大地に還る

2018.08.16 Thursday

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    大層なタイトルで申し訳ありません。

     

    二年前の9月に「出会い」と題するブログ(2016.09.22)を描きました。パパイヤとの出会いです。実は、昨年から郷里でパパイヤを栽培しています。パパイヤには果物と野菜の二種類があり、私が手掛けているのは青パパイヤ(野菜)です。

    昨年は60本ほど植え付けました。ですが素人の悲しさ、水の管理を間違って思うような成果を得ることはできませんでした。って言うよりも、台風でほぼ全滅状態でした。理由は実に簡単です。(元)水田に植え付けたのですが、排水溝を設置していなかった。ただそれだけです。実は一昨年試験的に二本植えたのですが、これが大した努力もしなかったにも拘わらず、それなりの結果を得たので甘く見たということがあります。しかしこれは、岸の上にある、即ち水はけのよい畑に植えたものです。水田と畑の違いを認識していなかったということです。

    稲作のための田んぼは、腐葉土は地面から30センチ程度で、その下は岩盤のように固まった赤土です。水を保つために敢えて固めている。トラクターでも、この赤土には歯が立ちません。地元の農家さんはこれを「はがね」と呼んでます。畑では大雨が降ってもスッと下に浸み込むのですが、田んぼはこの「はがね(底)」があるので、排水溝を作ってやらないと池のような状態になります。稲(水稲)は、そうしないと栽培できないと言うことですね。

    昨年台風が来た時、私はたまたま実家にいました。台風一過、それはいつもカンカン照りのナツ〜です。慌てて排水溝を作ろうとしたのですが、ずぼずぼ状態でどうにもならない。私の子供たちは、二日ほど熱湯の風呂に入ったままの状態に置かれた。すると、青々としていた葉っぱが見るみるうちに萎え、そして死んでいきました。全滅でした。可愛そうなことをしました。

    幸い、畑に植えていた数本は生き残りました。この世に生を受け、縁あって私の子供になったものを、ちょっとした不注意で死なせて(枯らせて)しまった。痛恨の極みでした。農を軽く見ていたとの批判は、まさにその通りです。ご近所は皆さん、笑っていたと思います。農業はそんなに甘いもんじゃないぞって。

     

    性懲りもなく、今年は10本増やして70本植えました。昨年の失敗に鑑み、しっかりと畝(うね)を立て、盛り土をして植え付けました。往来のご近所さんは皆立ち止まり或いは車を止めて、何をするのかと不思議そうに見てました。讃岐の方言で「せいがでるな〜(よく働きますね)。なんがでっきょんな(何やってるの)?」と訊いてくる。「いえ、なんも・・・」と言葉を濁す私(笑)。

    しかしこの盛り土と排水溝のお陰で、先般の西日本豪雨でも被害は全くなく、(現在のところ)元気よく蕾が出て花が咲き、所々に実が付き始めています。ただ一つの失敗は、植え付けに選んだ田です。私が所有する中で、最も日照時間が長く水はけのよい場所に植えたのですが、実はこの田は十年ほど前の大洪水で一部が流されています。従って、川側の幅10メートルくらいは大層痩せている。と気づいたのは、総員(全株)の成長の差が見え始めてからです。亡父はここに腐葉土を入れたいと言ってたようですが、残念ながら叶わずに逝った。この「田が痩せている・肥えている」の差は大きいですね。明らかに作物の成長が違います。来年はしっかりと堆肥を入れてやろう・・・と。堆肥はトラック一杯で千円です。

    これは今年の教訓。そんなに、ゆっくりLL(Lessons Learned)をゲットしている場合じゃないのですが。時間は押してるからね。間もなく67歳、ガンバレ〜(笑)

    植物を栽培していて思うことは多々あります。その成長は人間と同じだなってこと。同じ日に植え付けて、同じように肥やしをやり、全く同じ条件で育てても、その成長には大なり小なり差が出てくる。先に述べた土(育てる環境)は影響が大きい。或いは、出自(種=DNA)も関係しているかもしれない。真っ直ぐ天に向かってスクスク伸びるのがあれば、少しひねたように斜めに育っていく子もいる。真っ直ぐ大きく成長したものが、元気な花をつけ実をつける、即ち勝ち組になるかと言うと必ずしもそうでもない。所謂、背丈だけ伸びて「うどの大木」みたいな子もいる。多くの蕾を付けても、蕾のままで咲かずに散る子もいる。総じて言えるのは、茎がしっかりしているもの、決してスマートではないが根元がガッツリと太くて、しっかりと大地に根を張っている子は多くの花を咲かせて立派な実をつける。一本一本、一株一株を観察していると、人間を見ているようで飽きないですよ。私は朝夕、一人一人に「大きくなるんだぞ」と声を掛けながら水をやる。

     

    汗をかきながらこんなことをしていると、今更ですが、子供を産んで育てる女性(母)の苦労と気持ちがよく分かります。子供には、魚の骨まで取ってあげる母もいる。今、日本社会では子供の虐待が問題になっていますが、そんな不届き者には「まずは農業をやってみろ」と言いたい。私が昨年犯したような、子供を熱湯に入れて死なせるなど、これはもう犯罪です。そんなことも知らないのであれば、子供など作るなと言われても仕方がない。ゴメンね。


    それでもめげない Old Sailor は、来年は少なくとも100本は植えるつもりでいる。再来年は1000本と吹聴しているらしい。幸いなことに、空いた土地はなんぼでも(いくらでも)あるのです。

    讃岐山脈から湧き出る清浄な水と、ゆったりした空気で育ったパパイヤは、なぜかあの貪欲なサルやイノシシが避けて通る。鳥獣被害一切なし(so far)。なんでやろ?それはパパイヤが持つ、強力な酵素にあると素人農家は考えています。このパパイン酵素を摂取する女性は、お肌が艶々になり美人度が一気に増す。そう、私の戦略は「美容と健康」です。

     

    寝苦しい夜に見る夢もまた愉しい(笑)

     

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    博海堂

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    新世界

    2018.08.11 Saturday

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      アッツ〜と汗をふきふき歩きながら、ふと思いました。暑いけど今年ももう半分以上終わったんだ。ってことは来年は67(歳)。40代・50代の頃には想像もしなかった歳です。そろそろ急がんと・・・。あ〜嫌だやだ(笑)。

       

      さて「新世界」と言っても、道頓堀や通天閣で遊んできたということではありません。私にとって、新たな世界だったというお話です。或る地方放送局のラジオ(FM)に出演する機会を頂きました。地元讃岐で行った講演を聴いて下さった中に、たまたま徳島で番組を持っておられる方があり、講演後に声をかけて下さったものです。私などに一時間も電波を割り当ててくれるという。しかもこの番組は、サイマル放送ということで世界に配信されるとのこと。有り難いことです。

       

      事前の調整は、ごくごく簡単なものでした。脚本などは全くなしで、現在私がやっていることや思い出に残る曲など5項目ほど簡単な質問があり、A4判一枚程度に記した箇条書きのメモをメールで送っただけです。「事前に何か準備するものがありますか」と訊いたのですが、「何もありません。名刺だけお持ちください」とのこと。

      当日は収録の30分前に入局せよとのご下命があり、実家から東に向けてかつての名車(今はポンコツ)を走らせました。私の郷里は高松から東(東讃)に位置し、高速道路を使えば徳島には1時間ほどで行けます。番組のタイトルは『おとなの上質』と聞いており、何やら興味をそそられますが、どのような展開になるのか全く要領を得ないまま、まっいいやと5分前に入局。いい加減な性格ですが、海軍は時間にはうるさい。5分前厳守。

      なお、私の帰郷に合わせて日程調整したので、LIVEの配信ではなく事前の収録になりました。

       

      お会いしたパーソナリティ(この言葉は長いので、正しいのかどうか分かりませんが、以後MCと言います)は、才色兼備でとても存在感のある方でした。彼女は事前にWikipedia とHPで小生のことを調べており、頭の中には1時間番組の構成・脚本ができている、とお見受けしました。ただ一点とても注意深く、拙著三冊の「タイトル(題)にカナを付して欲しい」と言う。「これだけは絶対に間違ってはいけない」とのお心遣いでしょうか。有り難く思うと同時に、プロの仕事だと感心しました。ポイントを押さえて、簡単なことにも手を抜かない。

       

      収録ブースに入り対談が順調にスタートすると、MCさんは私の現在の状況、即ち農園経営(ただ実家で草刈りをしているだけなのですが)に食らいついてきました(表現が悪くて申し訳ない)。過日の講演は大震災と防災だったので恐らくはそこから来るだろう、或いは私の出自である海上自衛隊から攻めてくるだろうと踏んでいたのですが。10分程度はその話(農業)だったかな。意外な展開になった。

       

      その後は順調に歩を進めていきますが、内容については端折ります。

      ラジオ(TVも同じでしょうが)は1秒の戦いですね。MCさんは常にストップ・ウオッチを確認しながら、横で機械を操作するADさんに目配せをし、或いは手で合図をしながらカッチリ時間を詰めていく。予定した一時間がアッと言うまに過ぎ、私が心に残る曲として挙げた『地上の星』(中島みゆき)をエンディングに持ってきて、ビシッと締めた。曲の音量(上げ下げ)もADに手で指示するんですね。阿吽の呼吸です、素晴らしい。

      収録を終えた時の正直な感想は、「丸裸にされてしもうた」でした。はっきり言えば、喋り過ぎた。その旨を、勿論誉め言葉として口にしますと「人聞きの悪いこと言わないで下さいよ(笑)」と。本当に一時間があっという間に過ぎました。プロに言うのもおこがましいのですが、話の引き出し方がとても上手い。

       

      事後研究会での話題を何件か、かいつまんで。

      番組のタイトル『おとなの上質』が意味するところは、ゲストに「人生を語って欲しい」又は「人生を語らせる」のだと言う。お金持ちだとか貧乏だとか、出世したかしなかったかなんかは関係なく。ゲストに自分の生きざまを語ってもらうのが趣旨。従って迎えるゲストの多くは、どうしても40(歳)以上になりますとのこと。年齢だけは十二分に資格がある(笑)。でも、そこのところを早く言わんかい。今思えば、(ゲストに)肝のところを事前に知らせないのは、彼女の戦術だったような気がする。

       

      腕時計を持たない私は全く気付かなかったのですが、予定した時間(1時間)を15分ほどオーバーしたとのこと。そういえば収録の終わりの方でしたか、コマーシャルの合間などで何回かMC・ADの間でやり取りがありました。ヘッドホーンをしているのでお二人が何を議論しているのか聞き取れなかったのですが、想像するにAD「もう時間がありません。切りましょう」、MC「いや続行!」みたいな感じだったのかな。

      これ即ち、収録したうちのどこか15分をカットしなければならない。まさか時間を延長して配信することはあるまい。私は「冒頭の農業のところを切って欲しい。退役後のことだし、未だ確たる展望が見えているわけでもないので」と要望しました。すると彼女は「いいえ、あの部分をカットするつもりは全くありません」とキッパリ。その理由は「放送を聴いてくれる殆どの人は、最初の紹介で眦茲気鵑専門用語を駆使して堅い話をすると思っています。従って、冒頭で貴方のそうじゃない一面を知ってもらうことは、とても重要なことなのです。そうすると、後で堅い話が出てきても皆さんが聴いてくれる。元自(海上自衛官)が現在、郷里でサルやイノシシと戦っているなんてとても面白い。またサルとかイノシシとかパパイヤって単語は、聴く人の耳に残るんですよ」。

      なるほど〜そんなものなのか。

       

      「本番に入る前に30分話をすると、その日の番組がどのような展開になるのか想像できる」とおっしゃる。「例えば、事前の打ち合わせで、とてもよく喋る人。或いは、本番ではこれを訊いて欲しい、あれも質問して下さいと言う人。こういう人の中には、マイクの前に座ると貝になる人がいます。緊張して言葉が出なくなるんです。私たち(ラジオ)の世界では、3秒沈黙があると罰金(ペナルティ)なんですよ」。言われてみれば、確かにそうですね。私もラジオはよく聴きますが、何秒か声も音楽もなく静寂が続くと、あれどうしたの?切れたのかな?と思うでしょう。「ゲストから、思うように話を聞き出せなかった時には無力感が残ります」と彼女は言う。私の場合は時間を超過したくらいだから、そこのところはクリアーしたのかな。

       

      予定した時間をオーバーした原因の一端は、私にもあります。

      彼女が気を遣って拙著を丁寧に紹介して下さり、それぞれの本についてコメントを求められました。文字通り「待ってました」と私の説明は冗長になる。実は彼女の表情からそのこと(説明が長いな〜!)を読み取ったのですが、呼び水を入れられて動き出したポンプは止まらない。彼女曰く「本(拙著)のところは遮ることができませんでした。目の輝きが違ってましたから」。言い訳がましいのですが、それ(話が長くなること)は仕方がない。上梓の動機や経緯、そして何万字のエキスを数分で説明しようとすると、目も座ろうもんです。どなたも同じだと思いますが、他人から見れば大したことのない作品でも、作者には深い思い入れがあり謂わば自分の分身であり子供なのです。可愛いにきまっとります。ということで、時間超過に貢献してしまいました。ゴメンナサイ

      多分、ここがカットされるのでしょう(笑)。

       

      とまぁこんな感じで、とても良い経験をさせて頂きました。評判が良ければ、また呼んでください。

       

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      博海堂

       

      追伸:聴いて欲しいと言ってる訳ではないのですが・・・念のため。

      放送は8月23日(木)2100〜2159 配信はFMびざん(B-FM791)

      パーソナリティは徳島在住(東京出身)の田岡批呂子さん

      ラジオで直に聴けるのは徳島県内だけです。スマホで聴く場合には、まず無料アプリのLR(Listen Radio)をダウンロードして、ここから「FMびざん」に入る。勿論、PCでも聴けます。

      やっぱ「聴け」言うとるやないかい(笑)

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

      目から鱗(うろこ)

      2018.07.14 Saturday

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        60(歳)代も半ばを過ぎながら、知らいないことってのは多いですね。不明を恥じるというよりも、情けなくなります。

         

        先日帰郷する際、予定した航空便が悪天候で飛ばなかったため、羽田のラウンジで4時間ほど過ごしました。当日はPCも持参しておらず、年金生活者の悲しさ、やることがないので新聞や雑誌が置かれている棚を物色していると、筋トレの雑誌が目に留まりました。パラパラっとめくると、スクワット・腕立て伏せ・腹筋運動のやり方が写真入りで解説してあります。「ああ、俺が毎日やっている三種混合は間違いないな」と確信したのですが、説明の細部を読むと少し私の方法と違っている。特に腹筋のやり方は大きく違ってました。何じゃこりゃ、これじゃ腹筋運動にはならんだろう、と言うのが私の印象。それでも、念のためそのページを写メに撮る。この辺りが非凡だね(笑)

         

        ところがところがです。実家に着いて翌朝、いつものように、そして腹筋のところは雑誌に書いてあったやり方を試してみました。するとどうだ。いつもより回数は断然少ないのですが、お腹がきつ〜い!次の日も同じやり方をすると、腹筋がイタタタタ・・・。いままでの自己流「起き上がりこぼし」では、何百回やってもなんの痛みもなかったのにです。これを4〜5日繰り返してお腹を触ってみると、心なしか腹筋が割れてきているような気がする。12歳(中学一年生)から今日まで、トータルすれば何万回腹筋運動をやっただろうか?でも、ついぞお腹が割れることはなかった。あの厳しい母校(防衛大学校)においてさえ。

        いえ、お腹が割れているというのは、ボンビーな男のささやかなロマンなのです(笑)。暗闇に一筋の光明が差してきたような気分、と言えば言いすぎでしょうか。私が少年の時からやってきた腹筋運動は、いったい何だったんだろう。単に時間の浪費だったのか・・・。他人様によく言ってました「俺は腹筋は無制限にできる」って。ちょっと膨らませてはいますが、本当にそう思っていた。無知ってのは恥ずかしいだけでなく、怖いね。

        全く別の話ですが、自戒を込めて言えば、この国には今無知が横行している(と思う)。特定のメディアに偏ることなく、しっかり情報を収集しないと危ないですよ。ホンマに。

         

        話が逸れました。

        これが、直近の「目からウロコ」の話です。唯我独尊で我が道を行くことも必要ですが、先生(先に生まれた人ではなく、年齢に関係なく自分よりも何かに知悉している人)の話は聞くべし、と反省しきりです。年齢を重ねると頑固になるので、歳寄りは特に留意する必要があります。若い頃に苦労した人は、とりわけ自分がやってきたことに自信を持っています。と言うよりも、長年汗をかいてやってきたことを否定されると、苦労して積み上げた実績や人間性まで否定されたような気がするのです。だから頑なになる。私の郷里では、方言で「カタクワな男」と言って嫌われます。因みに、亡父はそういう人間が大嫌いでした。もって銘すべきだと思うのです。知らないことは知らない訳ですから、子供にだって謙虚になれる。そういう生き方をすると、(歳)いくつになっても伸びて行けるような気がする。あんたはもう伸びんでエエてか(笑)
        若い頃、作家の吉川英治さんが「吾以外みな我が師」と何かに書いておられるのを見た記憶があります。

         

        反省ついでにもうひとつ、思い当たることがあります。それは、もう私の天敵と言ってもいい”English”。言葉(言語)は道具だと割り切ってはおりますが、これさえ身についておれば、どれほど私の世界が広がり、どれほどマシな仕事ができただろうか。などと今更ながら自分を責める。過去に、何回試みて何回挫折したか。数える必要もない。やった回数だけ挫折しているから。両手の指では足りません。この厄介な敵をやっつけるために、中学一年の時からトータル何千時間費やしただろうか。人に優しい海上自衛隊では、私が働き盛りの時期に「英語をものにせい」と、仕事として勉強の機会を半年間も頂いた。それでも結局ものにならなかった。でも放り込まれた課程が良くなかったな。中学生に大学に行って勉強してこい、みたいな「Advanced English Course(上級英語課程)」(笑)

        上記の腹筋と英語、全くカテゴリーは違うけど、同じことが言えるような気がする。仮に私の脳みそが筋肉であっても、いや筋肉であればこそ、腹筋と同じように再生可能なのか・・・などと思ったり(笑)。実は数年前(退役後)の国際会議で、自分の余りの不甲斐なさに情けなくなり、帰国後直ちに、お気に入りの英英辞典一冊だけ残して教本の類やハウツーものは全てゴミに出しました。「もういいや」と思ったのと、残りの人生の費用対効果を勘案した結果です。英英辞典は、敗戦の記念品として残したものです。

         

        しかし単純なオッサンは、若いインストラクターが勧めるやり方で腹筋運動をやってみて思ったのです。今まで誰も教えてくれなかったけれど、ではなくて(他人のせいにしてはいけません)、いろんな方が英語の勉強の仕方や、英語上達のための生き方まで伝授されてはいるのですが、自分がやってきた方法は何処かがズレていたのではないか。勿論、肉体を鍛えることと、脳みそを砥ぐことを同列に扱ってはいけないと思う。でも、理念或いはコツみたいなものは同じではないのか。例えば、歌手や俳優さんで絵を描くのがとても上手な人がいます。或いは一流のプロスポーツ選手の中には、赴任先(?)の言葉を流ちょうに話す人もいます。これを要するに、何事にもツボがあるんじゃないかな。そのツボを押さえないと、いくら時間をかけても、いくら汗をかいても、よしんばいくらお金をかけても成果は殆ど得られない。そんな気がする今日この頃。

         

        さて、二匹目のドジョウを求めてEnglishに再度トライするのでしょうか・・・。ちょっと勇気が要るな(笑)

         

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        博海堂

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

        安全とリスク

        2018.07.05 Thursday

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          安全とリスクの関係は、危険な仕事に従事している人のみならず、人間にとって永遠のテーマです。例えば、交通事故を恐れていては車を運転することはできません。この日本においては毎年、何万人と言う人が命を落としているにも拘わらずです。今日では家の外に出るだけでも、何らかのリスクを伴います。従って、人間はそこのところ(安全とリスク)の折り合いをつけながら生きてゆくことになります。技術革新によって、安全に配慮した新しい機械や情報技術が開発されても、予期しなかった新たなリスクが生じるのが常です。

           

          私は半生を洋上で過ごしましたので、「人や艦(ふね)の安全を確保しつつ、リスクを甘受する判断」を常に求められてきました。「常に」というのは、決して大袈裟な表現ではありません。海は生き物であり、人に優しい時もありますが人間に牙をむくことも度々あります。

          一つの例を挙げてみます。海上自衛隊では時々体験航海というのを行います。何か月も前から、一般市民(国民)の希望者を募ります。当日は数時間、湾の内や沿岸を航海して、我々の仕事や海上防衛に対する理解を深めてもらいます。商船やフェリーとは違う醍醐味や珍しさもあり、体験航海は大変評判が宜しい。お客さんは楽しいのですが、艦長以下乗組員はそれはそれは大変です。何日もかけて、細々(こまごま)とした計画を立案します。一日の航海が終わるとグッタリです。いえプロですから、航海するのはなんてことありません。大変なのは、お客さんの安全を確保するために、どれほど気を使いどんだけ汗をかくかということなのです。

           

          さて、予定した航海の日が近づいてくると風雨を伴う低気圧が発生し、体験航海に影響がありそうな情勢になったとします。お客さんは何か月も前から、護衛艦に乗るのを大層楽しみにしています。中にはわざわざ有給休暇を取って、遠路泊りがけで乗りに来る人もいます。もしかしたら、その人の人生でたった一度の経験になるかもしれない。そう思うと受け入れ側は、間違ってもお客さんに怪我をさせるようなことがあってはならないと考える。無理をして出港したはいいが風雨激しく、波が甲板を洗って船酔いの人が続出した、或いはお客さんが怪我をした。これでは目的(広報)を達成できないどころか、マイナスの広報になりかねません。

           

          野外で行う行事は天候によって、我々のように相手が海の場合は更に気象・海象によって、その成果が大きく違ってきます。天候の状況が怪しい時、指揮官は「やる」か「やらないか」を決心しなければならない。一つの選択肢は「中止」です。小学生が遠足を待つように楽しみにしていたお客さんも、「安全のため」と言われると文句は言わない。「安全」という言葉は、謂わば切り札です。お客さんの安全を重視して、リスクを回避したことになります。簡単な決心のようですが、部隊(艦艇)の行動を取り止めるのには勇気が要ります。決して、安易に決断しているわけではありません。素人判断の「この程度で中止かよ」という不満、このような小さなリスクは、当然受け入れなければならない。

          もう一つの決心は、多少波があっても、即ちリスクを負ってでも出港するという選択肢。その場合には、乗員に更なる負担を強いることになります。甲板上で紫外線を浴びながら、心地よい潮風に当たって景色を眺める。この代案として、艦内でお客さんが楽しめる、更に艦艇や海に対する理解を深めてもらう企画が必要になります。乗員は静かな海での航海(接遇)よりも、もっともっと疲れる。リスクを負いながら目的を達成しようとするからです。

           

          いずれを取るかは、指揮官の決断次第です。決心する際の最も有効な物差しは、その人(指揮官)が持っている経験と、経験に基づく知識です。経験と知識があれば自信をもって判断し、毅然として部下に「中止」或いは「やれ」を命ずることができます。リスクを負ってでも「やれ」の場合には、指揮官の「腹(はら)」が必要です。決心・決断の結果が凶(マイナス)と出た場合、全ての責任を引き受けるというハラです。であるので、ともすれば安全パイ(行動の取りやめ)を選択しがちです。

           

          軍事組織の厳しさは、人の命(いのち)と言う、究極のリスクを負いつつ任務を遂行しなければならないことです。指揮官には、困難と思われる情勢下においても、「やれ」と命じる厳しさが求められます。一方部下には、粛々と指揮官の命令に応じ得る、強い心と技能が必要です。このような使命感を持った、そして任務に堪え得る一人の戦士を養成するのには時間がかかります。時間がかかるということは、お金もかかるということです。世界中の絶対多数の国の独立と安全は、このような国軍の兵士によって維持されています。日本も例外ではありません。勿論、戦士(軍人)だけが国防を担っているわけではありません。国民一人ひとりの国家観や自らの手で国を護るという志が、あらゆる分野において国を支える力になります。

           

          如何にも重たそうな話ではありますが、実は特段難しいことではありません。自分自身を護る・家族を護る、大切な人を護ることも、基本的には国を護るのと同じではないでしょうか。

          話が飛躍しますが、そういう意味においても子供の教育は本当に重要だと思っています。

           

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          男の器量(後編)

          2018.06.19 Tuesday

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            先日、仕事の仲間数人で打ち合わせをしていた際、或る参加者の口から突然、前編に述べた「元大本営参謀」の名前が出ました。「眦茲気鵝◆察察察擦気鵑鬚澗乎里任垢?」。勿論、知っとりますよ。私には理由(いわれ)があります。発言者は私よりも一回り以上若いのですが、どうも最近元大本営参謀に大層興味を抱いている様子。そんな空気だったので、過去の恥を曝すようではあるのですが二十年以上も前のことでもあるので、前編に記した内容をかいつまんで話しました。私が当時抱いた、そして現在も引きずっている違和感も含めて。

             

            すると彼の反応が面白いっていうか、私にとってはとても意外なリアクションだった。曰く「それって、〇〇さんは眦茲気鵑里海箸鯒Г瓩燭辰討海箸任靴腓Α」と怪訝な顔をします。続けて「それにいきなり【目的は何だ!】って、とてもカッコいいじゃないですか。そんなこと言える人は、そうそういないですよ。自信をもってそう言える人は、他人が目当てにしてくる、いろんな力を持っているってことですよね。そうでないと、そんな言い方はできないですよ。最近、なかなかそんな男はいません。また、そういう男をカッコいいと感じる女もいなくなったような気がします。彼のような男がいなくなったから、日本がどんどん弱体化しているんじゃないでしょうか」、と持論を展開。

            ふ〜ん、そっかぁ〜なるほど。そういう見方もできるのか。この同僚(友人)は素晴らしい感性を持ち、いつも直感で物事を判断するのですが、人とは会って話をするもんだ。私には傲慢で鼻持ちならないと思えても、この人にとっては痺れるほどに素晴らしい、男のなかの男に見えている。性格も能力も単純で他人(ひと)に感化され易い私は、彼の言葉と感性に痛く感心しました。還暦をとっくに過ぎているのに、俺はまだまだ青いな〜人間として、などと。人を評価するとき、垣間見ただけで或いは一面だけを見てレッテルを貼ってはいけない。ってことは以前のブログでも書いているのですが・・・。

             

            そんな話ではあったのですが、翻って男の器量ってなんだろう?

            現役時代のおよそ四十年間、武人の徳操(武人が持つべき徳目、平たく言えば武人はどうあるべきか)を模索しながら生きてきました。「器量」にはいろいろな切り口があると思いますが、私の身近なイメージでいくと大きく二つに分類できる。単純に十把一絡げ(じっぱ・ひとからげ)に纏めるのは、先人(帝國海陸軍軍人)に対して大変失礼なことではあるのですが、私は海軍型人間と陸軍型人間に仕分けする。どっちが良いとか悪いとか、是非の問題ではありません。念のため。

            本題とは全く関係ないのですが、何故上記「海陸軍」なのか?いずれまたウンチクを述べます。

             

            海軍は技術が相手なので、世の中のことにさほど拘泥しないのが信条。最後の舫(もやい)を放つ、即ち出港と同時にモード(気持ちのスイッチ)を切り替える。そして俗世間(娑婆)と縁を切り、煩雑な人間関係や諸問題から解放される。或る意味、逃げ場所があるわけです。近年では衛星通信や情報技術が発達して、必ずしもそうでない状況になりましたが。これを良く言えばスマートですが、要領よく立ち回ると言われることもある。だから世間知らず。であるが故に、腹芸は苦手若しくはできない。一方、陸軍は地に根を張っているので、こんがらがった糸のような人間関係を、解きほぐしながら生きてゆかなければならない。陸軍を象徴的に例えると武田節「人は石垣人は城」。従って当然、人情の機微には敏感になる。人を理解できない指揮官に、陸兵の統率は無理だ。

             

            この文化の違いが、それぞれ昇華すると政治力の有無に繋がる。件の元大本営参謀は、代表的な陸軍型の人物であったと推察する。一介の大尉にして百万の兵を動かす。ご本人の能力や努力、更には周りの力もあったことでしょう。だからこそ、中途採用でありながら日本屈指の商社で会長に上り詰め、更には臨調などでも国家に貢献された。この方の奥の深さを見る。一方で、その深遠さ・杳として計り知れない一面が、いろいろな憶測や誤解を生む(こともある)。しかし、事実はご本人にしか分からない。

             

            さて私に残された時間はさほどないが、自分はどう生きるべきなのか。どんなに純粋と言われる人であっても、私自身を含め、絶対多数の人間は腹黒いところや汚い一面を併せ持っている。しかしできることなら、それらを極力抑え込んでスマートでありたい。綺麗に生きたいと思う。そこに自分の狡さと、限界を見ることができる。

            今まで他人様には言ってこなかった、私の古い恥を聞いた同僚の一人は笑いながら「眦茲気鵑眇佑訪ねてきたら、先ずはその目で【目的は何だ!】って言ったらどうですか」とお愛想。私の目つきが悪いのは否定しませんが、とてもそんな勇気はありません。仮にハッタリで言っても、軽い言葉になるのは自明です。

             

            ともあれ、二十数年前の夏の日に私がとった行動(大本営に踵を返した)、あれはあれで良かったと自分を納得させている。

            今回も纏まりのない、訳の分からない独り言になりました。

             

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