思っています。そして、いよいよ平和な日々が来ると思っていた。しかし平和の配当を得たのは、長い人類の歴史で観れば瞬時です。欧州は西欧と言う受け皿があったのでまぁ良かったのですが、アジアにはそんなものはありません。或る国は歴史を読み違えましたね。国内に駐留していた米軍に「(ソ連の脅威がなくなったので)もう基地は貸さない(=出て行け)」と決定した。そう言われた米軍も「あっそう」と撤退してしまいました。アメリカも早計だったと思います。さてその後、その国や地域の情勢はどうなった? 簡単に言えば、瞬く間に一部の領域が隣の大国に飲み込まれました。何年か後に自らの誤りに気付いて米軍に秋波を送ってましたが、米海軍の友人は「某海軍は腐ってる」と言ってました。決して他人ごとではありません。平和に慣れた軍隊は腐ります。しかも早いです。艦艇は3か月間港に停泊したままだと、艦底にはフジツボが付着し戦士(戦闘員)の心も腐ります。

    冷戦の終焉に湧き、あの時日米両政府が同じ決断をしていたならば、今日では我々も同じ状況、即ちとても悲惨な状況になってるはずです。我々は時の為政者と、この国の地勢に救われました。一例として挙げましたが、「力の空白」というのはそういうことです。

     

    小さな村も世界も同じです。平和と安定が保たれるためには、必要悪かもしれませんが「ちから」が不可欠です。「ちから」は空気なのです。世界の空間は、「ちから(主として軍事力)」という空気によって満たされ、釣り合いが取れています。だから、一つの大きな塊で「ちから」が崩壊する(なくなる)と、そこにポッカリと真空地帯ができます。安全保障上、その時が最も危ない状態です。冷戦時の太平洋の海洋戦力は、米第七艦隊+海上自衛隊=ソ連太平洋艦隊という構図で、或る意味安定が保たれていました。ところがソ連の崩壊によって、一方の雄であるソ連(ロシア)の艦隊は「死に体」になった。ここに「ちからの空白」が生じた訳です。するとどうなる? 算数も国際情勢も1+1=0はあり得ません。ゼロ(真空)を埋めるが如く、他の力が急速に台頭します。それが歴史の必然なのです。

    因みに、ロシア(旧ソ連)艦隊が「死に体」状態に陥った時にも、彼らは腐っても鯛だと思っていました。今もその考えは変わりません。決して侮ってはいけないということです。いずれ大艦隊に復活します。今我々が南の方だけにフォーカスしてたら、足をすくわれることになります。その時の太平洋の力学は、大きくは第七艦隊+海上自衛隊⇔中国海軍⇔ロシア太平洋艦隊の三つ巴になる。これに豪州や台湾、その他アジアの国々の海軍が関わってくる。そして、もはや時代の力学は太平洋のみで完結することなく、太平洋+印度洋の海洋戦力が世界の趨勢を大きく左右することになります。すれば、ヨーロッパ諸国の海軍も出てくる。さ〜どうする?

     

    国際安全保障におけるキーワードは、自らが力の空白にならないこと、そして真空地帯を醸成しない(作り出さない)ことです。現下の大きな争点である憲法の問題、沖縄の問題は、このような視点からも考察し議論する必要があります。太平洋・印度洋海洋戦力の各プレイヤーは日本の動きを注視しているでしょう。何のために? 

    各国が最も重視しているのは、それぞれの「国益」であることに疑いの余地はありません。北や南の島を含め、百年後二百年後の日本地図はどうなっているのだろうか?  

     

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    追伸 グダグダ言ってるうちに、67(歳)になってしもうた(笑)。笑っとる場合じゃないってか・・・。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    再び国旗

    2019.04.11 Thursday

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      お天気に誘われて、銀座を散策してきました。と言っても直線の中央通りを京橋から新橋方面へ、一丁目から八丁目までぶらぶらと。まさに陽気の中で銀ブラです。ではありますが、目的はただ一つ。日本で最も名の知れた、かつ我が国の誇りでもあるこの通りに何本の国旗(日の丸)が揚がっているのかを確認するため。常態を知るために、敢えて平日を選びました。これと言った仕事もない、暇人のやることです(笑)

       

      結論(散策の結果)を急ぎます。ゼロ!

      これが日本の目抜き通りかい。10本とは言わないが、せめて2〜3本はあるだろうと高をくくって歩き出したのですが、見事に外されました。Ferragamo や LOUIS VUITTON が「日の丸」を揚げてないのは理解できますが、我が国屈指の老舗であるSEIKOにも「三越」にも「とらや」にも、そして額縁を求める時にしばしば立ち寄る itoya(文具店 )にも国旗を認めることはできませんでした。そもそも、ビルディングの前に国旗掲揚台がない。さりとてビルから張り出すポールもゼロ。「旗を揚げるポールを設置しないようなビル建設には、弊社は入札しない」ってな宣言をする、骨のある建設会社の社長はおらんのか・・・。天気は良いが、驚きと寂しさが交錯する散策・観察になりました。流石に一部のビルの屋上にはそれらしきものを確認することができるので、お上りさん宜しく上をキョロキョロしながら歩きましたが、屋上にも旗は全く見当たりません。首が痛くなっただけの、くたびれ儲け。

      世界の服部さんちの建屋には一風変わったポールがあり、両側にヤード(揚旗線)が付いているので、お正月くらいには国旗とか社旗を揚げるのだろうか? まさか鯉のぼりを揚げるために、ヤードを張ってるんじゃないだろう。

      因みに、「ヤード」も「揚旗線」も業界用語です。


       

      私はおよそ50か国を訪問した経験を有しますが、他国に例を見ない光景です。どんな国だって、その国最大の目抜き通りには多くの自国旗が翻っている。それが自国に対する誇りの発露だからでしょう。それを見て海外から来たお客さんは、「ああ〇〇(どこどこ)に来たな〜」との思いを強くします。この街並み(銀座)では、日本に来たっていう感慨は湧かんでしょうな。多くのブランド名が横文字で並んどるし。日本の旗屋さん、お相手が官公庁だけで経営が成り立つのかな? 国旗なんてそれほど劣化するものでもないし…。などと余計な心配までする。でも、これも仕方ないか・・・と思ったり。戦争に負けるってことは、そういうこっちゃ。その内、「日の丸」はオリンピックで応援する時に使う旗ってな理解が、自国の国家観や歴史観のない「こどな」の統一見解になるかもしれない。

      オリンピックと言えば、何かと評判が悪い「2020東京五輪」組織委員会会長、総理大臣のご経験もある著名な方です。あれこれ言われますが一つ(だけ)感心したのは、あるオリンピックの時から金メダルを取った選手が最も高い表彰台で、演奏に合わせて国歌を口ずさむようになったこと。会長の鶴の一声だと仄聞します。昔から評判芳しからぬ政治家さんではありますが、それだけの国家観をお持ちだということです。人物を評価するときには、決して外見や表層的な発言だけで判断してはいけません。

      そして再び銀座、ここで日本の国家観を見出すことはできません。日本の空気も希薄、と言っても過言ではない。

       

      Not to change the subject, but ・・・:

      客年10月のこと、K海軍が主催する観艦式の実施に際して、海上自衛隊に対し「軍艦旗(自衛艦旗)を揚げるな」と言ってきました。軍艦旗はその船が当該国の軍艦であることを証明するものであり、軍艦旗を掲げない艦艇はたとえ大砲を備えていても軍艦とは見做されない。例えば、造船所から未だ引き渡しを受けていない建造中の護衛艦、外見上は軍艦に近いですが社旗を揚げて航走します。これは軍艦ではありません。謂わば、海賊船と言われても仕方がない状態です。

      そんなことは絶対にないですが、例えば逆に我が方がK国の国民感情を忖度して「軍艦旗を降ろして参加したい」と提案したとします。もし私が主催国の艦隊司令官であれば、「我が海軍を馬鹿にするな!そんな訳の分からん船を、国家行事である観艦式に参加させることはできない」と断固参加を拒否します。斯様にK海軍の要請は、国際常識に反するとても恥ずかしい行為であり、歴史に残る汚点になった。当の本人がどう思っているか・・・ではありますが。

       

      軍隊の本質について簡単にレヴューします。軍隊が有する機能は、(対外的に)国家として主権を体現し発動することにあります。従って例えば海軍については、国外にある軍艦は在外公館(大使館や領事館)と同じように、国家の分身として治外法権を有します。これ即ち、軍艦に掲げる旗(軍艦旗=自衛艦旗)は軍艦であることを示すと同時に、国権を発動する国旗に準ずる旗だと私は理解する。その旗を揚げるなということは、やや話が飛躍しますが、例えば「平昌オリンピックにおいて、日本選手が金メダルを取っても日の丸は揚げるな」と言うに等しい。そんなことが許されるわけがありません。自衛艦旗が、帝國海軍で使われていたものと同じデザインの旭日旗であろうとなかろうと関係ありません。我が国が正式に採用している旗であり、関係法規に則って掲げているものです。他国がとやかく言う筋のものではない。ましてや歴史認識などとは何ら関係がありません。K海軍の要求・要請は、我が国にとってそれほどに重い案件であったのです。

      FC(射撃管制)レーダーによる日本哨戒機への照射事案は、一つ間違えば実力行使に発展する恐れがあり、軍事的には極めて危険な行為ですが、これは謂わば現場(前線)の話です。因みに、FCレーダー照射事案が生起すると、直ちに艦隊司令官が当該艦に飛んだ(という情報がありました)。これが何を意味するかと言えば、K海軍はことの重大性を認識していたということです。そりゃそうです。世界の非常識に類する行為ですから。艦隊司令官は事実関係を確認し、そして緘口令をひいた(ことは想像に難くありません)。さてその後、艦長以下関係者が如何なる(懲戒)処分を受けたのだろうか。或いは、英雄として金鵄勲章を受章したか・・・。

       

      旗の問題は、日本の国そのものに関わる重大事案です。外国が他国の旗について云々することは、その国の国権を損なおうと企図するものであり、僭越かつ失礼極まりない。先方は勿論のこと当該国である我が国自身も、そこのところを正しく認識する必要があります。

      他国のことはさておき、この国では学校の式典などで国歌(君が代)が演奏される時に、起立しない教育者(先生=学校職員)がいるらしい。更には、その良し悪しを巡って裁判になる。普通の国では想像もつかない風景です。世界に冠たる経済大国日本は、国家としてかくも劣化し脆弱で、常識のない国として世界中の笑いものになっている(かもしれない)。そんなことを思いながら銀座を歩きました。

       

      血圧と心臓に良くない銀ブラだった。

       

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      故郷に向かいて言うことあり

      2019.03.28 Thursday

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        郷里の元分校の横に、立派な地神が祀られています。たまたま帰郷している時に春のお祭(神事)がありましたので、参加させて頂きました。「地神」は私の古里では「じじんさん」と呼ばれ、春と秋の彼岸の時期に神事(お祭り)が執り行われます。春は田植えを目前にして今年の豊作を祈願し、秋には収穫に感謝するという趣旨です。昔からやっていることには、すべからく意味があるのです。現在は大字の4つの自治会が持ち回りで運営(神事)を担当してますが、自治会の中にはたった5〜6世帯のところもあり、周辺の掃除やお供え物の飾りつけなど、高齢者には骨が折れる作業です。還暦をとっくに過ぎた私ですが、村では甲板士官みたいなペーペーです。しかし最近は結構帰郷しておりますので、村のお年寄りたちもやっと私の顔と名前を憶えてくれました(笑)。

         

        話は変わります。ついてきてね。

        その「じじんさん」の近くに、一つ(正確には二つなのですが、ここで言及するのは一つなので・・・)の石碑があります。拙宅(実家)のご近所(二軒先)に、陸軍中将近藤新八さんのご実家があるのですが、その方(近藤中将)ご夫妻、主として奥様を称える碑です。ご実家には蔵があり、村の名家に数えられています。近藤中将は私と同郷と言うだけではなく、現三本松高等学校(旧制大川中学)の大先輩でもあります。大正2年3月の卒業ですので、拙著『ソロモンに散った聯合艦隊参謀』の主人公樋端久利雄の8年先輩です。

        中学を終えると陸軍士官学校(28期)に進み、陸軍大学校(41期)へと歩を進めた俊秀です。終戦時には広州(中国大陸)に展開する、第130師団を率いていました。戦後、いわれなきB級戦犯に問われ刑場の露となる。地元では若い頃(大佐)の奉天及び新京憲兵隊長の経歴が災いしたと仄聞しましたが、師団長として体を張って部下の帰国・復員を図ったのが実態のようです。少し国内が落ち着いた昭和28年に、国会の全会一致で名誉回復がなされ法務死に認定されました。この「全会一致」が意味するところは大きい。今の国会では想像もつかないですが、当時の野党にはそれだけの見識があったと言うことです。

         

        グダグダ説明するよりも、碑文を転写した方が理解が早いと思います。以下の通りです。

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        顯彰碑

        昭和二十二年十月 中華民國広東省広州市に於て節義に斃れし 故陸軍中将従四位勲二等 近藤新八(享年五十五才)未亡人近藤元子氏(当年九十六才)広島県佐伯郡大野町在住より古里大川町に対し学校教育助成基金 一金七千五百萬円也の篤志御寄付を賜れり

        夫人は山口県萩市 和田家の生まれ 大正十五年三月近藤新八大尉と結婚 戦中戦後の動乱の中を生き抜かれ 自ら原爆症に悩まされつつも 不幸にして殉職されし方々遺族の相談相手となり また軍人遺族会の指導に献身され 祖國復興に尽くされたり 正に日本婦道の亀鑑とも申すべき刀自なり

        戦後五十有余年 風靡改過

        世界人類の恒久平和と大川町の未来を託する子弟の健やかな成育を希求する徳星を頌しここに南川(新八雅号)の地に建碑して永く敬仰顕せんとす

        平成九年丁丑 清秋    大川町長 十河昭五 

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        碑の裏面には、「元第130師団長 近藤新八中将副官 福永光司」と彫られています。余計なお節介ではありますが、師団の前に「元」は要らないと思う。他業種の方には何のことか理解できないでしょうが、副官は永遠なのです。

         

        ご家庭の事情もあったかと推察するのですが、それにしてもどうですか・・・この夫人の振る舞い。明治の女です。親戚筋も偉い。夫人の寄付行為に反対するでもなく、これを咎めるでもなく。今日の世知辛い世の中で、一般庶民が億に近いお金を子供の教育に役立てて欲しいとポンと寄付する。正直言って私には、この金額の十分の一でも難しい。仮に私がそう言っても、連れ添いや子供らがどう思い、どう判断するかですね。しかし近藤夫人の判断は、一つの指標になります。あっちに行くときに、資産が残っておればですが・・・。日々の生活に汲々としている私には、とても期待できそうにない。

        なお、近藤夫人の篤志は基金化され、その一部を活用して地元の小中学校には「近藤元子文庫」が設置されています。蔵書は一万冊を超える。

         

        この地神さんの敷地内に、もう一つ重要な記念碑(柱)があります。昭和63年5月、香川県の満濃池森林公園で行われた全国植樹祭に御来臨になられた、皇太子殿下(今上天皇陛下)と皇太子妃殿下(皇后陛下)のお手まきによる松の横に建てられています。碑の一面には「第三十九回全国植樹祭開催期日 昭和六十三年五月(以下地中に埋没:おそらく二十二日)」とある。もう一面には「皇太子殿下お手まき クロマツ 皇太子妃殿下お手まき(以下地中に埋没:おそらくアカマツ)」と記載されています。

        私は以前からこの柱(碑)が気になって仕方がない。ペンキが剥がれて、文字の判別が難しくなりつつある。傾き、そして朽ちなんとしている。このやんごとなき二本の松の一本は、松くい虫が猛威を振るった時に枯れてしまったとのこと。碑は当局ではなく、大字(地元)が建立したとのことです。自治会長に「新たな碑を建てるよう市に打診してみては如何ですか?」と申し上げたところ、「市の財政は厳しく、僅かな予算でも削ろうとしています。まず無理でしょう」とのこと。平成の御代が平和裡に終わろうとしている現在、何とかできないものかと思っています。

         

        もう一件あります。欲張りで申し訳ありません。

        私が学んだ、そして私の両親も学んだ山の分校(現在は青年の家として活用)に二宮金次郎(尊徳)の像があります。例の薪を背負って歩きながら、本を読んでいる姿像です。この像は分校が廃校になるときに、当局(町役場)が撤去すると言ったらしいのですが、地元民が反対して残されたものです。私は帰郷の度にこの像を見に行き、先人は良いことをしてくれたとの思いを強くします。で何が気になってるのかと言いますと、写真で分かる通り薪の部分が破損していること。いつ破損したのかは知らないのですが、また何方の発案かも知らないのですが、本物の薪を背負って貰ってます。それは誠に微笑ましかったのですが、今では多くの薪が朽ち落ちてしまいました。これも何とか修復したい。焼き物ですので、それほど値が張るとは思えないのですが・・・。

         

        私は貧乏性ですから持ち物でも何でも、価値あるもの・使えるものは修復・修理したいと思う。百均で買った傘でさえ、傘の何倍もする修復材を購入して使っているほどです。バリバリの貧乏性。ではなく正真正銘の貧乏(笑)。

         

         

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        追伸 神事である「じじんさん」に多くの村人が集まっている時、一台の街宣車が「〇〇の国政報告会を〇〇から〇〇で行いますので是非ともお集まり下さい。憲法改正がどうたらこうたら・・・」と大音量で直ぐ横の道路を往復した。選挙が近い。ご本人が乗っておられたとは思いませんが、彼は千載一遇のチャンスを逃した(と思う)。たった1分間車を止めて、ポケットマネーで百円のお賽銭を祀り、そして「ご一同さま、お疲れ様です。〇〇です。宜しくお願いします」と頭を下げれば、好感度かなりアップしたのではないかな。参列者は口々に言ったものです「(喧しくそこいらじゅう走ったって)みんなここに居るのに・・・」。 

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         


         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

        楢山節考再考

        2019.03.14 Thursday

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          前回は言葉の難しさについて描いているつもりが、いつの間にかボヤキになってました。今回もそうなるような予感がします(笑)。

          今日の日本社会の風潮を憂えているのですが、言葉の暴力は手足を使った暴力と同じレベルの力があります。そして多くの場合、陰湿なだけにタチが悪い。一方で、と言うよりも更に、言葉の暴力どころか実際に手を出す、しかも我が子に手をかける親や大人が顕在化しています。

          顕在化と言いますのも、おそらくは今までも件数は少なかったにせよ、同じような事案・事件はあったと思います。しかし今日では、それが弱者、即ち抵抗できない老人や子供や障碍者、或いは動物などに向けられ、最悪の事態は命を奪うケースが頻発しています。これは凶悪犯罪です。千葉で小学4年生の女の子が自宅で亡くなり、両親が逮捕されたことによって一気に社会問題になりました。遅きに失したとの思いを強くすると同時に、識者の声や議論を聴いていて、何かピントがずれてるのではないかと感じています。

           

          それにしても、誇り高き日本人のモラルはいったいどこに行ったのだろう。昔、緒方拳主演の「楢山節考(ならやまぶしこう)」という映画がありました。とてもセンセーショナルな映画でした。極貧の村には掟があり、息子は老母を背負って山を登る。その老婆自身が、家族のために捨てられる自分を納得し望んでいる。捨てられる母と捨てる子、家族の悲しさと苦しみ、そんな中にあってお互いに通い合う人間のこころ。泣かされた記憶があります。早世しましたが、緒形拳は良い役者でした。

          翻って今日の我が国の現状、子供の虐待や殺人の実態をどのように理解すればいいのか。現在大きな問題になっている件(ケース)には、「楢山節考」に見られるような、家族間の心の交流や愛の形を見ることはできません。自分の子供を手にかけて恥じないどころか、人間の心(こころ)の欠片さえも感じられない。野生動物の生態においても、このようなケースは少ないのではないでしょうか。勿論、ごく一部の日本人なのではありますが・・・。なぜ、こんな社会になり下がったのか。なぜ、現代社会はこれほどに荒んだのか。なぜ、なぜ、なぜ・・・。前回のブログではこのような大人を、「こどな(小大人)」と表現しました。

           

          親と学校や児童相談所・警察など関係機関との関わり方、方法論としては多々あるでしょう。しかし、何か大きな視点が抜けているのではないか、との思いを禁じ得ません。議論の中で、人間が持つ(べき)「こころ」という視点がすっぽり抜けているような気がするのです。確かに「こころ」では抽象的です。しかし、そこをゴールとして位置づけないと、施行する法律や具体的な対策が単なる小手先の手段に終始し、ピント外れなものになるではないか。

           

          再度、考えてみたいと思うのです。なぜ、日本の社会はこうなったのかを。

          まずは、社会全体として子供に「こころ」の教育をしてこなかった。或いは、そのような視点が希薄になっているから、ではないのか。その大きな要因の一つとして、家族の形があると思う。現在、日本人家族の絶対多数が核家族、即ち二世代(親と子供)だけの家族構成です。母子家庭も多い。しかも両親は仕事に追われて、子供の躾けや情操を育む教育に時間をかけるゆとりがない。子供は子供で、塾や習いごとに追われる毎日。

          もう一つの視点は、日常の生活にお祖父さんやお祖母さんの存在がない。私どもの子育ては終わりましたが、私の家族も例外ではありませんでした。祖父母は今や、夏休みや冬休みなど年に数回・数日会いに行く存在、そういう人たちになりました。じぃちゃん・ばぁちゃんも「孫は来て良し帰って良し」で、ただ可愛いだけの存在になった。だから、久しぶりに会う孫に小言を言ったり、社会の様子や人間の在り方をそれとなく教えることは殆どありません。毎日傍にいることがないので、親と子のバッファーにもなり得ない。それでもまだ、孫と祖父母の間で心の交流があれば救われるのですが・・・。

          実の祖父母にしてそのような状態ですから、いわんや社会として子供を育てると言う視点は皆無に近い状態です。逆に下手によその子を叱ったりしようものなら、大概の親はお礼を言うどころか余計なお節介だと文句をつける。このような風潮下では、学校の先生や周囲の大人たちの腰は一様に引けたものになります。

           

          もう一点:手前味噌ではありますが、子供が土に触れることが少なくなった。畑や田んぼや公園でゴロンゴロン寝っ転がって、どろどろになった子供を見ることは殆どありません。人間(子供)は大地に触れることで、知らず知らずのうちに成長していきます。理屈ではありません。もしこれが、ただ遊ぶだけでなく植物、とりわけ野菜や果物を栽培するために土に触れれば、更には自分が育てた収穫物を食すれば、それは最高の教育であり将来の心の糧になります。大地や海や山林、これら自然は人間の肥やしでもあるのです。植物だけでなく、ペットなど動物を飼うことも同じような力を持っていると思う。要するに、動物だろうが植物だろうが、生き物に触れることによって子供の優しい「こころ」が育まれ、命の尊厳を理解できる大人に成長する。

          私の実家は昔貧しかったので、遠来のお客さんが久し振りに見えるとなると、飼っている鶏をシメて料理をしもてなすのが通例でした。幼かった私も、何回かシメに立ち会ったことがあります。そこで動物の血を見る。ああ人間ってのは、大変むごいことをするもんだ。他の生き物を犠牲にし、食して生きているんだ。勿論、そんな難しいことは分かりませんよ。しかし、理屈で分からなくても、他の「命を頂いている」ということを体感するわけです。

          牛は農耕の必需品(家畜)でしたが、副産物として子を産ませて売り何がしかの収入を得ます。ですから、私の家で飼っていたのは雌だけです。種付けに立ち会ったこともあります。ベコ(牛の子)が生まれると、農家はまず”あそこ”を見るんです。雌は高く売れますから。雌だろうが雄だろうが、母牛は子供が売られていく日が空気で分かるんですね。その日(子牛がセリに出される日)になると、朝から異様に啼きます。売られていった後は一日中啼いてます。母の大きな目には涙がいっぱい(のような気がしました)。子供心に可哀そうだな、人間は理不尽なことをするな〜と思いました。

           

          感傷にふけってる場合じゃないですね。

          日本の社会の形が徐々に、或いは急速に変わってきたことによって、人々の「こころ」も変化してきた。残念ながら良い方にではなく、徐々に荒み病んできた。戦後の日本・日本人は、お金(銭)と効率を追求して世界に冠たる経済大国に成長したが、何か大きな忘れ物をしてきているのではないか。GHQ(マッカーサー)の手によって、我が国が・日本人が骨抜きにされたのは間違いない。しかし、あれから3/四世紀が経とうとしている現在、もういい加減修正にかかって良いのではないか。

          顕在化する諸問題の水面下には、必ずその原因が隠れています。前回は敢えて言及しませんでしたが、今日、一部の日本人が人間性を見失っている大きな要因として「戦後の教育」がある。断言します。教育には家庭における教育、社会における教育などいろいろありますが、子供の将来に大きく影響するのは「学校(義務)教育」家庭における教育(躾けなど)です。学校は、単に算数や国語を教えるだけの場所ではない。

          教育については、言いたいことが山ほどありますが・・・。今ここ(教育)に手を付けないと、日本は取り返しがつかいないことになる。と言うよりも、既に取り返しがつかないことが頻発しています。将来に大きな禍根を残すのではないか、と危惧するものです。

           

          今回は自戒を込めて、かなり強い表現になりました。しかし単なる批判であれば、どこぞの先生(?)でもできる。一つからでも具体的に自分が何をできるのか、模索の日々が続いております。残り時間は少ないぞ(笑)

           

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          言葉の難しさ

          2019.02.28 Thursday

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            過去のことになりますが、幸運に恵まれ、また多くの方々の協力を得て三冊の本を上梓・出版することができました。本当に有り難いことです。四冊目にトライするテーマはあるのですが、郷里で農園を本格的にやろうとしていることもあり、私にしては珍しく躊躇しております。素人が本を書くのには、結構体力が要るのです。その代わりにということではないのですが、二週間に一回、A4版に2〜3枚ほどグダグダと描いたブログを公開しております。ものを書くという作業を5〜6年続けておりますと、つくづく言葉(使い)の難しさを感じます。他愛もない内容でも他人様が目にしてくれると思うと、何回も何回も読み返して修正します。最低でも10回、状況によっては20回以上も自分で校閲をします。そして、誤字脱字は勿論のこと言葉遣いや言い回し、起承転結に照らし文脈から見た前後の入れ替えなどを試みます。それでもこの程度の文章ですから、私の知識や筆力は推して知るべしです。

            かかる作業は面倒ではあるのですが、何度も自分が書いた文章を読み返していくうちに、不思議なものでボンクラ頭が徐々に整理されてくる。何回かに分けて書き進めていくうちに、当初頭に描いたものとは違った方向に展開してしまい、タイトルを変更することもままあります。素人故の悲しさですね。

             

            言葉と言えば最近、大臣や国会議員、或いは著名な方の発言=失言が問題視されることが多い。昔からよくある話で有名税と割り切ればいいのかもしれませんが、今ほど加熱な報道はなかったような気がします。とりわけ大臣の発言になりますと、野党の恰好の餌食になり、あたかも鬼の首を取ったかのようにやれ職を辞せ、やれ総理の任命責任を問うなどなど喧しい。またこれがセンセーショナルに、繰り返し報道される。聞かされる多くの、良識ある国民はもうウンザリしています。もっと他にやるべき仕事があるんじゃないのか。誠に能天気で平和な、平和そうに見える国です。

             

            上記には、主体・客体を含めて何点か問題があると思う。

             

            まずは、発言(失言)する側の資質の問題。その人の能力もあるでしょうし、性格が災いすることもある。実は私も、時折上司や目上の人にため口を言うことがありました。その度に反省はするのですが、今もってその癖や性格は治りません。それが私の限界です(でした)。必ずしも本心から思っていないことを、つい口走ってしまうこともありますし、逆に心の中で思っていることが自然と口から出ることもあります。前者は、男の子が好意を抱いている女の児に、わざと嫌なことを言ったりからかったりする、そんな感じでしょうか。こういうひねた性格は、還暦を過ぎても変わりません。悲しいかな、人間ってのはなかなか成長しないもんです。

            自分がそんな性格ですから、失言する人のことがよく分かります。軽率ではあるのですが。しかし責任ある人の発言は重く、他に及ぼす影響も大きいですから、あの人はそういう人間なんだから許してやれ、大目に見てやれという訳にはいかない。行動ではなく口の問題ではありますが、それ相応のペナルティは覚悟しなければならない。昔から口は災いと言います。自己責任です。

             

            一方で、他人の失言を捉えて、ここぞとばかりに口をとんがらせて批判する人。そんな人、チョイチョイ目にします。こういう人は、どんなに貌(かお)のお造りが良くても、とてもとても、美しくなど見えたものではありません。陰でコソコソいうよりも、声に出して自分の考えを明確にする方が立派だと言う見方もあります。しかし、何事も程度と常識ってものがあります。票が命の政治家さんなどは、言うほどに票が離れて行ってるってことが分からないのでしょうか? 有権者(国民)はそれほど馬鹿じゃないですよ。特に多くの情報を持っていて、思考が柔軟な若い人たちは。

             

            最近つくづく嫌になるのは、第三者で客観的であるはずの報道、メディアの在り様です。とにかく、一つの単語(失言など)を捉えて議論を展開し発信する。製品を売るキャッチ・コピーみたいに。そして、どう見ても素人と思しき参会者が、寄ってたかって叩きまくる。責任のない人、責任を取らない・取れない人の放言ですよ。お笑いで終わればそれでいいのですが、こうなると言葉狩りと言うよりも陰湿な虐めに近い。例えば誰かが話の中で「アホ!」って言ったりすると、その言葉だけを捉えて世の中がひっくり返るように発信する。こういう、最近の報道の姿勢や手法は危ないし怖いですよ。単体の言葉は、必ず一つの状況下において大きな文脈の中で使われている。或いは多くを語ってはいなくても、心の中にある思いから出ているはずです。それ(報道など)を観た人・聞いた人・読んだ人で話の全体や大枠を知らない庶民は、報道されるままに「そうだよな」って思います。仮に話の中で(やや)不適切な表現があったにしても、その人が発信した全部を聴くと、それほどおかしいところはない(こともある)。おかしくないどころか、ごく当たり前で納得のいく正論を述べていることもあります。勿論、中には稚拙な表現があることも確かです。

            さりとて忙しい一般庶民が、いろんな人の意見や見解の全てについて、その細部まで把握するのは物理的に難しい。日々あくせく働いている人々に、それを求めるのも酷な話です。従って報道の使命は、国民に事実を正しく、そして分かり易く伝えることだと思うのですが・・・。残念ながら、最近では首をかしげることが多い。

             

            昔は新聞や本など、活字を読む人は知識人であり偉い人=正しい判断ができる人という感覚がありました。今日の大きな問題は、書かれたものの多くには(それは当然でもあるのですが)、書いた人のバイアスがかかっているということ。このバイアスというのはスパイスみたいなものです。言葉(発言)も同じですが、強烈であればあるほど痺れる。そして、この痺れは或る種の快感に転化します。従って、バイアスの利いた活字をよく読む人が、真っ当な判断をできるかというと必ずしもそうでもない。痺れているわけですから、偏った意見を聴き続ける、偏ったものを読み続けていると、むしろ逆の場合もあり得ます。人間ってのは、毎日毎日同じことを聴かされ、繰り返しある種の考えを吹き込まれると、最初はこの人の言うことはおかしいと思っていても、次第にそれが正しいと思うようになります。辛いものを辛いと感じなくなるのと同じ。感覚が麻痺するわけです。きつい言葉で言えば「洗脳」です。

            とりわけ、幼い時、或いは弱っている時や疲弊した時に受けた教育(洗脳)は、岩盤のように強固になっています。バリバリの何とか、って言いますよね。かく言う私自身も、考えが違う人からすれば同じように妥協を許さない、バリバリに見えているかもしれません。こうなったマインド(岩盤)を溶かすには、余程インパクトがある被害を被るとかがない限り、膨大な時間を要します。周りの人たちが、何とか方向転換させたいと思って手を尽くしても、一生溶けずに向こうまで持って行く人もいる。それでも他に影響がなければ個人の勝手でいいのですが、凝り固まった考えを発信して同志を増やそうとする人もいます。こうなると厄介で始末に負えない。

             

            言葉から何か妙な話になりました。これを要するに、いろんな情報が氾濫する今日では、我々一人一人がきちんとした物差しを持たなければいけないってことです。目盛がズレている物差しでは、何度測っても正しい値はでてきません。でもそれ(正しい物差しを持つこと)は、特段難しい話ではない。ごく普通の「人間らしさ」さえ持ち合わせている人は、正しい判断に資する物差しを持っています。難しい勉強などする必要はありません。ごくふつ〜で良いのです。なまじっか下手に勉強したことによって、ズレた目盛の物差しを持つこともあります。そうすると事の本質を見誤ります。

             

            今日の日本の大きな問題は、この普通で当たり前の人間の「こころ」を失いつつあることだと感じています。子供や動物など弱い者に向けられる暴力や虐めなど。ちょっとした失言に対する、理不尽で執拗な攻め・責めも同じです。このように、大人が幼児化し心が退化しているという現実があります。成長期に正しい物差しを持つことができなかった「こどな」に育てられる子供は、一体どんな「おとな」になるのか? 今日では、このような「こどな」が顕在化している。その原点は那辺にあるのか? それは、今次拙稿の主題ではありませんので言及しません。

            しかし、そんな「おとな」が、高学歴かつハイ・ソサエティであり、選良であるはずの政治家やメディアにも及んでいる。そんな気がしてなりません。

             

            今回は old sailor のボヤキに終始しました。許してたもれ!

             

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            追伸 前々回の拙稿「ノルウェー紀行(後編)」末尾に掲載した写真は、エドワルド・ムンクの自画像でした。