NHKの番組から

2018.12.06 Thursday

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    NHKラジオ(AM)第一放送に「すっぴん」という番組があります。週日(月〜金)の午前中に放送されており、とても楽しい番組なので私も時間がある時には聴いております。女性アンカーと曜日ごと日替わりで登場する、著名な相方さんとのやり取りが大変愉快な番組です。特に女性アンカーのカラカラとした笑い声や、忌憚のない話しぶりが多くのファンを引き付け、同局の人気番組になっているようです。ただ今時ですから、また放送の時間帯からしても、聴いている人の絶対多数は私のように比較的時間に余裕のある年配層や、ちょっと変わった主婦層(アッと失礼)に限られているように思います。

    番組は毎日異なるテーマについて、視聴者の声などを披露しながら進行していきます。時には勉強になるテーマもあり、ナルホドと思わせて会話が進むこともありますが、大概は罪のないやりとりに終始するので気軽に聴ける番組です。

     

    と思ってました、先日までは。と言いますのも、一ヶ月ほど前のことです。登場した金曜担当の某作家先生が堀越英美氏の『不道徳お母さん講座』なる本を紹介・引用しつつアンカーとやりとりをしてました。30分間ほどだったでしょうか。お二人の話しを(私の言葉で)要約すると、「浦島太郎」や「桃太郎」の話を俎上に上げて、「日本のおとぎ話は、歴史をたどれば時の権力や国策(富国強兵など)によって都合よく歪められ、今日に至っている」ってな感じでした。件の先生が何かを読んでる様子でしたので、その何たら講座なる本に描かれているのでしょう。興味をそそられるタイトルですが、何となく不道徳そうなので未だ読んでません(笑)。それを、お二人が驚きの声を上げつつ、半ば茶化しながら愉しそうに(私にはそんな風に聞こえました)話を進めてました。深入りはしなかったですが、ほんの軽く皇室にも触れてました。

     

    今日我々が目にするものの中には、歴史を遡れば確かにそういうものもあるでしょう。時代は今とは違います。今日では、例えば私のように何の力も権威もない者が書いたものでも、百年後にどこかのフォルダーに残っている可能性もあります。ですが、おとぎ話のように何百年・何千年と、長きにわたって伝えられ残ってきた多く(殆ど)の話は、おそらくは力(権威)に因るもの、力あってのものでしょう。勿論、長きにわたって一般庶民の間に伝え伝えられてきたものもあるはず。でも僅少ではないでしょうか。

    おとぎ話ではないですが、例えば先月の「勤労感謝の日」は、文字通り勤労に感謝する日として、今日広く国民の間で定着しています。絶対多数の日本人 worker(主婦を含め) は、今日は今日こそ休んでいいんだと思うでしょう。現在の国の形が続く限り、「勤労感謝の日」として受け継がれていくと思う。残念ながら。そして、実はこの祝日はGHQという時の絶大な権威・権力によって、名称の変更を余儀なくされたもの、名称だけではなく本質も全く異質なものになった、という認識は庶民の中から消えてなくなる。

    いずれにせよ、この日の番組の脚本やシナリオにはある種の意図が感じられる、と思ったのは私だけでしょうか。公共の電波は、不特定多数のいろんな階層の人が聴きます。私のようなひねくれ者は???と思いながら聴きますが、中には或いは多くの人は、この例で行くと、おとぎ話はどれも大なり小なり政府や権力者の都合がいいようにねつ造されているのか・・・と感じるはず。敢えて言えば、脚本を書いた人・それを伝える人の、そのような見解・見方を刷り込まれているのではないか、と勘繰ったりします。はなから権力は悪・軍事は悪であり民衆の敵、みたいな言いぶりが気になりました。私の思い過ごしであれば良いのですが・・・。

     

    話は変わります。大分前ですが拙著『指揮官の条件』(講談社現代新書)に関するネット上のコメント(書評)を拾ってみたことがあります。すると文中の「教育勅語のどこが悪い」に対して、全編については賛同の意を表しつつも「ここ(教育勅語)だけはいただけない」旨のご指摘がありました。勿論、多様な見方があって当然なのですが、現在多くの日本人には「戦前のものは全て悪、道徳教育は悪、ましてや教育勅語など・・・」という刷り込みがなされているような気がしてなりません。声を大にしてそう訴える人もいますので。上記、拙著を指摘された方はそうではないと思いますが、教育勅語を目にしたことも読んだこともない人が、「教育勅語」と聞いただけで拒否反応を起こす。統計を取ったわけではありませんが、そういう日本人は多い。と言うよりも、今日殆どの日本人はそうではないでしょうか。

    このような状態はある意味怖い。なぜかと言うと、言ってることは戦前と全く逆ですが、やり方はほぼ同じだから。昭和16年12月19日付の某大手新聞、第一面には「長期戰もとより覺悟 戰時經濟に不安なし」のヘッドラインが躍っている。

     

    このような日本人の民族性、即ちメディアや政治に扇動され易い国民性を、近隣諸国や同盟国はどう見ているのでしょうか。

    私の拙い推察によれば、違った意味ではありますが、私と同じように「危ない国・危ない国民」と観ている(のではないか)。民衆は(誰かによる)扇動の仕方、或いはその時の空気によって大きく動く、大転換する恐れがあるからです。たとえ今は、自分たち(近隣諸国)にとって都合が良い空気になっていても、ちょっとした何かをトリガーにして大きく振れる可能性がある。そうなると、自分たちに向かってくるエネルギーはとてつもなく大きい。みたいな分析がなされている、のではないでしょうか。逆にこのような国民性を利用しようと、外から(残念ながら内からも)画策する輩(国や組織)もいます。要注意です。

     

    勿論、うがった見方です。しかし、つい数十年前には米国と言う大国に牙をむいた国です。その前には、有色人種として初めて白人と干戈を交え、しかも勝った国なのです。更には、完膚なきまでに打ちのめされても、短時間で再興する力を持っている。

    物事は正面だけから見るのではなく、裏や斜めや、いろんな方向・角度から観察する必要があります。相手があって自分の行動方針を定めるときには、特に多方面からの検討が求められます。ひとつの方法・やり方としては、相手は自分をどう見ているのか、相手が自分であればどう出るか、と考えてみること。そのためには、相手のことがよく分かってないとできません。国と国の喧嘩も夫婦げんかも、基本的には同じようなものかも(笑)

     

    テレビの在り様は、この先20〜30年で画期的に変わるような気がします。大宅壮一さんが初期段階で看破したように、テレビは既に「一億総白痴化」という大目標(?)をほぼ達成したわけで、当然淘汰と衰退の時代に入る。でもラジオが生き残っているように、人々にとって必要なものは残ります。テレビが時代を席巻していた頃、ラジオを聴いているなんて恥ずかしくて言えない空気がありました。テレビも既にその序章にあります。テレビと新聞で得た知識だけで時局や世相などを話そうとすると、ピント外れで若い人たちからは相手にされない時代になる。実はもう、その過程にあるのですが・・・。彼(彼女)らは疑問に思ったことは、ネットで裏を取りますからね。

     

    さてNHK(テレビ)さんですが、私は天気予報と教育番組(Eテレ)にのみ、その存在意義(?)を見出しております。天気予察は民間会社も随分進化しているので、既に必須ではなくなりました。でも、Eテレは結構面白いですよ。今日の料理とか趣味の園芸とか健康ものなど。毎日の生活に役立つ内容を、これほど纏まって配信しているところはない。そこでひとつの提案ですが、国内外の「事実関係に限定(論評は要りません)」したニュースと災害情報をEテレに引っ越し、ここ(Eテレ)だけ国営化しては如何でしょうか。勿論、国営ですから国民がしっかり監視する。

    すれば、随分経費を削減できると思うのですが・・・?

     

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    Noblesse Oblige

    2018.11.22 Thursday

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      先日、都内のホテルにおいて東京香川県人会が催されました。退役後は、日程さえ合えば参加するようにしております。高校の同窓会とはまた少し趣が異なっており、同郷の人たちや香川ゆかりの方々と話をするのは楽しいものです。同じ地域の出身者が同じテーブルに着くよう配慮されておりますので、年代や性別を超えて話は大いに盛り上がります。古里とは有り難いものです。

      今年の県人会総会は第100回記念ということで、五百人以上の参加者があり近年になく盛会でした。なかでも、節目の年と言うことでお願いしたのでしょうか、讃岐にご縁がおありになる高円宮妃久子殿下のご来臨が得られ、ひときわ華やかな県人会になりました。企画運営された役員や、県の出先機関である東京事務所の職員を始め、関係者の皆さんは大層お疲れになったと思います。

       

      妃殿下はご挨拶で、ご幼少の頃や学生時代に御父君のご実家(在三豊:西讃)を訪れられたこと、お祖父さまやお祖母さまのことなどを、私ども庶民の目線で話されました。誠に僭越ではありますが、内に秘められた知性が自然に滲み出ておられました。前回のブログで「顔と目(瞳)」について描きましたが、時々テレビで拝見するのと紛うことなく、まさしく涼しい目をしておられました。周りの人たちをして何かホッコリさせる空気が醸し出され、参会者はみな郷土讃岐を誇りに思い心豊かな気分になったことでしょう。

       

      ということで、今年の県人会はとても満たされた気持ちで帰路に着きました。と言いたかったのですが、私には何となく釈然としないものが残りました。それは・・・:

      もうこの歳になりますと怖いものなしですから、また現役の時にお会いする栄に浴したこともあり、ご挨拶に伺おうと遠目に様子を窺っておりました。時間もかなり経過し妃殿下の周りも落ち着きが見えたので、頃合いを見計らい、たまたま参加していた防衛大学校(海上自衛隊)の後輩で、元部下だった某君を誘いご挨拶に伺いました。

      さて我々が妃殿下ご臨席のテーブルに近づきますと、同じテーブルに着いておられる或る方が、とにかく早く終われと身振り手振りを交え小声で合図します。ご丁寧に写真はダメダメと。勿論、当方カメラもスマホも手にしておりません。如何に私が不躾とはいえ、その程度の常識は持ち合わせております。前の誰かが「お写真を・・・」とお願いしたのかもしれません。それなりの理由があってのことでしょう。

       

      さて、ここでは細部については言及しませんが、我が練習艦隊が出国・帰国の際には、司令官がご報告を兼ねて宮邸にご挨拶に伺います。我々の頭の中には、海上自衛隊の練習艦隊という発想はありません。日本国の練習艦隊なのです。従って、英語では Japan Training Squadron と訳します。そんなことでして、妃殿下からは「先般帰国し、司令官と一緒にみえた若い方(男女1名)はとても優秀でした」とのお言葉を賜り話が弾みました。と言っても、せいぜい3〜4分のことです。すると小生の厚かましさがお隣さんの気に障ったのか、お皿を指して「長居をすると食事を召し上がれないではないか」とのメッセージ。???勿論、old sailor はそんな横やりにめげることなく話を続けます。妃殿下も嫌なお顔などされるはずもなく、丁重に応じて下さいました。

       

      でも、これ(お節介?)ってどうなんでしょうか。多くの庶民に丁寧に対応して下さり、妃殿下はお食事を摂られる時間もない。おそらくお腹がすかれたことでしょう。宮邸にお帰りになり「ああお腹すいた。何か食べたいわ」となられることは想像に難くありません。やんごとなきお方とて生身の人間ですから。でも失礼を承知で言えば、また不躾な自分を正当化するわけではないのですが、それは仕方がないと思う。絶対にそんなことはないと思いますが、もしそれを否定されたら高貴なお方ではなくなる(ような気がします)。因みに、今回の場は着席での会合ではありましたが、食事はバイキング形式であり、少し時間が経つと多くの人が自由にテーブルを移動します。限りなく立食に近いパーティです。

      某氏の助言は、百歩譲って、我々不躾な庶民に対して無礼なことではない、かもしれない。しかし、やんごとなきお方に対しては、ピント外れで大変失礼なお心遣いなのではないのか。少なくとも、その場は会話が弾んでいる。Old sailor にお気を遣われてのことではありましょうが、妃殿下も話しておられる。それを遮ることになりはしないのか。

       

      海上自衛隊では、任官した若い士官(幹部)が遠洋航海(外国)に出る前に「パーティではガツガツするな」と躾けます。とは言っても若い子だからお腹がすくので、パーティに参加する者には事前に食事を摂らせて送り出す。そう、パーティは訓練の一環なのです。海軍士官が社交の場でみっともない姿を見せるんじゃない、恥ずかしい振る舞いをしてはいけないと教える。名前は海上自衛隊であれ何であれ、一旦外(海外)に出れば日本の NAVY 海軍として遇される。従って、世界に出して恥ずかしくない、世界に通じる海軍士官としての振る舞いや矜持を叩き込む。それが、いみじくも妃殿下がおっしゃられた「優秀な士官」に繋がっている。「優秀」のお言葉の意味は、多少知識が豊富なことや外国語を話すことができる、ってな些末なことではない(と思う)。

       

      彼(彼女)らが長じて司令官や総監になると社交の場も多い。しかし、少なくとも立食パーティの時には、家人を含め食べ物を口にすることは殆どありません。せいぜいワイングラスを手にする程度。勿論、どんなに酒好きの猛者でもガンガン飲んだりはしない。パーティは宴会ではないし、食事を摂る場でもない。勿論、お酒を飲む場でもない。参会者と話をして交流する、お互いに会話を楽しむのが本旨。ホスト(ホステス)ともなれば、多くの方が入れ代わり立ち代わり挨拶に来てくれる。だから一時間半・二時間、時には三時間の立ち話で疲れても、満足して帰途に着くお客さんの後姿を見ると心地よい余韻が残る。そして官舎に着くと「お腹すいたなぁ、ラーメンでも作ろっ」となる。酒好きな者は、お会いした人たちの顔を思い浮かべながら、ゆっくりと飲みなおす。

      長年やってきて、それがおかしいと思ったことは一度もない。現役の頃、尊敬する先輩が標榜しておられた「やせ我慢」、正直、下らんこと言うなぁと思ってました。恥ずかしながら今回、その本当の意味を理解しました。とても奥の深い言葉です。

       

      日本の常識や国際感覚に疎い小生です。ご指導下さったお方に、衷心より感謝申し上げます。大変勉強になりました・・・。

       

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      美しく老いる

      2018.11.08 Thursday

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        人生百年が射程内に入りつつある現在、如何に老いるかが大きなテーマになっているような気がします。若い時には勿論、そんなことを考えることも感じることもなかったのですが、身内の老いや死に直面し、かつ自分自身の老化というものを少しずつ実感すると、自然とそんなことを思うようになりました。遠い昔に憧れていた女優さんが御年相応に老けていく姿を観ると、あんなに綺麗だった人もやっぱりお婆さんになるんだ、と少し寂しくなったりします。自分は少年のままなのです(笑)。

         

        現役時代に多くの人(隊員)を観てきたせいか、人に会い人を観るのが大好きです。他人様の、特に目(瞳)を観るのはとても楽しい。嫌な性格です。それでなくても目つきが悪いと言われてますので、誤解されないよう自分なりに注意はしております。男性・女性を問わず、たまに涼しい目をした人生の大先輩にお会いすると、本当に嬉しくなります。つい最近も、80歳の素晴らしい先輩(男性)にお会いする機会がありました。若い頃には、大変な苦労をされた方らしい。現在は億のお金を動かす事業家であり、若い人と回るゴルフではドラコン賞を取る。とてもクールな目をしておられました。内面の美しさは、言葉で言わなくても目に出ます。こういう人には憧れます。

        昔は「人間40(歳)を過ぎたら自分の顔に責任を持て」と言われたものですが、言い得て妙ですね。ただ、今日ではかなり寿命が延びてますので、40のところは50〜60に置き換えても良いと思います。

         

        男だって女だって、誰だって若い頃は「それなり」に綺麗に見えますが、人生の折り返し点を過ぎ、晩年に至ってもなお美しく居られるというのは素晴らしい。この「美しい」は、beautiful or good looking のことではありません。何と言ったら良いのでしょうか、謂わば先に述べた「涼しい」でしょうか。英語で言えば、文字通り cool になるのかな。反対語は「暑苦しい」(笑)。占い師じゃないのですが、顔を観れば、もっとはっきり言えば瞳(目)を一瞥すれば、その人の生き方が大体わかります。どんな風に生きてきたのか、今をどのように生きているのか。どんなに美人・男前でも、どんなにお金持ちでも、どんなに社会的地位があっても、或いはその逆の場合であっても、その人の生き方や生き様は必ず顔と目に出ます。言葉は注意すれば取り繕うことができますが、目はどうしても無理だな。因みに私の場合は、とても腹黒くてせこい人間ですから、他人からはずるい人間と見られているはず。と自覚してます。こればっかりは、隠しようがありませんので。

        人の顔は年齢に応じて、正確を期すると、人生に応じて変わっていくと思う。同窓会なんかで感じるのですが、子供の頃や生徒の時にはノーマークだった(ちょっと表現が悪いね)、全く注目されなかった人が、数十年経つとビックリするほど輝いていたりします。そういう人を観ると、ああこの人は良い人生を送っている、幸せに生きてるんだなぁと思います。残念ながら逆の場合もあります。

         

        現役の人事教育部長の時には、仕事柄多くのご夫婦を観てきました。或る階級の人が退役する場合、海上幕僚長が昼食会を催してご夫妻を労います。人事教育部長は人事担当者として食事会のお相伴にあずかります。私は長い間この配置におりましたので、数多くの先輩ご夫妻をじっくりと観る機会が何回もありました。そして、驚くべき発見をしたのです。内緒で教えますね。英語では just between you and me (ここだけの話)。それは、殆どのカップルが兄妹(姉弟)のように見えるということです。嘘だと思うなら、ご年配の方はまず相方さんのお顔をまじまじと観て、そして次に鏡を見て下さいませ(笑)。納得できるはずです。

        何十年もの間、同じものを食べ、同じ空気を吸い、同じようなことをしていると、自然とそうなるのだと思います。当然、考え方や価値観も似てくる。なぜか?私の推察によれば、そうしないと、或いはそうならないと長年一緒には居れない、ってことだと思う。

         

        離婚の経験がおありの方には、大変失礼な言い方ですがご容赦下さい。別れる理由はカップルによって千差万別でしょうが、仮に双方ともにどれだけ努力したとしても、結局、同志にはなれんかった。ってことではないでしょうか。スミマセン、生意気なこと言って。他意はありません。浅学菲才の推論に過ぎません。

        時々耳にする、例えば「〇〇さんちの奥さんはとても良い方なんだけど、旦那さんはちょっとね〜」とか、或いはこの逆パターンのような言い方・見方があります。でもね、人生そんなこたぁ〜ありませんよ。私は人に冷たいですから・・・そんなことは信じません。勿論、長年連れ添った夫婦であっても、多かれ少なかれ見解の違いはあります。立ち居振る舞いだって違う。生身の人間ですから、当然のことです。また、少なからずどちらかが(或いは双方が)折れて、我慢して生きていることもある。でもね、根っこは「おんなじ」だよ。繰り返しますが、そうでなきゃ一緒には生活できませんし、ましてや同志にはなれん。昔と違って、「お疲れさまでした」のハードルは随分低くなってますから。夫婦の形は、いろいろあると思いますが・・・。

        違うかな〜?でも私はそう思う。

         

        なんかドンドン話が趣旨(表題)から逸れてきた(笑)。逸れついでに、もひとつ。

        初級幹部に任官して、遠洋練習航海で南米数ヶ国を訪問しました。若かりし昭和51年(1976)のことです。その際、ブラジルなどで移住した多くの日系人にお会いしました。当時は、一世の方も随分おられました。不思議なことに、その方たちの多くが現地人のように見えた。日本語で話すから分かるけど、黙ってたら現地の人と区別がつかない。その土地で長い間生活していると、そこに溶け込むのでしょうか。ただ日焼けしていると言うだけではなく、一種の同化ですね。そうならないと生きてゆけないから、意図しなくても自然にそうなるのだと思います。無意識のうちに同化していくのでしょう。一世にしてそうですから、言葉もその国になっている二世・三世をや。

        実は私にも同じような経験があるんですよ。たった三年ですが北欧で生活して、帰ってから暫くはよく言われました。

        「ハーフですか?」(北欧系がちょっとね)

        「日本語で宜しいですか?」(讃岐弁なら多少は)

        グダグダ言って、結局それが言いたかったんかい(笑)。

         

        主題に戻り、残された時間の中で、お腹に溜まったヘドロを如何にして吐き出すか。凡人には難しい。そのまま持って逝くのかな。

         

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        気象予報士

        2018.10.25 Thursday

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          現役の時には仕事柄、お天気(気象・海象)の変化や動きにとても敏感でした。天気の良し悪しは、部隊(艦艇・航空機)の行動に直接影響するからです。従って、朝のミーティングなどでは、陸上部隊においても常に「気象」のブリーフィングを行います。勿論我々は、天気図を読むことができます。これは絵であり写真ですから、天気図が意味することの概要を理解できるということです。読み解くとまではいかないので、素人プラス程度でしょうか。

          因みに、普通のサラリーマンは、台風が近づいてくると早く帰宅しようとなりますが、我々艦乗りは「艦に帰る」と家人に告げる。艦に「行く」のではなく「帰る」のです。相方も分かったもんで「あっそ」で終わり。期待されてない(笑)。台風前夜には、(日本の)軍港はもぬけの殻になります。艦艇を横付けにしたままにしていると、波で岸壁にガチャガチャして船を壊すので、沖に出るか安全な湾や島影で台風をやり過ごす。これを荒天避泊又は荒天避航と言います。

           

          さて、専門的な気象との出会いは、防衛大学校で二年に進級し海上要員に指定された時でした。ですので、とても長い付き合いをしていることになります。家人よりもよほど長い(笑)。今ではこんな教育はしてないと思いますが、教官(海上自衛隊の先輩)が一枚の日本地図を各学生に配布します。全国の観測点と、緯度経度だけが記されている日本地図。これに、NHK(教育)ラジオから流れる気象情報(データー)を記入していくのです。例えば「厳原では南南東の風、風力3・・・」ってな放送を、鉛筆で素早く書き込んでいく。厳原や足摺や御前埼などがどこにあるか、分かってないと記入することはできない。「どこだっけ」なんて探してると、2〜3か所は飛ばすことになります。等圧線や気圧のデーターなどもあります。メモなんか取る余裕は全くなくて、最初はとにかく放送についていくのがやっとの状態です。慣れないと結構しんどい作業です。そして一枚の絵ができると、これを自分なりに分析して、明日・明後日の予報を書き込む。これで作業は終了です。

          艦乗りになって航海長になると、気象員(下士官)が天気図を作ってくれました。その頃には FAX で天気図を受信するのが主流になってました。なのですが、私が仕えた艦長は「予察(予報)は航海長の仕事」と言って、航海中は毎日天気予察をやらされた。体力を使う話ではありませんが、素人(予報士)にとって、毎日の予察はきつかった。当時は嫌な仕事だったが、そうやって私を育ててくれたのだと思う。

           

          後年、護衛隊群司令(海将補:少将)に昇進して副官が付きましたが、この人が気象予報士の資格を持つ専門家でした。この方、長く陸上部隊で仕事をしてきたので海上経験が少なく、当然のことですが艦艇部隊の作戦や部隊の運用には明るくありません。また、どちらかと言えば寡黙で、口数が多い人ではなかった。ですがその彼が、一旦作戦会議や朝のミーティングで「気象」のブリーフィングになると、それはそれは立て板に水を流すように淀みなく説明する。メモなんかは一切持ってません。スクリーン(天気図)を指しながら、滔々と発表するのです。流石にプロや、カッコいいなと思いました。私が航海長の時にやっていたやっつけ仕事などは、彼に比べると幼稚園生みたいなものだった。

          ある日、彼に訊いてみました「副官、気象予報士はどの程度勉強すれば資格が取れるのかね?」。我が副官はニヤリとして言ったものです「本を三冊程度理解すれば取れますよ」。ふ〜ん。その時、俺もやってみるかと「受験」が頭をよぎったのですが、退役するまでとてもとても、そんな余裕はありませんでした。

           

          今年は、特に我が郷里の四国方面は台風の当たり年でした。にわか農家の私も少なからず被害を被り、農業の難しさや厳しさを実感しました。話は飛びますが、かつてオランダに遊んだ時に見た、チューリップの公園(キューケンホス)は本当に美しかった。赤、白、黄、青、ピンクなどが均等に区分けされたチューリップの絨毯、それが遥か向こうまで広がっている。帰国して父にこの話をして、「米作りに拘泥せずにチューリップを栽培してはどうか?」とジャブを入れてみました。帰国前、懇意な商社員にこの案を提示して反応を窺ったところ、「花は一兆円産業ですから、いいと思います」とのことだったから。その時の亡父の回答がふるっていた。「この田んぼから10円儲けることが、どんだけエライ(大変な)ことか」。それ以上は言いませんでした。今あの時の父の言を、しみじみと噛み締めています。

           

          台風が来そうなときには、艦は乗って逃げれば良かったのですが、大地に根を張ったものは動かすことができない。従って、正面から台風や異常気象と向き合わなければならない。そこで Old Sailor は閃きました。そうだ、気象予報士の資格を取ろう(笑)。いつも直感と勘ピューターで動く人間です。しかも、この発想は何処から来たのかと言うと・・・歴史に学んだことです。かつて幕臣の小栗上野介が横須賀に造船所を作ろうと考えた時、彼は、船を作るためには鉄の工具が必要だ。だから、造船所の前に製鉄所だと。これが今日の横須賀と帝國海軍が発展した原点です。横須賀市民や海上自衛官は、そこのところを忘れてはいけませんぞ。

          で小栗さんの発想と気象予報士に何の関係があるのか?決して論理的な話ではありませんが、そう閃いたのだから仕方ない。

           

          私が今やろうとしているのはパパイヤ君。その理由は単純です。

          1.実家にかなりの休耕田がある。この土地を活用して食物を栽培すれば、きっとご先祖様から「褒美」を貰える。即ち儲かる。私の動機は常に不純です(笑)。更に、衰退一途の村おこしの一つになる(かもしれない)。将来的には、農を通じて子供の教育と人材の育成に資する。

          2.設備投資が要らない。基本的には私が汗をかくだけ。堆肥なんか、畜産農家や酪農家に分けて貰えばタダ同然です。処分に困っている廃棄物を売って、おかず代がでれば彼らもハッピー。

          3.村人たちは猪と猿に泣かされているが、過去三年間、鳥獣被害は一切ない。

          4.地球(日本)は温暖化の傾向にあり、近い将来、日本が暑くはなっても寒くなることはない。即ち、今日の気候変動・温暖化は熱帯植物の栽培に追い風。

           

          まこういうことなのですが、この子たち(パパイヤ)の成長には日照時間が大きく関係します。そんで気象予報士にジャンプした。自分でも何でか分からんけど、知識があれば何か役に立つような気がする。持っていても邪魔にはならんだろう。ただそれだけです。と言いたいが本当は、合格率5%未満で超難関の気象予報士を持ってる農家って、何となくカッコいい。

          このように不純な動機があるのと無いのでは、壁に突き当たった時に出るエナジーが違ってくる。ゴールが明確でブレず社会に貢献できるのであれば、動機は不純であっても問題ないと私は思っています。

           

          さても、首尾よく資格をゲットした暁には全世界に向けて公表公開しますが、1〜2年経っても音沙汰ない時には、武士の情け「あの話どうなったの?」なんて野暮な質問はしないで下さい。お願いします。

           

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          軍艦旗問題

          2018.10.18 Thursday

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            拙稿を読んで下さっている方から連絡を頂きました。「この度の隣国との(軍艦旗に関する)問題に関し、貴兄には特別の想いがあるでしょう。ついては、その想いをブログで発信しては如何か」と。大変有り難いことです。既にSNSなどを通じて意見は出尽くした感がありますが、なかでも私が尊敬してやまない(海上自衛隊の)先輩、香田(洋二)元海将が10月15日付産経ニュースに投稿された論評が最も正鵠を得ていると考えます。

             

            ただ折角のご下問でもありますので、浅学を顧みず、先輩諸兄とは違った視点・切り口で本件を少し考えてみたい。

             

            先ずは、防衛省・海上自衛隊の対応は当たり前と言えば当たり前ですが、極めて適切であり、図らずも日本人の(高い)民度を世界に発信する機会になったと思います。何よりも、関係者の毅然とした態度が良かった。過去我が国は、何かにつけて事を荒立てないように、曖昧或いは控えめな態度に終始してきました。靖國問題然り、教科書問題然り、慰安婦問題然りです。その結果どうなったか。問題はより複雑になり、何ら解決の糸口は見えておりません。しかし今回は、関係者が歩調を合わせて一歩も引かなかった。

            一方お隣さんは、端的に言うならば「男を下げた」。その後も、あれこれと発信している様子が海峡を越えて聞こえてきますが、理に叶わないことは国際社会では受け入れられない。それが証拠に、列国海軍は堂々と軍艦旗を掲げて観艦式に臨んだと報じられています。勿論、水面下で多々調整があったことは想像に難くありません。であれば尚更、あの要請は何だったのか、ということになります。

             

            当局の要望が我が国だけに限定した要求・要請であったならば、列国海軍はニヤニヤと高みの見物で、嗚呼やってるやってると軽く受け流し、当該海軍がさほどの恥をかくことはなかったでしょう。失笑を買うこともなかったと思います。これを要するに、世論に迎合したボタンの掛け違いでしょうか。一笑に付すという言葉がありますが、笑い話にもならないというのが私の見方です。世論と政治に翻弄され、笑いものになった彼の海軍が気の毒でなりません。

            在京の(隣国)大使館には海軍武官がいるはず。彼の国と海軍を代表する武官が、本件をどのように解説するか問うてみたいものです。今回の軍艦旗問題に関する所見は that's all 。

             

            以下は、本件に派生してつらつら感じたことです。

            今日の国防・軍事は、納税者である国民の理解なくしては成立しません。ましてや、国民監視の下にある政治と軍が、勝手に兵を動かすなんてことはあり得ない。先進国は皆同じでしょう。我が国が行っているPKOや海賊対処などの国際平和活動・行動についても、国民の支持があってこそ成立する。しかし、世の中には多様な意見や見方があるのも事実です。一方で多くの国民の声、即ち民意が常に正しい方を向いているかと言えば、必ずしもそうでもない。戦後日本の、重要な局面における政治と民意の関係を振り返ってみれば、或いは今日の我が国の状況から推察すると、一部の(自称)知識人や政治家が民を煽り、そして時代の空気を醸成していることが分かる。そこのところ(少数意見の取り扱い)は難しいが、国内にいろんな意見があってこそ健全な民主国家であり、政治がその民意を反映すべきであることは自明です。

            しかしです、政治は決して国民に「おもね」てはいけない。この「民意の反映」と「国民におもねる」の違いは、紙一重ではありますが全く異なったアプローチになる。このような視点で今回の問題を読むと、お隣さんは未だ発展途上にあると言えるのではないでしょうか。我々は、そのような認識をも併せ持って、隣国と付き合う必要があるのではないか。

             

            翻って我が身を顧みれば、我々もさほど威張れたものではない。少し時代は遡りますが、平成3年(1991)の秋、ペルシャ湾に派遣された掃海部隊が、生死をかけた仕事を成し遂げて帰国しました。その際、次のような小話が、末端の幹部である我々に伝わってきました。「小話」と言いますのは、私自身が直接その場に居合わせていないので、本当のところは承知していない。今で言うところのフェイク・ニュースかもしれないので、曖昧な表現になります。もし小生の記憶違い、或いは誤認識でしたらお詫びします。して、その小話とは:

            掃海部隊の入港(帰国)に際し

            1.出迎え時に「軍艦マーチ(行進曲「軍艦」)」は演奏するな。

            2.帰国部隊は自衛艦旗(軍艦旗)を降ろして入港せよ。

            いずれも海上自衛隊が譲歩できる話ではない。もしこれを受け入れたら、自らの存在を否定したことになる。そしてそれは、我々の歴史において消せない汚点になる。実際は、音楽隊が軍艦マーチを奏でるなか、帰国部隊は自衛艦旗を掲げて意気揚々と岸壁に横付けした。

            尾びれ背びれが付いた話かもしれません。真偽はともあれ、当時の空気はそんなものだったと思います。今は昔です。

            これを要するに、徐々にではありますが、我が国も「普通の国」に近づきつつあるということでしょうか。

             

            と言いたいのですが、最近の災害派遣においてさえ「市民に軍服(迷彩柄の救命胴衣)を着せた」と、批判がましい声があったと仄聞します。これも実際に自分が聞いた声ではありませんので、事実関係については自信がない。しかし、もしこの話が事実であるならば、多様な中のごく一部の意見とは言え、国民(被災者)の生命をも無視した、もう滅茶苦茶な意見でお話にもなりません。

            日本という国が未来永劫(人類が生きている限り)この地球上に存在し、世界中の国や人々から尊敬を持って見られるには、一刻も早く「普通の国」になることが求められます。私がしばしば「普通の国に・・・」と発言すると目を丸くする人がいますが、こと国防に関しては、我が国は途上国であることを申し添えます。これ以上自衛隊を大きくしたいのか、と言われるかもしれませんが、ハード(兵力)の問題ではありません。国民のマインドのことです。ここが全ての原点です。

             

            この度の軍艦旗問題を土俵の外から垣間見て、このようなことを思った次第です。私の見方は何かしら自虐的に映るかもしれませんが、現実は冷静に見つめる必要があります。悪しからず。

             

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